2018-03-09

性別格差よりも容姿格差

大学回生の時に受けたジェンダー論の授業の導入で講師が「フェミニズムってブスの僻みではと思う人もいるかもしれない」と言った。

恐らく、フェミニズム容姿というのは切っても切れないものなのだろう。

2019新卒就活界隈を漂って思うのは女性男性格差よりも容姿格差なのではないかということだ。

説明会で見てくれの良い女と悪い女が並んでいるのを見ると、強烈な格差を感じざる得ない。

男性目線の何とかと誤魔化すのか。それでは言い訳できそうにない、見てくれの良い女からの自信ありげ雰囲気などはどう説明するのか。

一見女性に働きやす職場というのがあるとアピールする企業は沢山ある。

しかし、現実格差容姿で発生しているのではないか

醜い自分は感じざる得ない。

よく、ネットフェミニズムにハマっている人を見るとモテるアピールをしていたりする。

自分恋愛市場において、不必要ものではないというアピールであり、顔は悪くないとでも言いたげだ。

また、アメリカ女優フェミニスト賛同しているとかい発言もある。

しかし、彼女たちの場合仕事で言ってるだけな可能性もある。

本心で言っていたとしても、容姿が悪い人間フェミニズムとは違うのではないか

見てくれの良い人間フェミニズムというのは、自分性的魅力で得て来たものを実力としたい願望や利権を守りたいということだろう。

見てくれの悪い人間にとってみたら、縋るものであり、権利を拡大させるという夢になっている。

容姿が悪い人間だけだと、悲壮しかないゆえに一部分において利害が一致する容姿が良い人間と共に行動するということになっていそうだ。

結束しているようで、何か容姿格差故の断絶があるのではないか

大学での女のグループ容姿格差で出来ていると発見して以来、そう考えている。

正直、変に男性女性だと揉めるよりは容姿格差を考えた方がいい気がするものだ。

記事への反応(ブックマークコメント)

 
 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん