関西空港から新潟に飛ぶ。飛行時間は1時間。あっという間に新潟に着いた。料金は往復一万円もかからない。安い時期なら片道2千円程度だ。横浜から関空に行くより、新潟から関空に飛ぶほうが安い。早い。便利だ。なんだこれはとびっくりした。4月9日から関空経由でハワイに行く。ハワイまでの航空券は往復2万円。横浜からハワイに行くより、新潟からハワイに行くほうが安く、早く、便利だ。ハワイだけではなく、新潟や大阪にもごちゃまぜの家【誰でも自由に立ち寄ることができる飲食・宿泊無料の空間】を作れないものだろうかと思いを巡らせていたら、あっという間に新潟に着いた。
現在は新潟市内にいる。なぜ新潟にいるのか。これは最高の奇跡に恵まれたからになる。確定申告諸々の提出期限が迫り、死にかけていたわたしのもとに「さかつめさん…さかつめさん…」と神様の声が届く。神様とは新潟市在住の税理士様のことで、神様いわく「さかつめさん…さかつめさん…どうせこういったことはお苦手なんでしょう…わたしたちが力を貸しますから遠慮なくお声がけください…」とのこと。昨日、実際にお会いをさせていただいて度肝を抜かれた。自分ひとりではなにから手をつけたらいいのかまったくわからなかった諸々を、プロ集団の方々があっという間に片付けてくれた。瞬間芸だった。半端なく格好良かった。絶対に大丈夫だから安心をしてくださいと言われた瞬間、泣いた。多分、和室だったら土下座をしていたと思う。が、会議室は洋室だったためにさげうる限りの頭をさげて、最大限の感謝の気持ちを表現して部屋を出た。空は晴れている。新潟にしては珍しいことだ。祝福をされていると思った。刑期を終えた囚人の気持ちは、もしかしたらこんな気持ちなのかななんてちょっと思った。
ちゃんとしなさいの「ちゃんと」とはなにか。
みなさまによって生かされている。そのことを強烈に実感する。自分にできるせめてもの恩返しは、ただ、自分にできることを精一杯にやるだけだ。そんなことを思いながら「ハワイにごちゃまぜの家を!誰でも自由に使える無料の空間を!」と動き続けていたのだけれど、なかなかどうして自分の思いを伝えることは難しい。昨日、久しぶりに「ちゃんとしなさい」と説教を受けた。その方から見れば、わたしのような人間は『現実逃避のようにボランティア活動(ごちゃまぜの家のこと)に専念をするよりも、普通の仕事を探し、普通の収入を得て、普通の家庭を築くこと。夢を語るのはその後だ』的に見えたのだと思う。説教をしたいポイントが無限にある人間に見えたのだと思う。
久しぶりに「ちゃんとしなさい」と言われて、なんだかとっても懐かしい気持ちになった。そういえば昔はこういうことを幾度も言われまくってきたなあと思い出した。家のない生活をしていた頃も「そんな生き方は無理だよ」と5億回は言われた。が、実際にやってみたら物凄いできた。諦めないで良かったと思うと同時に、ああ、実際にやったことがあって無理だと言うひとよりも、実際にやったことはないけど無理だと言うひとの方が多いのだなあと思った。お前の考えは甘過ぎる。そんな風に言われることもある。が、わたしは甘いものが好きなのだ。甘いチョコとか、甘いキスとか、甘い時間とか。
昨日、大学院生の女性S様が福井県から車を飛ばして新潟まで遊びにきてくれた。衝動的に、いま、さかつめさんに会わなければいけない気がして…!とのこと、その勢いは大変に素晴らしいなあと思って3時間程度みんなで一緒に時間を過ごした。ものすごい礼儀正しく言葉遣いも丁寧で「圧倒的にちゃんとしている」風の彼女に、しかし、わたしはなんとなく「全体的にカタイ気がする!」印象を受けたから質問をした。S様は、ちゃんとしていますか???、と。S様は答える。自分では違うと思っているのですが、周りからはちゃんとしているって思われることは多いです。と。私は感想を伝えた。ああ、なんだかそれはつらいかもしれないですね、と。S様はこわばった表情を少しだけほぐして「はい、そうですね」と笑顔を浮かべた。
大事なことは、自分の気持ちを伝えることだ。
