誤用・慣用


佐藤和美




誤読

佐藤和美 (1998/06/20 11:00)

 「凡例」をなんと読むでしょうか。これはわりと有名なまちがえやすい字です。答えは「はんれい」です。

 私は高校時代に「五十歩百歩」を「ごじゅっぽひゃっぽ」で辞書をひいて、出てこなかった経験があります。出てくるわけないですね。正しくは「ごじっぽひゃっぽ」ですから。

 「早急」はなんと読むでしょうか。答えは「さっきゅう」です。「そうきゅう」という読み方は本来はまちがいですが、「そうきゅう」と読む人がだんだん増えて、それでとおるようになってしまいました。こういうのを慣用読みといいます。



「発足」の読み方

GAUCHA (2001/08/30 12:30)

組織などが設立されて活動を始めるという意味の「発足」を、私は「ほっそく」と読んできましたが、辞書は「はっそく」も見出し語として載せています。三省堂の新明解国語辞典には「ほっそく」の新しい語形だと書いてあります。20年前は、「組織をはっそくさせる」なんて読んだら、「間違い」とされたと記憶していますが、今はどちらも正しいということなのでしょうね。
「早急」は、「さっきゅう」より「そうきゅう」と読む人の方が圧倒的に多いそうですが、「発足」はどちらの読み方をする人が多いですか。



RE:発足の読み方

未菜実 (2001/08/30 13:18)

読み方は時代によって変化していますね。
下に、私が気づいた例を挙げておきます。★誤用の方が定着したか優勢なもの。
・攪拌:"こうはん"→"かくはん"   ・堪能:"かんのう"→"たんのう"
・端緒:"たんしょ"→"たんちょ"   ・蛇足:"じゃそく"→"だそく"
・設立:"せつりゅう"→"せつりつ"  ・睡眠:"すいめん"→"すいみん"
・出納:"しゅつのう"→"すいとう"  ・情緒:"じょうしょ"→"じょうちょ"
・宿命:"しゅくみょう"→"しゅくめい"・消耗:"しょうこう"→"しょうもう"
・漏洩:"ろうせつ"→"ろうえい"   ・稟議:"ひんぎ"→"りんぎ"
・捏造:"でつぞう"→"ねつぞう"   ・捧腹絶倒→抱腹絶倒
・貪欲:"たんよく"→"どんよく"   ・呂律:"りょりつ"→"ろれつ"

★変化の途中にあるもの。
・御用達:"ごようたし"→"ごようたつ"・固執:"こしゅう"→"こしつ"
・早急:"さっきゅう"→"そうきゅう" ・重複:"ちょうふく"→"じゅうふく"
・荒らげる:"あららげる"→"あらげる"・相殺:"そうさい"→"そうさつ"
・追従:"ついしょう"→"ついじゅう" ・茶道:"ちゃどう"→"さどう"
・一所懸命→一生懸命         ・悪名:"あくみょう"→"あくめい"
・残滓:"ざんし"→"ざんさい"    ・貼付:"ちょうふ"→"てんぷ"
・口腔:"こうこう"→"こうくう"   ・直截:"ちょくさい"→"ちょくせつ"
・逐電:"ちくてん"→"ちくでん"   ・白夜:"はくや"→"びゃくや"
・世論:"よろん"→"せろん"
・出生率:"しゅっしょうりつ"→"しゅっせいりつ"
・女人禁制:"にょにんきんぜい"→"にょにんきんせい"
・手を拱く:"てをこまぬく"→"てをこまねく"
・丁字路(ていじろ)→T字路(てぃーじろ)
・味気ない:"あじきない"→"あじけない"
・難しい:"むつかしい"→"むずかしい"



昔の漢字の読み方

GAUCHA (2001/08/30 22:07)

私は、漠然と、音読みがより簡略された方向に向かっている、つまり音読みの中でもマイナーなものは淘汰され、メジャーなものに統合されつつあると思っていましたが、未菜実さんが挙げられた例を見るとそうでもないようですね。「出納」を「すいとう」、「蛇足」を「だそく」と読むのはその逆ですね。
ところで、今は名前や住所などにに読み仮名をつける習慣がありますが、昔はそんなことしていないですよね。だから特に人名などは、実際の読み方が正確にはわからないわけですよね。
読み方が変わった熟語、変わりつつある熟語のリストを見て、昔から振り仮名をつける習慣があったら、今こんなに混乱することもなかったろうに、と思った次第です。



慣用読み1

田邉露影 (2001/08/31 16:39)

この話題はかなり繰り返されているので、
「日本語とその周辺」に掲載されると良いかと>佐藤さん

以下は『新辞林』からの引用です。
> あくせく【齷齪・□促】(副)
>   〔「あくさく」の慣用読み〕
>   ゆとりがなく,気ぜわしく事をするさま。「―と働く」
>
> かくさ【較差】
>   〔「こうさ」の慣用読み〕
>   (1)最高と最低,または最大と最小との差。
>   (2)〔気〕定期間内における観測値の最高と最低との差。日較差・年較差など。
>
> かくはん【攪拌】
>   〔「こうはん」の慣用読み〕
>   かきまぜること。
>
> かんこう【箝口】
>   〔「けんこう」の慣用読み〕
>   口をつぐんでものを言わないこと。
>
> かんこつ【顴骨】
>   〔「けんこつ」の慣用読み〕
>   目の斜め下に左右 1 個ずつある骨。頬骨(きようこつ)。ほおぼね。
>
> かんしょ【甘蔗】
>   〔「かんしゃ」の慣用読み〕
>   サトウキビの別名。
>
> きい【忌諱】
>   〔「きき」の慣用読み〕
>   忌み嫌うこと。「―に触れる」
>
> げんもう【減耗】
>   「げんこう」の慣用読み。
>
> こうくう【口腔】
>   「こうこう(口腔)」の医学での慣用読み。
>
> こうさい【鉱滓】
>   〔「こうし」の慣用読み〕⇒スラグ
>
> こうしゅ【拱手】
>   「きょうしゅ(拱手)」の慣用読み。「―傍観」
>
> こしつ【固執】
>   〔「こしゅう」の慣用読み〕
>   (1)意見・態度を強固にして,簡単に変えないこと。固持。「自説に―する」
>   (2)〔心〕ある類似の行動に固着する心的傾向。
>
> さいだん【截断】
>   「せつだん(截断)」の慣用読み。
>
> さくげん【遡源・溯源】
>   〔「そげん」の慣用読み〕
>   源にさかのぼること。物事の根本をつきとめること。
>
> さくよう【□葉】
>   〔「せきよう」の慣用読み〕
>   押し葉。
>
> さっきゅう【遡及】
>   「そきゅう」の慣用読み。
>
> ざんさい【残滓】
>   「ざんし」の慣用読み。
>
> さんすい【散水・撒水】
>   〔「撒水(さつすい)」の慣用読みから〕
>   水をまくこと。



慣用読み2

田邉露影 (2001/08/31 16:38)

> さんぷ【散布・撒布】
>   〔「撒布(さつぷ)」の慣用読み〕
>   まきちらすこと。
>
> しいか【詩歌】
>   〔「しか(詩歌)」の慣用読み〕
>   (1)和歌・俳句・詩など韻文の総称。
>   (2)和歌と漢詩。「―管弦の遊び」
>
> しいぎゃく【弑逆】
>   「しぎゃく(弑逆)」の慣用読み。
>
> しい・する【弑する】(動サ変)
>   〔「しする(弑)」の慣用読み〕
>   目上の者を殺す。主君・父などを殺す。
>
> じょうちょ【情緒】
>   「じょうしょ(情緒)」の慣用読み。「異国―」
>
> しょうもう【消耗】
>   〔「しょうこう」の慣用読み〕
>   (1)使ってすりへること。「兵力の―を避ける」
>   (2)体力・気力などを使い果たすこと。「神経を―する仕事」
>
> すいとう【出納】
>   〔「とう」は慣用読み〕
>   金品を出し入れすること。
>
> ずさん【杜撰】
>   〔「ずざん」の慣用読み〕
>   (1)著作物で,典拠が正確でないこと。
>   (2)いいかげんなさま。「―な工事」
>
> たいしょ【対蹠】
>   〔「たいせき」の慣用読み〕
>   全く反対であること。正反対。「―的」
>
> ちょうふ【貼付】
>   はりつけること。〔「てんぷ」は慣用読み〕
>
> ちょくせつ【直截】
>   (1)まわりくどくないこと。ずばりということ。「―簡明」
>   (2)ためらわずただちに決裁すること。〔「ちょくさい」は慣用読み〕
>
> ちょげん【緒言】
>   「緒言(しよげん)」の慣用読み。
>
> ちょせん【緒戦】
>   「緒戦(しよせん)」の慣用読み。
>
> てんてつ【点綴】
>   「てんてい(点綴)」の慣用読み。
>
> どうけい【憧憬】
>   〔「しょうけい(憧憬)」 の慣用読み〕
>   あこがれること。
>
> とうび【掉尾】
>   〔「ちょうび」 の慣用読み〕
>   事の終わり。「―を飾る」
>
> ねつぞう【捏造】
>   〔「でつぞう」の慣用読み〕
>   作り事を事実のようにみせかけること。でっちあげ。
>
> びくう【鼻腔】
>   「びこう(鼻腔)」の医学での慣用読み。
>
> ひょうどう【秤動】
>   〔「しょうどう」の慣用読み〕
>   (1)天体がある平均的状態の前後に揺れ動くこと。
>   (2)月面が地上から見て上下左右に揺れて見えること。
>
> びんらん【紊乱】
>   〔「ぶんらん」の慣用読み〕
>   乱れること。乱すこと。「社会秩序を―する」
>
> りんぎ【稟議】
>   〔「ひんぎ」の慣用読み〕
>   官庁・会社などで,会議を開くほどに重要でない事項について,案を関係者に回してその承認を求めること。
>
> りんせい【稟請】
>   〔「ひんせい」の慣用読み〕
>   上役に申し出て要請すること。申請。



Re: 慣用読み

UEJ (2001/08/31 23:11)

CD-ROM版広辞苑を「慣用読み」で全文検索してみると114件見つかりました。
中には「A'」の項は「Aの慣用読み」、「A」の項は「A'は慣用読み」と
相互リンクになっているものも有りますので、実質100件弱ぐらいでしょうか。
田邉さんの『新辞林』からの引用と比較すると、
広辞苑にしか載っていないものもあるし、新辞林にしか載っていないものもあります。
もし「日本語とその周辺」に掲載されるのであれば情報提供しますのでお知らせください。
今ここに100件コピー&ペーストする気力は無かったので (^_^;)



佐藤和美 (2001/09/02 15:56)

田邉さん
>この話題はかなり繰り返されているので、
>「日本語とその周辺」に掲載されると良いかと>佐藤さん

ありがとうございます。
ただ現時点では少ない資料の内容の羅列になりそうなのでやめときます。 資料の羅列以外のまとめるアイディア、+αが浮かんだら、そのときにまとめたいと思います。

「凡例」は「ぼんれい」で、
「五十歩百歩」は「ごじゅっぽひゃっぽ」、
たんなる誤読か。



慣用読みって何ですか

GAUCHA (2001/09/02 21:47)

以前漢和辞典を読んでいて、「呉音」「漢音」「唐音」の他に、ごくたまに「慣用音」というのがあるのを知ったのですが、これって結局間違いが定着したものなのですか?それとも昔の偉い学者さんが「この漢字にこの読み方はないが、この熟語の時には特別にこのように読む」と決めたものなんですか。



慣用音

佐藤和美 (2001/09/03 12:33)

『大辞林』からです。

慣用音
漢音・呉音・唐音などとは異なるが、日本で広く使われ、一般化している漢字の音。石(せき・じゃく)を「こく」(千石船(せんごくぶね))、輸(しゅ)を「ゆ」(輸出)と読む類。通用音。



慣用読み

永瀬研二 (2001/09/03 17:30)

慣用読みと関係あるかわかりませんが、中学生のとき、国語の先生が国語便覧に関して「今はびんらんと読んでいるが、昔はべんらんと読んだ」と言っていました.でも高校のときの20代の先生は,べんらんという読み方はすでに使ってなかったと言っていました.これも,時代による変化のひとつですよね.いったいどのくらいの世代まで,べんらんと言ってたんでしょうかねえ・・・(地方によって違ってたり?)私は辛うじて10代ですが.



しつこいようですが・・慣用音

GAUCHA (2001/09/03 22:03)

佐藤様、慣用音の定義は分かりました。ありがとうございました。
ところで、田邉さんが挙げてくださった慣用読みの例を見ると、元来の読み方(つまり中国伝来の正当音)を知らないで誤読していると思われるものがほとんどという気がします。「消耗」の「耗」の字は、中国伝来の読み方は「コウ」だけど、旁が「毛」で、「モウ」と読むものだから、間違って「モウ」と読んだのが、定着してしまった、と考えていいのでしょうか。「詩歌」を「シイカ」と読むのは発音の便宜上かなと思いますが。

永瀬さん、まだ10代ということですから、是非お答えください。あなたは、組織や機関が「発足する」を、どのように読むと習いましたか。私が高校生の頃は「はっそく」は間違いだったと記憶しているのですが。「便覧」は2000年発行の新明解国語辞典には「びんらん」は「べんらん」を見よとなっています。これ、私には予想外でした。ちなみに私が高校生だったのはあなたが生まれる前のことです。



ほっそく?はっそく?

