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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外644 解呪に向けて

「美味しい……!」

 と、カレーを食べた子供達が明るい笑顔になる。大人達もだ。カレーを口に運んで、隣の者と顔を見合わせたりしている。

「これは……何という複雑な味と香りなのか……」
「驚いた。料理というのはこんなにもすごいものなのか」
「さっきの音楽や踊りもそうね。私達も人の営みを真似てはいたけれど……人が何故そうするのか、理由が少し分かった気がするわ」

 感じ入るように目を閉じたり天を仰いだりと、大人の魔人達にもカレーは概ね好評というか……色々とカルチャーショックを与えているようだ。音楽は勿論、料理も文化だからな。そういう物に目を向けてくれるのは良い事なのかも知れない。

 さて。今日のカレーは迷宮に出没するトライオックス……牛の魔物を食材として使ったものだ。元々良い肉だと思うが、玉ねぎの酵素を利用して肉を柔らかくする、という下準備もしている。

 その後も少し炒めてからじっくりと時間をかけて弱火で煮込んだりと色々手間暇をかけているので牛肉が非常に柔らかい。ややマイルドな味付けのカレーと共に口の中で簡単にほぐれてとろけていくような食感で……これが何とも美味だ。

「スープとサラダ……だったか。こっちも美味いな」

 オニオンスープやコーンサラダも中々に好評な様子である。コーンサラダは箸休めになるように、且つ子供にも食べやすいように作ってあるからな。

「こうして喜んで貰えると、頑張った甲斐がありますね」
「ん」

 と、隠れ里の住民の様子を見て微笑むグレイスと、カレーをスプーンで口に運びつつ、こくこくと頷くシーラである。

「お代わりもあるから遠慮しないでね」
「まあ、食後に甘いもの――別の味の嗜好品もあるから、食べ過ぎないようにした方が良いと思うけれど」

 ステファニアが笑顔でそう言って、ローズマリーが羽扇の向こうで目を閉じる。
 その言葉に住民の中からは早速カレーのお代わりを貰いにゴーレム達の所へ向かう者がいた。但し、ローズマリーの言葉もあってお代わりは控えめの量にしている様子だ。

 食後のデザートについてはやはり大人数に対応しやすいという事で、アイスクリームを用意している。そうしてアイスクリームと共にお茶や炭酸飲料といった飲物を楽しみつつ、イルムヒルトとシーラ、ゴーレム楽団の演奏を楽しんだりといった時間を過ごす事となった。

 魔力楽器を使った演奏に加えて、演出用の魔道具を使ったり、マルレーンのランタンを借りたりして、それぞれの曲調に合わせて光の粒を飛ばしたりといった光景が展開すると子供達は目を見開きそれに見入る。

 演奏されるのはBFOで使われていた曲だったりして、俺にとって馴染みのある曲を魔人達が聴き入っているという光景は中々に……不思議な感覚にさせられるものがあるな。

 子供達だけでなく、大人たちも光の動きに見惚れていたり、一曲終わるごとに拍手をしたりと反応が素直な物で……こちらも好評なようで何よりだ。
 やがて……それも一段落すると、俺達とオズグリーヴの所に魔人達が何人かで連れ立ってやってくる。

「堪能させていただきました」
「いや、感動しました」

 といったような感想を聞かせてくれる。

「それは何よりです」

 そう言って応じると魔人達も穏やかに笑って頷き、それからオズグリーヴに視線を向ける。

「――ふむ。これからの話か」

 オズグリーヴもまた、承知しているというように魔人達に応じる。

「そうですね。こうして実際に自分達に起こる変化を確認できたとあれば……後は一人一人に確認をとり、境界公に正式な返答をしなければなりますまい。勿論、強制はしないように注意するつもりではいますが」
「テオドール公が盟主やあの御仁――ヴァルロスとの約束を大事にしてくれているという以上、私達も今までとの生き方を変えて共存の道を選ぶという……約束や誓いをする必要があるかと。我らとしても、行く宛てがないからという消極的な気持ちで選ぶというのは不誠実だと思っているのです」

