インターネットメディアで掲載された記事が、本になる。デジタルとアナログ。そこにはどういう違い、そして、意味があるんでしょうか。
BuzzFeedは「ニュース&エンターテイメント」のメディアです。面白おかしい話題や生活に役立つ話題、動画やクイズなどとともに、骨太のニュースも手がけています。これだけ幅広いコンテンツを扱うメディアは世界に類を見ません。
左がエンタメを含むトップ画面、右がBuzzFeed Newsの画面。
「どうせネット記事は...」という誤解
私は2015年に13年勤めた朝日新聞社を辞め、BuzzFeed Japanの創刊編集長に就任しました。それから2年半に渡り、自分たちのコンテンツがネット上でどれだけ読まれ、どんな反応があるかを見てきました。
そんな、紙とネット両方を経験している私がよく聞かれる質問があります。
「ネットは短い記事や、下世話な記事が読まれるんでしょう?」「所詮、PV狙いなんでしょう?」「新聞と比べると質が低いんでしょう?」
BuzzFeedでの経験から断言できます。これらはいずれも間違いです。
新聞よりも2〜3倍長い記事が読まれるネットの世界
白人至上主義とメディアの関わりを暴いたBuzzFeedのスクープ。3万字を超える超大型記事だ。
政治や経済、社会に関するシリアスな記事を読む読者はネットにたくさんいます。そして、「長い記事だから読まれない」ということもない。
新聞は紙幅の制限から一つの記事は長くても1500字ぐらいですが、ネットでは2000〜3000字の記事もよく読まれます。
紙と違って、読了率(記事がどこまで読まれたか)や読者の滞在時間まで調べることができるので、詳細なデータを元に読者傾向を分析できるし、よく読まれる書き方の研究もできます。
PV狙いだけではなく、より深く読んでもらえたか、BuzzFeedには動画もあるので、長く視聴してもらえたか、そして、コンテンツをシェアしたり、話題にしたりと「活用」してもらえたか。
データを通じて、紙よりもネットの方が、読者のことを理解し、より読まれる記事を書くことができます。その内容がエンタメであろうと、硬派なニュースであろうと。
紙媒体の弱点は読者データが分析できないところ
それでも本を出版する意味がある
一つ例を挙げます。2017年、BuzzFeed Japan記者の石戸諭が出版した「リスクと生きる、死者と生きる」(亜紀書房)です。
毎日新聞社を経て、BuzzFeed Japanに入社した石戸は東日本大震災に関する取材を担当し、ローンチ直後から多数のルポを執筆してきました。
それらは、一つ一つが数千字、中には1万字を超える記事もあります。新聞の長文記事の数倍の長さで、写真も豊富に使っているため、新聞紙だったら1ページ全部使っても足りないものばかりです。
震災という重いテーマに取り組んだ長大な記事。これらは非常に高い関心を持って読まれ、その時だけでなく、折に触れてネットで話題になっています。
それらに大幅に加筆したのが、この本です。
17のネット記事を再編集
この本の元になっている記事を列挙してみます。
第1章 科学の言葉と生活の言葉
第2章 死者と対話する人たち
- なぜ、被災地に「幽霊」が出るのか あいまいな死に寄り添い生きる
- 最愛の人に会いに遺族が向かう場所 僧が説く死者と私たちの関係
- ひとは「死んだら終わりですか?」 大切な死者を語り、生きる
- あの日、津波で亡くなった娘へ 父が贈るあたたかく、少しふしぎな手紙
- あの日亡くした大切なペット、ひとへ 「今どこにいますか?」 揺れる思いを綴る
- 「子どもを守れなかった父の死を悲しみきれない」 あの年、中学生だった21歳が口にしないこと
第3章 歴史の当事者
- 原発事故からまもなく30年 チェルノブイリの「いま」から福島の未来を考える
- 原発事故を語る「小さな人間の声」の力とは? ノーベル賞作家が見出したこと
- 福島第一原発ルポ 七千人が働く廃炉作業の現実
- 善悪で語れない原発 福島第一原発を去り、地域に生きる元東電社員(前編)
- 「廃炉まで住民不在でいくのか」 元東電社員は、対立ではなく模索の道を選ぶ(後編)
- 科学者がいま、福島の若い世代に伝えたいこと 「福島に生まれたことを後悔する必要はどこにもない」