永瀬研二 (2001/09/03 22:27)

GAUCHA様
>「発足する」を、どのように読むと習いましたか
確か中学のときでしたが,私は「ほっそく」と習いました.「はっそく」では,明らかに間違いになったはずです(ていうか問題集のひっかけ問題に「はっそく」と言う読みが載っていたような記憶が・・・)・・・実は「発足」を「はっそく」と読んでも間違いにならない、と言うカキコを見てかなり驚きました.でもwin98でも「はっそく」でも「発足」と変換されるんですね・・・



「ぼんれい」は定着した?

GAUCHA (2001/09/04 21:45)

永瀬さん、どうもありがとう。やはり今でも世の趨勢は「ほっそく」なのですね。

ところで、私が愛用している、新明解国語辞典は、「凡例」の項で、わざわざ「ぼんれい」は誤りと掲載されています。でもウィンドウズ2000は「ぼんれい」と入力すると、ちゃんと「凡例」と変換します。10年以上前に作られたワープロでは「ぼんれい」と入れても「凡例」と変換されません。ということはこの数年で、「ぼんれい」という読み誤りがかなり定着してしまったということでしょうか。



「ぼんれい」は定着した?

松茸 (2001/09/05 03:54)

> ウィンドウズ2000は「ぼんれい」と入力すると、ちゃんと「凡例」と変換します。
……私の環境のMS-IME 2000では出ません。学習の結果ではないでしょうか?
# 「はっそく(発足)」は初期状態で出ました。

 日本語IMEはビジネス向けのOA商品ですから、《〈間違った読み〉にもある程度対応していないと、商品として売れない》わけで
# でも、OS本体は堂々と商品として売ってる……。(^^;
日常的な言語規範とは少しずれるところがあると思います。



ごじゅっぽひゃっぽ

佐藤和美 (2001/09/05 12:46)

「五十歩百歩」の読みを書いてください、
と言われればかなりの人が「ごじゅっぽひゃっぽ」と書くんじゃないでしょうか。
定着したといえそうですが、慣用読みと言えるのかどうかは疑問ですけど。

IMEでも「ごじゅっぽひゃっぽ」で、ちゃんと変換します。



Re: 便覧

massangeana (2001/09/07 12:18)

べつの事を調べていて, たまたまこのページを見たので, ご紹介。
http://www.nhk.or.jp/bunken/NL-file/n033-s.html



『各々』の読み方

ライズ (2001/12/26 17:51)

はじめまして、漢字についていろいろ検索していて
ここを見つけました。

いきなり質問で申し訳ございませんが、
『各々』の読み方について教えてください。

実は、上司が『各々』を『かくかく』と言っていたので
「『おのおの』ですよね。」と言ったところ、

「いや、『かくかく』でもいいんだよ」と言いました。

家で辞書を調べてみましたが、『かくかく』はのって
いませんでした。

後日、「『かくかく』は間違いではないのですか?
辞書にものっていませんよ。」と言ったところ、
「いや、あってるよ。小さい辞書でも見たんじゃない?」
と言われてしまいました。

私が「でも、日本語としてはおかしいですよね?」と
言うと上司は、鼻で笑いながら
「君は日本語を守る会なの?
 『チョーOK』とかも駄目なの?」と言い出しました。

以下問答で書かせてください。

私 「『チョー』は日本語だからかまいません。」
上司「いまいち」
私 「何がいまいちでしょうか?」
上司「漢字は、好きに読んでいいんだよ、
   お互い殺すと書いてなんと読む?」
私 「『そうさい』です。」
上司「『そうさつ』でもいいんだよ。
   僕が中学の時の試験では『そうさい』しか
   ○をもらえなかったけど、
   今は、『そうさつ』でも○じゃないのかな?
   なにをもって日本語かわかる?」
  「『かくかく』は『そうさい』の例とは
   ちょっとちがくけどね」
  「もう少し勉強してから会話しようよ」

と言われてしまいました。
『チョー』がOKなら、『かくかく』もOKなのでしょうか?

