日本を代表する私立大学、早稲田大学(東京・新宿)。慶応義塾大学と覇を競い、政界や経済界、文化界などに多くの人材を輩出してきた。2018年の入試の志願者数は11万7千人超と前年を上回ったが、学生の7割は首都圏出身。地方出身の野性味あふれる「バンカラな早稲田人」は少なくなってきたが、アジアを中心とした海外からの留学生は急増している。学部生4万2千人のマンモス私大は、どう変貌し、次世代の人材を育成しようとしているのか。念願の医学部は新設できるのか。就任8年目の鎌田薫総長を早稲田の杜(もり)に訪ねた。
■大隈重信も医学に関心
「(創始者の)大隈重信も医学や生物学にすごく関心を持っていました。今は『人生100年時代』といわれるけど、当時から人生125歳説を唱えていた。先見性があったんでしょう。生理学的にはあらゆる動物は成熟期の5倍は生きると。人間の成熟期は25歳だからその5倍は125年というわけです。実際、メロンなど植物栽培とか、生物の研究は独自にやっていたようです」。鎌田総長は、懸案の医学部新設について創始者の逸話をひもときながら、意欲をにじませる。
1882年に創立された早稲田(当時は東京専門学校)。医学部創設は開校以来の課題と言えるだろう。一方、ライバルの慶応は医学部を設置して100年を超えた。『臨床の慶応、研究の東大』と称せられ、東大の理科1類や2類に合格しても、慶応医学部に合格すれば、東大を蹴るほどの『金看板』だ。慶応は他の薬科大学を買収して薬学部や、看護医療学部を設置するなど医療領域を拡充している。早稲田も人間科学部をつくり、健康福祉科学科を新設。同じ新宿区内にある東京女子医科大学と提携したが、肝心の医学部開設には至っていない。
もともと日本医師会などでは国内での医学部新設に慎重論が強く、政府も医学部の設置を長く認めなかった。だが、2011年の東日本大震災後に東北と関東に計2つの大学の医学部設置を認可した。その際も「我々も議論したが、課題がたくさんあった。まず巨額のコストがかかる。医学部の研究や大学病院の運営には年間100億円の費用が必要とされる。学閥もあるし、いい医者を集めるのも大変だ」(鎌田総長)という。
結局、関東では国際医療福祉大学が千葉県成田市に医学部を開設した。
慶応大学医学部長の岡野栄之教授は、「私学の医学部の運営は大変ですよ。国の資金的な支援は大きくない。しかも大学病院の収支というのは、常に厳しい」という。慶応大学病院は、外来患者が1日約3000人という日本有数のブランド病院だが、経営面では決して楽ではない。
「有名私学でも医学部を持つのは現実的ではない。とにかくおカネがかかる」(法政大学の田中優子総長)というのが実情だ。通常、1人の医師を育てるのに1億円がかかるといわれる。しかし、国公立大学の6年間の学費は400万円にも満たない。私学とはいえ、1億円の額を学費に反映させたら、優秀な学生は来ない。
ただ、「医学部を持たないと、海外ではユニバーシティ(総合大学)と認められない。研究実績が限定され、世界大学ランキングも上昇しない」と鎌田総長。大学のグローバル化を進める上でも、医学部が存在しないことは大きな泣きどころだ。経営の厳しい私立の医科大学も少なくない。ゼロからの新設は難しくても、M&Aの道はまだ残っている。鎌田総長は「チャンスがあれば、トライしたい」と強調する。
■学費は国公立並み 奨学金制度を充実
早稲田にはもう一つ大きな課題がある。「地方の優秀な学生がなかなか来てくれなくて」。鎌田総長はこう嘆く。かつて早稲田の学生の半数は地方出身者だった時期もあるが、今は約3割だ。東大や他の私大も同様な状況だが、一昔前まで早稲田は地方の高校生から人気があった。今は「地元の国公立大学志向が強くなっている」という。
鎌田総長は次々手を打った。「学費は国立大学並みに抑えられる。地方出身者の入学前予約型奨学金を充実させていて、首都圏以外の出身者であれば、国公立大学とほぼ同水準の学費になる制度をつくった」。例えば政治経済学部の場合、授業料は約120万円。奨学金の対象者となれば、前期の授業料分約60万円が4年にわたって免除となる。毎年350人弱の地方出身の学生がこの奨学金の対象となっている。
地方での提携校も拡充した。系属校という形で、2009年度に大阪府内に早稲田摂陵中学校・高等学校を、10年度には大隈重信の出身地の佐賀県内に早稲田佐賀中学校・高等学校を開学した。
今、東京都新宿区にある早稲田のキャンパスは以前と違い、華やかな雰囲気に包まれている。出会う学生の3人に1人は女子学生、そして外国人学生が多い。女子学生の割合は、政治経済学部、法学部、商学部ではいずれも3割超、文学部、文化構想学部は6割に近い。理工系も約2割が女子学生だ。女子学生の数を合わせると、日本女子大学や東京女子大学、津田塾大学など東京を代表する女子大学よりも多くなるのだ。
■外国人学生数は国内トップ
中国語や韓国語などアジアの言語も自然に飛び交う。中国人留学生に聞くと、「早稲田は中国では有名です。慶応や東大よりも知られている。孫文など昔の革命運動家もここに来ていたし、今はアジアの学生を積極的に受け入れているからです」という。外国人の学生数は実に約7200人と国内の大学では最も多い。その半数は中国人の学生だが、残りの学生の出身国・地域は110以上に及ぶ。シンガポールには早稲田渋谷シンガポール校という名称の系属高校がある。慶応がニューヨークに付属高校を持つのとは対照的だ。
「欧米からの留学生も少なくはない。7つの学部で英語だけで卒業できるようにした」と鎌田総長は話す。一方で、日本人の学生も国際教養学部中心に毎年4千人以上が海外留学に出る。バンカラの早稲田に女子学生、そして外国人学生が増え、急速にダイバーシティ化が進んでいる。
早稲田の入試システムも様変わりしている。一般入試と推薦・AOの入試の比率は、現在は6:4。鎌田総長は「今後は4:6にする考えです。これも画一的な人材ばかりにしないため。推薦やAO入試の学生の方が成績もいいですね」という。少子化の中、人材の質を担保するため、2012年時点で約4万4千人だった学部生を、創立150周年を迎える32年には3万5千人にまで絞る計画。一般入試枠が狭くなり、難易度は上昇中だ。
■柳井さんのような起業家を
今後、早稲田はどんな人材を世に出したいのか。「アジアのリーダー、イノベーターになる人材を輩出したい。卒業生の(ソニー創業者の)井深大さんや(ファーストリテイリング会長兼社長の)柳井正さん、(史上最年少で上場を果たしたリブセンス社長の)村上太一さんのような起業家がイメージですね」と鎌田総長は語る。
全国から男子学生が集まり、方言が飛び交う「バンカラ大学」だった早稲田。今はアジアをベースとしたグローバル総合大学を志向する。医学部設置など課題も少なくないが、外国人学生や女子学生は増加して、その色彩は一段と多様化しようとしている。
(代慶達也)
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