スケートボードとカジュアル・ウェアのブランド、「シュプリーム」がファッション界を席捲している。発売するアイテムは即完売、コラボレーションアイテムの発売前には長蛇の行列、と破竹の勢いのブランドの戦略とは? メディアにほとんど出ないことで知られる創設者のジェームズ・ジェビアを米版『VOGUE』が取材した。
ストリートの王様、かく語りき──シュプリームのこれまでとこれから

前列左からスケーターのハビエル・ヌネズ、タイショーン・ライオンズ、モデルのパロマ・エルセッサーとジェーン・ブリル、スケーターのタイショーン・ジョーンズ、女優のクロエ・セヴィニー、ショーン・パブロ、マーク・ゴンザレス。各々のスタイルでシュプリームをクールに着こなしている。
シュプリームは空間
1994年の設立以来、スケートファッションをベースに、アーティストやジャンルを超えたブランドとのコラボレーションをおこない、ギターからバイクまでの意表をつくアイテムも生み出してきたシュプリームの名前は、ちょっとファッションに興味のある人間なら、いまやだれでも知っているにちがいない。ニューヨーク、ロウアー・マンハッタンのラファイエット・ストリートの小さなセレクトショップとしてシュプリームを創業したのはジェームズ・ジェビアである。深い青色の瞳とコーディネートしたようなネイビーのTシャツと色落ちしたジーンズ姿で現れたジェビアは現在54歳。金髪はほとんど坊主といっていいぐらいきれいに刈り込まれている。
ジェビアは、大方の見方とはちがって、シュプリームはファッションのブランドというよりはむしろ、「ひとつの空間」なのだ、と口火を切った。
話は、彼がイギリス、ウェスト・サセックス州の電池メーカー、デュラセルの工場で働くライン・ワーカーだったティーンエイジャー時代にさかのぼる。工場の休み時間にいつもデヴィッド・ボウイやT.REXの音楽を聴いていた彼は、貯めたお金で服を買いにロンドンへ出かけるのを常としていた。よく行ったのは、一種独特の雰囲気の店で、こういう店、と定義しにくいところだったという。
「クールな、そうすごくクールな店でした。だれもが着ているけどクールな服があって。ビッグブランドみたいなものはひとつもありませんでした」
ロンドンの、この無名の店がいずれ、シュプリームのモデルとなるのである。
ソーホーの彼のオフィスを飾るのは、カリフォルニアのアーティスト、レイモンド・ペティボンがデザインしたスケートボード、ジェビアの8歳と10歳の子どもたちが描いた画が4、5枚、そして等身大よりも大きなサイズのジェームス・ブラウンの肖像画である。ジェビアによれば、ジェームス・ブラウンはショービズ界でいちばんのハードワーカーであるだけでなく、オーディエンスを見下したような演奏を一度もしたことのない男だ。ジェビアもブラウン同様、カスタマーを裏切ることのないようにしているのだという。カスタマーとは、クールなものがほしいというだけの、おおむね18歳から25歳の若者たちのことだ。彼らは、その値打ちがあると思って、シュプリームのものを、彼らにしてみれば大枚をはたいて買っているのである。
「シュプリームがつくってきた服はいつだって音楽みたいなものでした。若い子たちはボブ・ディランにハマっているときでも、ウータン・クランやコルトレーンやソーシャル・ディストーションにもハマっているのです。彼らはそれぐらいオープンなんですね。そういうことがわかっていない批評家がいるけれど、若者たちは音楽にもアートにも、そのほかのなんについてもオープンなんです。シュプリームは、そんな若者たちがいるから、いろいろなものをつくっていくことができたわけです」
ルイ・ヴィトンとのコラボ
いま、ファッション界はシュプリームに覚醒しつつある。シュプリームはここ10年のあいだに、東京に、そしてロンドンとパリにそれぞれ1店舗をオープンし、ストリートシーンだけでなく、ハイ・ファッションのフロントローでも赤いボックスロゴよく見るようになった。
