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5分でわかる最新キーワード解説
幾億年データを守る!石英ガラスデータ記録

日々進歩するIT技術は、ともすると取り残されてしまいそうな勢いで進化の速度を高めています。そこでキーマンズネット編集部がお届けするのが「5分でわかる最新キーワード解説」。このコーナーを読めば、最新IT事情がスラスラ読み解けるようになることうけあい。忙しいアナタもサラっと読めてタメになる、そんなコーナーを目指します。今回のテーマは「数億年」のデータ保存に耐える石英ガラスへの超長期データ保存技術です。CDやDVDなどに記録されるデジタルデータは保存し直さない限り、現在のところほかのどんな手を使ってもせいぜい100年保存できるかどうか。それを一気に数億年に延長したのがこの技術です。数億年後にこれを読むのは進化した人類?それとも地球外生命体?…空想が広がりますね!

1.「石英ガラスデータ記録技術」とは

理化学実験などで使うビーカーやフラスコのように、丈夫で熱や傷に強く、透明度の高いガラスが「石英ガラス」。その内部にレーザーでいわば「泡」のようなドットパターンを形成し、そのパターンによってデジタルデータを記録、光学顕微鏡でドットパターンを撮影し、画像処理によって読み出しを可能にしたのが今回の「石英ガラスデータ記録技術」だ。

1-1.「データを保存した石英ガラス」とはどんなもの?

写真1 データが保存された石英ガラス
写真1 データが保存された石英ガラス

資料提供:日立製作所

百聞は一見に如かず。まずは写真1をご覧いただこう。指ではさんでいるのは、2cm角、2mm厚さの石英ガラスだ。肉眼ではきれいな透明ガラスにしか見えないが、実は内部に4層にわたってドットパターンがレーザーによって刻み込まれている。
 その状態を光学顕微鏡で見た例が図2だ。光学顕微鏡は特殊なものではなく、一般の20倍程度のもので十分だ。ただし画像処理できるよう、PCに画像データを出力できる必要がある。顕微鏡の焦点距離を調整して、板状の石英ガラスの上から順に並ぶレイヤー0~3までの4層のドットパターンを読み取ることができる。ただし、ドットパターンの画像は時として不鮮明なので、画像処理をPC上で施すことでノイズを省き、正確なビットを取り出すようにしている。写真1のようなサイズの石英ガラスにくまなくデータを書き込むと、約20MBになる。写真1のガラスのサイズは光学顕微鏡にセットしやすいサイズにしているが、技術的にはもっと大きなサイズの、例えば立方体のガラスにも書き込むことができる。サイズを大きくすればそれだけ大容量が書き込めることになる。1平方インチあたりの記録密度は現在40MB。CDの面記録密度は1平方インチあたり35MBなので、それよりも高密度にデータが記録できるわけだ。


図1 石英ガラスの内部に描かれたドットパターン(レイヤー0~3の4層)
図1 石英ガラスの内部に描かれたドットパターン(レイヤー0~3の4層)

資料提供:日立製作所

なお、図1のドットパターンは一例で、どのようなコードで情報を保存するかに制限はない。例えばQRコードパターンを描こうと思えば、そのとおりに加工することも可能だ。

1-2.技術の意義

この技術の意義を考える前に、ちょっと情報の長期保存の歴史を振り返ってみよう。
 情報を再利用可能な形でいかに長期にわたって保存できるか、人間は様々な手法を試みてきた。その媒体として最も成功したのは、紀元前3300年前にシュメール人がくさび形文字を刻んだ粘土板だ。ほかにも壁画、レリーフ、金石文、木簡、竹簡、紙などが情報伝達に利用され、たとえその意図がなかったとしても、一部は少なくとも1000年以上長期にわたって情報保存をしてきた。とは言えこれらは全部アナログ情報で、温度や湿度などによって媒体が劣化するため、時とともに多くの情報が喪失し、残ったまとまりの中にも欠落部分が生じやすい。それはマイクロフィルムや映画のフィルムなどでも同様だ。
 デジタルデータの場合はどうだろう。正確にビットが読み出せて、書き込んだコードがきちんとデコードできさえすれば、アナログデータの場合とは違い、記録内容を劣化・欠落なく、記録時そのままに再現可能だ。これは情報の長期保存には非常に優れた特徴だが、これまで超長期にデジタルデータを保存できる媒体がなかった。比較的寿命が長い光ディスクでも最大100年まで。ハードディスクや半導体はせいぜい10年。こうした媒体は高温や高湿度に弱く、媒体自身が劣化し、正常なデータ読み出しができなくなってしまうのだ。保存の長期化は研究されているものの、粘土版を超える超長期保存に決め手はない。
 デジタル化された文化遺産(画像や映像、3Dデータなどを含む)や公文書などを後世に伝えようと思えば、今のところはその時点で最適な媒体、形式でのデータの「描き直し」が必要になる。しかし、超長期での保存を考えると、連綿とその作業を続けていられるかどうか、はなはだ危うい。そこで、記録した情報が超長期にそのまま保存できる媒体が必要になる。