そもそも『かくかく』は辞書に載っているのでしょうか?

ながながと申し訳ありませんがよろしくお願いします。



Re:『各々』の読み方

田島照生 (2001/12/27 14:35)

>ライズ様
「そうさい」は「そうさつ」でも構わないとおもいますが、辞書によってあつかいが
ことなります。たとえば『岩波国語辞典(第五版)』では「『そうさつ』は誤読」と
明記しています。しかし、『三省堂国語辞典(第五版)』では「そうさつ」を空見出し
にし、「そうさい」の項を参照するように指示しています。『新潮国語辞典(第二版)』
になると、「そうさい」「そうさつ」を別べつにあつかい、「そうさい」には法令用語
といての義とその派生義をあげ、「そうさつ」には第一義として「ころしあうこと。」の
意をあげています。ここですこしふるい辞書をみてみると、『明解國語辭典』(昭和18
年刊)ではすでに「そおさつ」がみえ、「さうさい」と附してあります。
文化庁編『ことばに関する問答集【総集編】』では、以下のような見解が示されています。
「『相殺』は、債権・債務についての法令用語として用いられていたものが、次第に帳消し
にすることとか、差し引き零にすることとかの意味で、一般的にも使われるようになってき
たものであり、それに伴って、『殺』の字音のうち、使用分野が狭く使用度の低い『サイ』
よりも、一般的な音である『サツ』で読まれることもあるようになったと見ることができる
であろう。」(340頁)

さて、つぎに「各々」についてのべておきましょう。この問題にかんしては、まず「各各」
か「各」かという「表記」の問題にかんして議論がなされることがおおいようですが、ひと
まずそれは措きます。「読み」の問題に移りますが、結論からさきに申しますと、この読み
は「かくかく」でも構わないでしょうが、しかし一般的ではないので使用しないほうが無難
です。「各各」という語はすでに『後漢書』や『呉志』にみえ(『漢語大詞典』参照)、こ
れは支那に由来するものです。丸谷才一は『丸谷才一の日本語相談』のなかで、「おのおの」
は「オノモオノ」(モは並列の助詞、オノは己の意。つまり自分の意。)がもとのかたちで、
のちに「モ」が脱落したものとみていますが(『日本国語大辞典(第二版)』によれば、この
語原説は『俚言集覧』にもとづいているようです)、「各」という表記がそもそも正しく、「各
各」という熟語がなかったかのようにおもっているようですが、「各各」はふるくから存在し
ます。しかも、この「各各」は日本語のなかにもとりいれられています。
『日本国語大辞典(第二版)』によると、『日葡辞書』(1603-04)には「vonovono(ヲノヲ
ノ)」もありますが、しかし、「Caccacude(カッカクデ)ゴザル〈訳〉相異なる。または全く
違う」(邦訳)と、「カクカク」もみえます。おなじ17世紀に成立した『茶屋諸分調方記』(1693)
にも「それはそれはめんめんかくかくのこころなり」とあります。そして、「各各」という表
記じたいがあらわれるのはよりふるく、『本朝文粋』(1060頃)にすでに見られるようです。
いっぽう、「おのおの」(をのをの)十世紀前に成立した『伊勢物語』にすでに見え、日国大
の語誌欄に、「初め複数の物や人のそれぞれを指していう用法であったが、中世初期の軍記物
語あたりから複数の相手への呼称・指示の場面で使われて」云々とあることから、丸谷氏のよ
うに、「各」と「おのおの」がもとは一であったとかんがえるより、「かくかく」と「をのを
の」は別系統で、いつしか混用されるようになったとかんがえることも可能ですが、「各各」
に「おのおの」を「宛てた」とかんがえることも可能です。いずれが正解かはわかりません。
しかし、「各各(おのおの)」が「かくかく」と読まれるようになったということはありえず、
「かくかく」はずいぶん昔から存在していたわけで、あなたの上司のように、「慣用」とみる
のはあやまりです。さきに私は「かくかく」でも間違いではないというようなことを申しまし
たが、それでも「斯く斯く(「かくかくしかじか」の「かくかく」)」と混同されがちなので、
なるべく避けて「おのおの」と読むほうがよいとおもいます。それに現行の辞書には「かくか
く」の項はありませんし(あるとすれば日国大のような大型の国語辞書か漢和辞典)、大勢に
したがって「おのおの」と読むのがいまのところは「正解」だとおもいます。




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