生きる上での最優先事項を「ひとから嫌われないこと」とか「ひとを不快な気持ちにさせないこと」に設定をした途端、あっという間に人生は重く息苦しいものになる。私は思う。「ちゃんとしなくちゃ!」という呪縛に囚われて、自分の気持ちを伝えること・自分の思いを実現することよりも先に「周囲に不快感を与えないこと」が優先をされてしまい、結果的に自分の気持ちが後回しになる。やさしさは素敵なことだ。思いやりも素敵なことだ。しかし、相手の気持ちばかりを優先してしまうと、最悪の場合は『自分を見失う』ことになる。誰のために、なんのために生きているのかがわからなくなる。
はじめまして。
いつもブログを拝見させてもらっているわけではなく、フォロワーさんのリツイートで坂爪さんのブログをたまたま見つけて直後連絡したくなって今させてもらっています!ブログを読んで心にグッとくる、共感するようなことが多く自分の気持ちを伝えたくなりました。
小さい時から親に将来何になりたいの?と言われると
職業としてコレ!とかがなく、人のためになることとかボランティアがしたいって思っていました。ボランティア!というと親にはそれでは生きていけないよ〜と笑って流されていましたが、小さいながらにそんな生き方があってもいいじゃない?って疑問に思っていました。
現在私は、バスケットボールの選手として生活しています。しかし絶対にこの道に進みたくて進みたくてたまらなかったわけではなく、いろんな出会いやバスケが好きな気持ちや負けず嫌いな性格などいろんな偶然が重なって今に至っております。
昨シーズンまでは、うまい言い方が見つかりませんが坂爪さんのお言葉をお借りするならば他人に身を委ねるような生き方をして来ました。この会社に入ったのも、会社側からお誘いをいただき、その流れで入社させていただきました。それはその後の競技中でもそれ以外の生活でもそうでした。
しかし、今年からは自分の中から湧き出る それは本当に自分の意思なの!?
本当はどうしたいの!?
という自分の気持ちを大事にしたい欲が大きくなり、色々な決断を(日々の中にある、とてつもなく小さな決断がほとんどを占めますが。)自分の意思でそう思ったんだ。と一度確認してから行動するようになりました。
すると、今の私ちゃんと自分の人生を生きられている、と実感することが多くなり、今まで持ったことのない自己肯定感というようなものを少しばかりですが感じることができるようになりました。
これまでは私の中で家族の存在が大きく、家族が喜ぶ方、こっちの方が迷惑がかからないだろう、と物事を進めて来たように思います。
でも需要に応えようとする生活に疲れてしまったというか、楽しさを見出せなくなりました。家族も大事だけど
自分がどうしたい、どう生きたい、どう死にたい、1人の人間としてどうありたいかを大切に生きていきたいと今は思っています。
まだ、今後どうしていくか明確な答えは持っていませんが、いろんな人の手を借りて、自分の気持ちを大切にして、笑顔で終われるようなそんな人生を歩みたいと思っています。
坂爪さんのブログまた読みに行かせてもらいます。
どうぞお身体に気をつけてください!どこかでお会いできたら幸せです。
私は思う。大事なことは、ひとから嫌われないことではなく『自分の気持ちを伝えること』ではないだろうか。学校にいくとき、仕事にいくとき、誰かと出会って話すとき、嫌われないこととか不快感を与えないことを最優先事項にしてしまってはいけないのだと思う。嫌われないこと。大事なことだ。不快感を与えないこと。大事なことだ。しかし、それよりも大事なことは「自分の気持ちを伝えること」だとわたしは思う。もしかしたら、その過程のなかで誰かを傷つけてしまうこともあるかもしれない。誰かに不快感を与えてしまうこともあるかもしれない。そのことを承知の上で、できる限りの誠意をもって、自分の思いを伝えること。これこそが、人間関係の真髄ではないだろうか。自分を取り繕って生きるのではなく、気を遣い過ぎて自滅をするのではなく、互いにぶつかり合いながら最終的には甘く(甘く!)溶け合うための営み。それこそを私は『対話』と呼びたいし、それこそをわたしは『真の意味でのコミュニケーション』と呼びたいと思う。
坂爪さん、初めまして!