 そんな魔人の言葉を肯定するように、広場に居並ぶ魔人達も真剣な面持ちで頷いたりしていた。魔人は――割とこうと決めたら一直線という印象があるからな。特性が弱い魔人達といえど、その辺は同じなのかも知れない。
 それに、約束や誓い、か。月の民も魔人も、精霊に近しい性質があるという事を考えれば、それは割と大きな意味を持つのかも知れないな。

「そうだな……。確かに、そうした決意の表明は必要な事かも知れぬな」

 オズグリーヴも魔人達の言葉に頷いた。

「宣誓の内容ですが――共存の道を選ぶ、であって……それ以上の事を強要しないというのは僕としても良いと思います。儀式に関しては準備をすればすぐにできる、とお答えしておきますよ」
「ありがとうございます」
「それと……魔人化の解除を選ばない方がいた場合についても、この隠れ里の在り方ならば敵対関係にはならないようにはできるはずです。その場合何らかの形で隠れ里が維持できるように手配を進めるつもりでいます」

 俺の返答に魔人達は深々と一礼して戻って行った。
 人間との共存を忌避して解呪を断るという面々がいた場合というのも予想して、オズグリーヴとも打ち合わせてはいるが……そうした声も聞こえてこないので今回は大丈夫そうだな。
 解呪については――魔力的にはマジックポーション等を飲んでいるのでまだまだ余裕があるし、儀式形式でもあるので複数人纏めてというのも可能だ。特に……隠れ里の魔人達は特性が弱いという事もあって、比較的解呪しやすい部分もあるからな。

 となれば……宣誓等をしてもらう以上は、こちらも早めに解呪を進めてやった方が彼らとしても安心できるだろう。

 そうして――早速広場に集まっている魔人達一人一人の意志の確認が行われる。承諾するのであれば共存の道を選ぶ旨を宣誓する、という流れだが……元々力に劣るからこその寄り合い所帯で、俺との面会前に彼らの意向を確認していたという事もあり……確認と宣誓もスムーズに進んでいるという印象であった。

 魔人であってもみんなと行動を共にする、協力するという事に忌避感が少ないのはやはり、共同体で助け合う暮らしだからこそなのだろう。

「私達も次の段階の準備に入った方が良さそうね」

 クラウディアが言う。そうだな。祭壇と魔法陣の準備をして、解呪術式が可能なように手筈を整えていくとしよう。



 そんなわけで確認作業の傍らで広場に魔法陣を描いて、祭壇を設営していく。祭壇が向いているのはタームウィルズの方角で、ヴァルロスとベリスティオを祀る鎮魂の神殿に向かって祈りを捧げるためのものだ。

 シャルロッテとフォルセトもシリウス号の風呂場で冷水を浴びて身を清めて、巫女としての衣装に着替えてと、各々儀式の為の準備も万端である。
 更にオズグリーヴに断りを入れ、結界の自動発動を一旦切ってもらったところでティエーラ達に通信機で連絡を入れる。後は加護を受けている俺達を目標に顕現して貰えばいい。程無くしてティエーラと精霊王達が魔人達の隠れ里に顕現してくる。

「高位精霊の皆さんです」
「解呪の儀式を行うとの事ですので……力を貸しに参りました」
「これは……また。これ程の力を持つ高位精霊というのは予測していなかったが」

 流石のオズグリーヴもティエーラの登場には驚いた様子である。
 ともあれ、これで解呪儀式の準備も整った。全員纏めて魔法陣の中に入れる程ではないので、何回かに分けて儀式を行うことになるだろう。それを告げると、まずは子供とその母親から進めて欲しいという返答があった。

「魔力溜まりですし……有事の際に力が残っていれば家族を守れますから」

 との事である。住民達の言い分は気持ちとしては理解しやすいものだ。では――しっかりと解呪の儀式を進めていくとしよう。

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