- 「いずれ自分の言葉で福島を語らなければならない」高校生に、科学者が託した思い
- なぜ慰霊碑の向こうに原爆ドームが見えるのか? 世界的巨匠が託した思い
終章
本にまとめるからこそ生まれてくる新たな価値
ネットメディアで発表した記事を、改めて本として出版したのはなぜか。石戸は昨年、BuzzFeed Japanが開いたイベント「なぜ、ネットメディアで震災を取材し、本を出版するのか」で、こう語りました。
物事を伝える時に、適切な分量と適切な伝え方があるんじゃないか
ネットで長い記事が読まれると言っても限度があります。この本は、先ほど紹介した3万字の記事をはるかに上回る279ページあります。
本の中で、石戸は「この仕事をしていると、いつも『わかりやすさ』から誘惑される」と記し、続いてこう書いています。
危険なのか、安全なのか白黒つけたほうがいいんじゃないか。どこかで線を引いて「あっち」と「こっち」という構図を作ったほうがいいんじゃないか。絶対に批判できないポジションを作ったほうがいいんじゃないか、「弱い立場」を代弁したほうがいいじゃないか。当事者の声を選別し、自分の主張を強調したほうがいいんじゃないか……。
私たちは読者の理解に役立とうと、わかりやすく書くことを心がけます。でも、その「わかりやすさ」が時に本質を外した単純化や決めつけになっていないか。そこからこぼれ落ちているものがないか。常に点検が必要です。
「わかりやすさ」から離れ、「本人ですらわかっていない気持ちや、揺れる言葉に接近」する。そのためには、シンプルなフレームではなく、わかりにくいものをそのままに書く、十分な長さが必要となる。
私は彼らの言葉を聞いたが、本当に理解できているかは、いまでもわからないままだ。しかし、一つの仕事としてまとめたとき、彼らの中に簡単には風化しない問題、人の生き方という問題が見えてきたように思える。
一つ一つでも長い17本の記事に登場する一人一人の言葉が、一冊の本にまとめあげられたとき、そこに「風化しない問題」「人の生き方という問題」が見えてくる。
これは、1本ずつの記事がデジタルの世界を浮遊するネットにはない力かもしれません。
効率的でなくても、やる価値がある
被災地の方々に丁寧に話を聞き、現地を歩き、資料を調べ、書く。この手法では記事の量産はできません。
長く、重厚な記事でも読まれる。とは言っても、さらりと1時間で書いた記事がそれ以上に圧倒的に読まれることは、ネットではよくあることです。長い記事を地道に書くことは「効率的」とは言えません。
まして、それを本にまとめ直して出版する作業も、その時間に見合った金銭的な利益を生むことはほとんどありません。
それでも、ネットで長く、地道な記事を書き、それを本にまとめて出版する意味は何か。
それは、それが読者や社会のためになると信じているからです。それだけの分量で伝えるべきテーマを、それだけの労力をかけて伝える。
シンプルな理由です。
3月25日には新たな本を出版
BuzzFeed Japan Medicalで医療健康ニュースを担当する朽木誠一郎が3月25日、「健康を食い物にするメディアたち ネット時代の医療情報との付き合い方」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版します。
朽木は医学部出身の異色のライターで、ネット上でわかりやすい医療健康情報の発信に努めると共に、不正確な医療記事やデマなどの検証を続けています。それらの取材をまとめました。
日本で1億人が利用するインターネットで多くの人に情報を届ける。それと同時に、その成果を本として出版する。
BuzzFeed Japanは今後も、その両方に取り組んでいきます。
(ちなみに、これで約3000字と写真5枚。新聞であれば1面を使い切っても足りない分量です)
UPDATE
一部、表現を修正しました。
バズフィード・ジャパン 創刊編集長
Daisuke Furutaに連絡する メールアドレス:daisuke.furuta@buzzfeed.com.
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