代表的な生活習慣病である糖尿病(2型糖尿病)は、血液中のブドウ糖を調節するホルモンであるインスリンを人体がうまく利用できなくなって生じる。悪化すると致命的な合併症につながるが、治療法は食事療法と運動療法、血糖降下薬の服用などで、基本的には生活習慣を改めてコントロールする。
ところが近年、意外な治療法の可能性が開けてきた。外科手術によって腸をバイパスするという大胆な方法だ。海外での臨床試験によって、食事療法や投薬を上回る効果が示されている。腸の手術がどうしてブドウ糖代謝に影響するのか、まだ正確にはわかっていない。ただ糖尿病の発病に腸が関係しているのは確実とみられ、手術をせずに同様の効果を狙う治療法も開発されている。
消化管の一部をバイパスする手術は重度の肥満の人に行われてきたもので、栄養を吸収する小腸の部分を迂回することによって体重を減らす。このいわゆる「減量手術」は20世紀半ば以降に重度肥満の治療法として一般化した。本来は糖尿病の治療を意図したものではないが、手術を受けた重度肥満の人は糖尿病を発症していた例が多く、そうした患者の大半が手術後に血糖値が正常になった。
食物が消化液と混ざる腸の上部を短くする手術(図は「ルーワイ胃バイパス術」の例)によって、吸収されるカロリーが減るだけでなく、栄養素の通過によって腸の細胞が受ける刺激が制限される。手術が血糖の制御をどのようにして改善するのか、そのメカニズムの特定が始まっている。
術後の体重減少のおかげで糖尿病が改善したかに見えるが、実はそうではない。手術から数週間以内、脂肪や体重が落ち始めるずっと前に血糖値が正常に戻った。このためバイパス手術を糖尿病の治療法として試す動物実験と厳密な臨床試験が行われるようになり、効果が確認された。この分野の研究を先導してきた英ロンドン大学のフランチェスコ・ルビーノ教授によると、これまでに世界で45を超える医学系学会が消化管手術を標準的な糖尿病治療の1つとして推奨している。
手術は具体的にどんなメカニズムで糖尿病を改善するのだろう?消化管ホルモンや胆汁酸、腸内細菌が変化する可能性、あるいは糖尿病の原因となる何らかのメカニズムが腸で働いていて、それが手術によって除去された可能性が考えられ、詳しい研究が進んでいる。
外科手術は強力な方法だが、大勢の糖尿病患者を治療する方法には決してならない。患者にメスを入れるのだから、必然的にある程度のリスクを伴う。このため、小さなプラスチック製スリーブ(筒)を挿入して十二指腸を食物から遮蔽することで、手術をせずに同様の効果を得る方法が開発され、欧州などでは臨床での使用が認められている。
(詳細は2月24日発売の日経サイエンス2018年4月号に掲載)