1-3.超長期データ保存の要件と石英ガラスの性質

超長期でのデジタルデータ保存のために必要な要件は、次のようにまとめられる。

(1)恒久的な寿命を持っていること。
(2)保管、管理が容易であること(熱や湿気に耐えられること)
(3)データの読み出し、再現を行うのに、特殊なドライブなどを必要としないこと。

(1)(2)の要件を満たす物質として、もともと化学実験などの容器として用いられている石英ガラスは最有力候補だった。硬くて容易にほかの物質と反応せず、熱や湿気、ある程度の衝撃、こすれによる傷などに強いことが知られていた。石英ガラスなど透明な媒体に3次元的にデータを記録したという報告は以前よりあったが、2009年に日立製作所中央研究所による高温劣化加速試験に基づいて、石英ガラスに記録されたデータが、非常に長い寿命を持つ可能性が示され、このたびの技術開発のトリガとなっている。しかしこの時は、(3)の要件を満たすことができなかった。CTスキャンのような光断層撮影を行うため、媒体を少しずつ回転させる必要があり、再生のための信号処理も複雑であったのだ。
 今回、日立製作所と京都大学の共同研究成果の発表では、記録密度を2009年度の時点よりも大きく向上させただけでなく、書き込みの速さ(レーザーで一括記録できるビット数)も改善し、更に画像処理技術を組み合わせることにより、低倍率の光学顕微鏡と再生ソフトによる再現を可能にした。これで(1)~(3)の要件が満たされたことになる。
 研究成果をまとめると、表1のようになる。この3年ほどで大きく技術が変貌しているのが分かる。

表1 石英ガラスへのデータ記録技術(2009年時点と現在、CDとの比較)
表1 石英ガラスへのデータ記録技術(2009年時点と現在、CDとの比較)

資料提供:日立製作所

2.石英ガラスへのデータ記録、再生のしくみ

2-1.石英ガラスへのデータ記録

石英ガラス内部に「泡」(=ドット)を形成するには、特殊なレーザー技術が必要だ。これには京都大学三浦研究室が協力し、同研究室所有の装置で記録技術が開発された。図2に示すように、「フェムト秒チタンサファイアレーザー」からのレーザー光を空間位相変調器に通し、いくつかのミラーと対物レンズを通して石英ガラスの任意の場所に集中させる。ただし1点に集中させるのではなく、100ビット分を一度に記録できるようにした。この一括記録方式が1つのポイントだ。これにより記録速度が高速化した。
 レーザーの強度は数ギガワットのレベルのハイパワーが必要だ。ブルーレイディスクなどで使われているレーザーはミリワットのオーダーなので、その1000億倍の強さということになる。

図2 石英ガラスへの情報の記録方法
図2 石英ガラスへの情報の記録方法

資料提供:日立製作所

なお、ドットが表面から続く「穴」にならずにガラス内の「泡」状に、しかも4層にわたって形成(「泡」の中は真空)できるのには「4光子吸収」という理論が応用されている。これは京大による先端研究の成果だ。

2-2.データが記録された石英ガラスからのデータ読み出し

一方、読み出しは簡単で、図3に見るようなコントラスト強調処理とノイズ除去+輪郭強調処理を行うことにより、画像を鮮明にし、ビットの読み出し誤りを低減する。

図3 石英ガラスからのデータ読み出しの際の画像処理
図3 石英ガラスからのデータ読み出しの際の画像処理

どんな保存方式でも読み出しのエラーを完全になくすことはできないが、信号処理による補正を行えば、大体再生エラーゼロに相当するS/N比にできる。2009年時点では再生エラーゼロと言える基準値に満たなかったが、今回はどのレイヤーのドットパターンもすべて基準値をクリアした。

2-3.石英ガラスの熱耐久性(寿命)

冒頭で触れた「寿命数億年」の根拠は、高温劣化加速試験の結果による。これはデータを記録した石英ガラスを1000度で120分加熱(耐熱金庫の検証と同程度)するなどした後、データが正常に読み出せるかどうかを検証する試験だ。この検証では、2009年度の発表時点では900度の加熱の場合に著しい劣化を見せたのだが、今回はまったく劣化が見られず、読み出しが正常に行えた。バーナーでガラスをあぶる実験(写真2)でも変化は見られなかった。

写真2 石英ガラスをバーナーで加熱
写真2 石英ガラスをバーナーで加熱

資料提供:日立製作所

このような検証の結果を「アレニウスモデル」という寿命換算の手法に当てはめると、2009年度時点の検証でも、約3億年の寿命を持つ計算になっている。今回の発表ではそれよりもはるかに劣化が少ないため、より長寿命が期待できる。

以上今回は、超長期のデジタル情報保存の新技術について紹介した。ちなみに、これをメモリ技術として見れば、書き込み速度は約1.5kbps、読み出し速度は数Mbpsオーダーということになる。高速化を推進しているメモリ開発とは目的も視点も違う技術であることに注意しよう。文化や事実の伝承のための重要な役割を現実的に果たす技術であるとともに、数億年先の未来の夢も見させてくれる技術なのだ。

取材協力:株式会社日立製作所

掲載日:2012年12月12日

キーマンズネット

出典元:株式会社リクルート キーマンズネット 2012年11月7日掲載分

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