2017年秋冬シーズンに発表されたルイ・ヴィトンとのコラボレーションは、ファッション界を震撼させた。ジェビアは、ルイ・ヴィトンのメンズクリエイティブディレクターだったキム・ジョーンズ(1月に発表された2018秋冬コレクションを最後に退任)とタッグを組み、赤いモノグラムにシュプリームのロゴが入ったスケートボード用のトランクケースやバックパック、バンダナ、手袋、シャツ、ジャケットなどのアイテムを発表した。
「ニューヨークやロンドンのシュプリームの店で行列している人たちは、じつに色々で、みんなハイ&ローを理解していて、頭がよくて知的で、しかもユーモアがある人たちです。彼らは自分が何を欲しいのかちゃんと分かっていて、しかもシュプリームに忠実なカスタマーです。どんなブランドでもいちばん欲しいのはそういう忠実なカスタマーです」
ルイ・ヴィトンとのコラボレーションは、ファンのみならず多くのファッション関係者にとっても、シュプリームというブランドの扉を開けるカギとなった。そして、新しい顧客たちは、シュプリームのビジネス戦略とスピード感、スキルといった圧倒的なパワーを目の当たりにした。
ボックスロゴのファンはセレブリティにも多い。パンツスタイルのシンプルなコーディネイトにTシャツを合わせたヴィクトリア・ベッカム。いまやファッションデザイナーとしても注目をあびるカニエもシュプリームの影響は大きいのでは!? ジャスティン・ビーバーからトラヴィス・スコットまでミュージシャンも愛用中。
「投下」方式
シュプリームはスウェットやTシャツ、ハットを売っているだけではない。ハイ・ファッションブランドと同様に年2回のコレクションを発表している。まず、シーズン立ち上がり前にオンラインでルックブックをリリースし、毎週土曜日(日本の場合)には、オンラインショップおよび店舗で購入可能な商品を「投下」していく。ファンは固唾を飲んで、毎週何が「投下」=発売されるのかを楽しみにまつのである。
「たとえば、あるレザージャケットがあって、値段が1500ドルだったとします。でも、それが値打ちがあることがわかれば、若い人たちはそれを高いとは思いません。そして、それだけの値打ちのあるものだったら、いますぐ買っておかないと、1カ月後には無くなってしまうぞ、と思ってほしいのです。僕が若かったころは、みんながそんな感覚を持っていました」
ジェビアはシュプリームを立ち上げた当初こそPRに熱心だったが、いまは過剰露出を警戒している。宣伝は最小限にし、ルックブックのモデルをしているプロ・スケーターのセイジ・エルセッサーのような人の協力を仰ぐぐらいだ。そのエレッサーは「シュプリームはファミリー志向なんだと思う、そこが僕は気に入っている」と言う。
「パラシュート」の店員
ジェビアは19歳のときに故郷のイギリスを離れて、ニューヨークに移住し、ソーホーにあったショップ「パラシュート」の店員になった。そして蚤の市で小さな店を広げるようになり、スプリング・ストリートに「ユニオン」という名の店を開く。そこではイギリス物やストリートウェアを販売し、ビジネスは順調に発展した。そしてスケートボーダーでサーファーのショーン・ステューシー(Stüssy創業者)がデザインした服を売るようになると、それが大ヒットした。結果、ジェビアはステューシーのショップを手伝うようになるのだけれど、ステューシーはほどなくして店をやめてしまう。「おいおい、俺はいったいどうしたらいいんだ、と思いましたよ」と、ジェビアは回想する。
「でも、スケートボードの世界から生まれるモノにはいつも魅了されていたんです。商業的じゃないし、エッジがきいているし、”ファックユー”(ふざけんな)っていう負けん気が感じられるし」
ラファイエット・ストリート
ということで、自分でスケートショップを開くことにしたのだった。場所はラファイエット・ストリート。骨董屋や機械修理店などが立ち並ぶ静かなエリアだったが、そこにはキース・へリングのショップがあり、ダウンタウンのアートシーンの発信源となる下地があったという。