坂爪さんのFacebookの投稿を見てまして🌸
今までの私の考え方を打ち砕く事を言われるなぁと思い、生きるのにしんどい時、坂爪さんの言葉が、私の気持ちを楽にしてくれることが何度もありました。
ありがとうございます。
今回、「真面目すぎる。」の投稿を見まして、(坂爪さんが、LINEで来た方のメッセージ内容を載せていたのを見て)LINE送りたい✨伝えたい✨気持ちに素直になってみました。
真面目になりすぎる。
楽しむ事を忘れている。
のは、私もハッとする言葉で。
今まではその後自己否定してばかりだったのですが。
今回は違いました。
坂爪さんの言葉を読んで思い浮かんだのは、仕事のこと。
業務は、1日にやるべき事として決められてるのですが、それがルーティンで繰り返されると、「何故それが必要だったのか」が分からなくなり、その日にやるべき事をやれなかった時最高に落ち込んだり自分を責めるんです。もしくは、「その日出来なくても次の日やれば良いんだよー!」と周りの方に励まされる言葉も素直に受け取れず。モヤモヤが続いておりました。
しかし、悩んでいる頭とは別のところから声が聞こえて、やるべき事をやる時に、それをやりたい理由や気持ちが抜けて居た事に気がついたんです!!!
(具体的に申しますと、今介護の仕事をしておりまして。毎日入居者様の部屋の掃除をする、と業務で決まってるのですが、優先順位は低く、忙しい日はやらない日が多くなってしまうのです。そこで負のスパイラル。やらない日が続くと「やらなければ、やらなければ」という頭になり、もっと身体が重くなってしまう。掃除をやらない他職員に対し、イライラさえ出てしまう。
まさに負のスパイラルなんですが、当の本人は気がつかないんですね。
そんな時、スッと身体が掃除に動いて、周りへ求める気持ちがなくなった瞬間が訪れたんです!
それは、「ここがこんなに汚いと、この方嫌がるだろうなー。」と本気で思えた時。自然と身体はその部屋を掃除していました。
色々な事を業務化すると、気持ちが何処かに行ってしまいがちで、なんかこう、効率的に終わらせても何だか気持ちが晴れないんですが。
(そもそも私、何がしたくてこの介護の仕事選んだんだっけ?とか負のスパイラルにも陥ったり笑)
でも、何事も「〜すべき事」なんて無い、という坂爪さんの言葉が、この時初めて、お腹で理解した気になりました✨✨
あ〜ホントに、すべき事なんてないよなと。その人に必要な事を全力でするだけで良いじゃんと。
(なんか、これを打ってると自分の内側から涙が出て来そうですね)
長文打ってしまいましたが、
1人で、硬くなってる私の内側を変えることができないので…いつも坂爪さんのお言葉を活用させていただいております。
勝手ながら、有難うございます
ちゃんとしなさいの「ちゃんと」とはなにか。それは、自分の思いに誠実に生きることだと思う。相手の気持ちを尊重する5億倍、自分の気持ちを尊重することだと思う。自分の思いを大事にしないで、誰かに大事にしてもらいたいと願うだなんて無理過ぎる。大事なことは、嫌われないために生きることではなく、不快感を与えないために生きることでもない。ただ、誠実に、自分の思いを伝えることだ。うまくやろうと思わなくていい。しっかりやろうと思わなくていい。ちゃんとしようと思わなくていい。嫌われてもいい。不快感を与えてもいい。無様なままでいいから、不器用なままでいいから、ヘタクソなままでいいから、勇気を出して、自分の思いを伝えることだ。自分はこういう人間ですと、相手に対して、世界に対して『自分自身を開く』こと。裸のやりとりを交わしたいと願うなら、まず、自分から裸になることだ。裸になれば傷つくことも多い。しかし、裸の状態であるからこそ、手袋をした状態の握手とはまったく違う、なまなましいまでの生命の熱量【生きていることの手応え】を感じることができるのだと思う。
坂爪圭吾様
先日は当ブログをご紹介いただきありがとうございました。
まさか坂爪さんの神掛かっているブログに当メッセージが掲載されるとはつゆほども思っておらず、びっくりしました。
また、坂爪さんからメールのお返事が(全く予期せず)来た時に
うわっ!神様の使いからメールが来たっ!!
