毎年多くの東大合格者を出す名門公立校、埼玉県立浦和高校。宇宙飛行士の若田光一氏、心臓外科医の天野篤氏など、一流人材を輩出してきた浦高だが、とりわけ異彩を放つのが、作家・元外務省主任分析官の佐藤優氏だろう。
日々膨大な数の原稿・著作を発信するとともに、月間300冊以上の超人的読書量でも知られ、「知の怪人」との異名をとる佐藤氏。今回、約40年ぶりに母校を訪れて、杉山剛士校長と語り合った。
なぜ浦高は、個性的な人材を生み出せるのか? 難関私立高校にはマネできない、地方公立高校だからこそできる「本物の教育」を語り尽くす。
佐藤 浦高生は塾に行きませんね。通塾率はおよそ1割とのことですが……。
杉山 通年で通っているというのは1割を切ると思います。ただ、塾の自習室を利用するだけというケースもありますので、卒業時に調査すると、夏休み、冬休みなどの長期休暇中も含めて一度でも利用したという生徒は例年、3割程度です。
5割近くが利用したという年もあるにはありましたが、ほかの学校から見るととてつもなく低い率です。全体的には通塾率が非常に上がっているのがいまの高校教育の実態ですから、浦高は希有な例でしょう。
佐藤 塾に行く理由を、生徒やお母さんにいろいろ聞いてみると、「東大志望の生徒が、東大受験に特化したプログラムが組まれている予備校を利用する」場合と、「保護者が国公立の医学部に入れたいと思っているのに浦高の英語と数学の授業についていけないという生徒が通わされている」場合と、その2つのケースがあるようです。
後者はあまり成果が上がらないと思います。それは、学校と切り離したところでの教育プログラムが組み立てられているために、学校に来ている時間が全部無駄になっている。これでは学校に対するフラストレーション、予備校に対するフラストレーションがダブルでたまってしまいます。
ただ、そういう予備校は、概して親に対するケアはいいんですよ。親に対しては「医学部現役合格」という幻想を持たせるのがうまい。
杉山 そもそも浦高生の場合、塾に通っている暇はないです。部活、委員会の活動、スポーツのクラスマッチやクイズ大会ほか、日常的に何かしら開催されているイベント、その準備、そして授業の予習復習。
授業は8時40分から15時5分までですが、朝早くから夜遅くまで一日中、学校にいる生徒も少なくないですから。正式な授業以外の時間に教室や図書室で自習する生徒が多いのです。
佐藤 本当にいつ来ても生徒がいますね。正月三箇日に来ていた生徒もいたらしいです。私もある夜、校内を見せてもらったのですが、部活動を終えた生徒がまだ教室に残っていた。おしゃべりをしているのではなく、自分の席で静かに自習しています。
バスケットボール部の1年生がトレーナーのまま、数Ⅲの参考書を読んでいたので「ああ、こういう子がいれば浦高もまだまだ大丈夫だな」と嬉しくなりました。
杉山 早い生徒は朝7時ごろから来て黙々と自習していますよ。私は毎朝7時半に全教室を回って教卓を拭くのを日課にしているので、教室のピーンとはりつめた空気に感動すら覚えることもあります。
夜は少し空気が変わります。部活動を終えた後に、お互いに教え合ったり、ときに談笑したりしながら勉強しています。先日もセンター試験の直前、放課後に3年生が自習しているようだったので、ひとつ激励しようと教室を回ったところ、大勢の生徒が残っていました。250人ほどいたと思います。
多くの進学校で、授業中でも塾の勉強をする生徒が多いとか、寝ている生徒が多いとかを聞くのですが、浦高は違いますね。眠くなるとその場で立っている生徒もいます。
授業だけで受験は大丈夫。これこそが浦高のモットーです。
佐藤 それは「受験刑務所」型の進学校へのアンチテーゼでもありますね。
杉山 昔からブレずにそのモットーでやっているだけなのですが、いま、世の中には「教育」を語る人が溢れています。これは私がかつて秘書としてお仕えした稲葉喜徳元埼玉県教育長から教わったことなのですが、教育自体を「目的」として語っている人と、教育を政治や金儲けなどの「手段」として語っている人がいると思うのです。
私は教育を「目的」として語れる人でありたいし、もちろん、浦高教育は「目的」として語れる教育だと思います。
佐藤 そうですね。2015年に慶應義塾大学の中室牧子先生の『「学力」の経済学』がベストセラーになった。子どもを投資対象として考え、投資のタイミングとリターンを説いているんですよね。どうも教育が「手段」として語られる方向に流されてしまっている。手段としてゴリゴリ勉強させられるから、日本ではほとんどの学生が勉強嫌いになって大学に入ってくるんですよ。