ジェビアは店内に広大な空きスペースを設け、出来のいいスケートボードを買い付け、大音量で音楽をかけ、モハメド・アリの試合や映画『タクシー ドライバー』のビデオを店頭で流しっぱなしにして通行人の目を惹いた。彼が雇ったショップのスタッフは自分のスタイルをもつスケーターキッズで、いかさない男が店の前を通ると、鋭い目つきで睨んだりしたという。
スタッフのなかには、90年代のニューヨークに生きる奔放な若者たちの姿を描き、人気映画となった『キッズ』にエキストラ出演した者もいた。その脚本を手掛けたハーモニー・コリンは当時、たまたまシュプリームの店の近くに住んでいた。「シュプリームは、店というより溜まり場のような場所でしたね。メンバーに関しても、雰囲気やセンスという点では繋がってはいるけれど、属しているカルチャーはばらばら。ある種の不協和音が点と点で結ばれていたような感覚というんでしょうか」と語っている。
ショップをオープンして1年もすると、ヨーロッパや日本のデザイナーたちもこのショップに注目し始めた。その後、自分たちのスタイルを発信するために雑誌を発行する。90年代のニューヨークのダウンタウンでカリスマ的存在だった女優のクロエ・セヴィニーや写真家のライアン・マッギンレー、スケーターのマーク・ゴンザレスといったクリエーターたちをフィーチャーしたのである。
「いつの時代もカルチャーを前に進めるのは若者だということをジェビアは理解していました。そしてシュプリームはいつも若者の味方だった。すぐにバレてしまうようなごまかしではなしにね」と、コリンは証言する。
コットン・フーディ
オープン当初、販売するアイテムは数枚のTシャツだけだったが、店は大盛況だった。そんななか、カーハートのワークウェアにルイ・ヴィトンやグッチといったハイブランドものをミックスして着る若者たちが店を訪れるようになったという。ジェビアは、スケーターたちはいいものにはそれ相応のお金を出すということに気づいた。そして、いいクオリティのコットン・フーディをつくって多少高い価格で売ると、それが売れた。このヘビーウェイトのスウェットパーカにつづいてつくったキャップも完売した。
ジェビアは、若者だからといって800ドルのスウェットシャツが欲しくないなんてことはない、と述べる。そこで彼が評価するのはグッチのクリエイティヴ・ディレクターのアレッサンドロ・ミケーレだ。
「彼は若いモデルに服を着せてランウェイを歩かせているだけじゃなくて、本当に、若者にランウェイ・ピースを生活のなかで着てもらいたいと考えている。彼がつくっている服はまさにこのいま現在、きょうの服だ、と僕は思っています」
スケートボードのデッキやTシャツなどを使ってアーティストたちとコラボレーションすることも早い時期から行っていた。過去20年間にコラボレーションをしたアーティストだけでも、ジェフ・クーンズ、ニール・ヤング、ケイト・モス、ダミアン・ハーストなどそうそうたる名前が並ぶ。しかし、なんといってもすべてを変えたのは、2012年の「コム デ ギャルソン」とのコラボだった、とジェビアはいう。「あのコラボレーションのおかげでいろんな扉が開いて、いろんな人たちから注目されるようになりました」と。
"僕は一度も気を弛めたことがないのです。毎シーズンこれが最後になるかもしれないって気持ちでやっているから。"
ジェビアという男
コム デ ギャルソンのCEOであり、川久保玲の夫でもあるエイドリアン・ジョフィーは、「ジェビアほど明確なヴィジョンをもちながら、自分の価値観をひたむきに追求している人に会ったことはないですね。だからこそ私たちの共作はお互いに意味のあるものになったし、シュプリームのその後の成長がどこか我々の成長にも似ているように思えたのかもしれません」と話している。
インタビューをするなかで、ジュビアの好きなブランドを知ることができた。有名なところでは「パタゴニア」があるけれど、いま注目しているのは「アンチ・ヒーロー」という新進気鋭のスケートボードカンパニーだそうだ。「まだあまり知られていないけれど、彼らは自分たちがやっていることに対して真摯で純粋です。シャネルやルイ・ヴィトンとおなじくらい彼らを高く評価しています」