とびっくりしてしまいました。(びっくりしてばっかり)
まさか大変にお忙しいところ、ブログ掲載だけでなくお返事までいただき
感激しすぎたり恐縮したり胸襟を正しまくったり大変ですw
今回のこのメールもお返事は結構ですよ、お時間取らせてしまうと申し訳ない!
ただこれだけはお伝えしたかったのです。
さっき目に飛び込んできた坂爪さんのツイート
>久しぶりに「ちゃんとしなさい」と説教を受けた。ちゃんとできたならこんな生き方はしていないですよと思った後に「ちゃんとしてたまるか」と思ってしまう自分がいた。これはもう病気なのだと思う。今世は諦めるしかないのだと思う。このまま行こう。自分を殺して生きるより、自分を出して潔く散ろう。
私から見ると坂爪さんは今現在地球上で最高に ≪ちゃんと生きている≫ 人なんです。
ぶっちぎりで1位です。
私にとって何よりも大事なのは『その人が自分の核の部分(一番底にある本心とか魂とかその人の本質)にどれだけ嘘をつかず、どれだけそこを誤魔化さず、どれだけベールを掛けて隠したりすることなく、核の部分そのままをストレートに体現して生きているか』なんです。
その意味で坂爪さんは本当に最高です。
とても怖いと思います。そういう生き方は深く傷つくことが多いと思います。
でも世間一般の『ちゃんとする』という
どこの誰が言い出したかすら分からない『これを良し』とする基準
という得体の知れないものに自分を適合させて生きていく必要はないよ!
と自分にももうずっと繰り返し言い続けていますし、私も自分であろうと常に意識しています。
坂爪さんに「ちゃんとしなさい」と説教してきた人こそ、何もちゃんと生きれてないのではないかな(興味ないけど)。
坂爪さんは何だかハワイの時期から数段上に上がった気がします。
変な表現ですが、更にご自身の核の部分にストレートにアクセスして生き方に反映できるようになってる、うわっすごい!
という感じなんです。言葉の一つ一つに無駄も混じり気もなく、神掛かってきてるんです。
ファンとして是非そのまま突っ走って頂きたいです。
(もちろん突っ走らなくてもOKですw)
ちなみに四柱推命・算命学的に見ても、坂爪さんは皆と同じ生き方をしちゃダメな人です。
そのためのその溢れる才能と勇気ですから☆
真冬の海の上に輝く太陽ですから^^
これからもドイツからものすごく応援していますね。
人生は続く。
坂爪圭吾 KeigoSakatsume
keigosakatsume@gmail.com
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応援メッセージもこころからお待ちしております。みなさまからのお言葉が、へっぽこりんちょになっている瞬間にどれだけ大きな力になることか・・・簡単な一言だけでもとってもうれしいです。みなさまからの応援をよろしくお願いいたします!!
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