そして、いまの心境を語る。
「よく、成功の方程式をつかんだよという人がいますよね。でも、僕の場合は『方程式がないのが方程式』なんです」
そこで彼は妻であるビアンカのことを話しだした。クイーンズのチリ系の家庭で育ち、現在はジェビアとの子どもたちをロウワー・マンハッタンのアパートで育てている。
「彼女はプラダでもシャネルでも服を買うし、ユニクロでもショッピングをします。もちろん、シュプリームのものも着る。でも、『こんな高級なものを安っぽく着こなす私を見て』なんて気取っているわけではありません。ただたんに、自分が好きなものを着ているだけです。で、そういう人たちがいま増えているんです。シュプリームのファッションにも方程式はないわけです」
オフィスにて
シュプリームのオフィスは今日も活気にあふれていた。白塗りの壁に囲まれた広々としたスタジオスペースはクリーンな雰囲気を漂わせている。そこでは40人ほどの勤勉なスタッフたちが、「コム デギャルソン ナイキ エア フォース ワン」のリリース準備に追われていた。話題を集めるコールマンとのコラボアイテムやミニオートバイの発売ももう間もなくだ。(商品は発売済み)
ふとジェビアはデスクから立ち上がり、コーヒーを買いに行くためにオフィスの外に出た。まだ昼前の街をあれこれ案内してくれる。そしてあるビルを指して彼は呟いた。
「アレックス・カッツがあそこに住んでるって事実が最高ですよね。この地域をあれこれ言う人がいるけれど、ここは間違いなく世界でもっとも活気のある街のひとつだと思います」
ところで、ジェビアには肩書がない。
「妻は設立者と名乗ればいいんじゃない、と言うけれど、ぴんとこないんです。スケートショップをやっているというので十分じゃないかと思ってるんですよ。いろいろ指図しながらやってますよ、というのでね」
なにかの枠にはまったり、市場からの過剰な要求にとらわりたりしたくないともいう。もちろん売り上げを伸ばしたいとは考えているけれど、それもシュプリームならではのペースのものであって、急成長を望んでいるわけではない。ゆったりとした、しかし、ファンのニーズを満たす程度には速い成長を望んでいる。
「これからもシュプリームのことを手の届かない高価なブランドだと思って欲しくはありません。シュプリームは量産品しかつくれないわけだし、僕たちの帽子を作っている工場だって、帽子を量産することしかできないわけですからね」
リスクを取れないリスク
ジェビアは人員を増やすことには慎重だ。なぜならリスクを冒せなくなってしまう危険をもたらしかねない、と考えるからである。
「僕たちは自分たちが誇りに思えるものをつくっているのであって、たんに生き延びるためのモノをつくっているのではないのです。いまどき、リスクを取る人はそんなにいませんが、でもリスクをとれば、音楽でもアートでも、そしてファッションでも、それに応えてくれる人が出てくるのだと思います」
カフェのイスに腰をかけた彼は週末について話した。
「ぜんぜんグラマラスじゃありませんよ。子どもたちは宿題をいっぱいかかえているし、僕は計画を立てるのが好きじゃないし」
彼のストアと同じく、暮らしぶりもシンプルなのである。妻子と夕食をともにし、たまの週末にはMoMA(ニューヨーク近代美術館)に出かけるぐらいだという。「派手な暮らしはしてないから、そんなにお金はかからないのです」と言って、最後に慎重な言い回しに戻った。
「安心して慢心するブランドをたくさん見てきましたが、僕は一度も気を弛めたことがないのです。毎シーズンこれが最後になるかもしれないっていう気持ちでやっているから」
James Jebbia ジェームズ・ジェビア
シュプリーム創設者。2017年10月にニューヨークのブルックリンに新店舗をオープンした。撮影を担当したのは、映画監督で著名写真家のアントン・コービン。
- Brand:
- シュプリーム