あるとき、肉の配達に行った得意先でも「あんたのお父ちゃんは最近、いい付き合いしてないな」と言われた。「悪い付き合い」というのは、どんなことを言うのだろう? それは私の中で澱のように残っていく。
そこで大人になって父の龍造から話を聞いていてわかったのは、解放同盟とは与しないが、同和利権は奪いたい。
そのために彼が頼ったのは当時、解放同盟と熾烈な抗争をつづけていた共産党であり、利権をとるために同和団体を乱立させていた右翼、そこに群がるヤクザたちであった。
強大な解放同盟と渡りあうには、それぞれとうまく付き合う必要があったのである。
当時、右翼は同和会系の組織を無数に立ち上げており、共産党とともに同和行政の交渉窓口を解放同盟から奪い取ることで、両者の利害は一致していた。思想信条よりもまずは生活を、というわけだ。そしてヤクザはその狭間で、トラブル処理などを担っていたというわけである。
こうした事情は、昭和の時代に同和地区で商売をしていた人には常識であったようだが、私はその構図をわかっていなかった。1973年生まれの私は、高度経済成長はもちろん、バブル期も学生だったから何も知らない。
しかし結果的には、そうした白紙の状態がよかったと思う。思い込みや偏見がないためにいろいろな質問をして、疑問点を一つ一つ解消していけたからだ。
本書では同和の中で成り上がっていく者の話を書いたわけだが、同時にわかったのは、同和地区の出身だからといって、みんな成功したわけではないということだ。
主に東京から西の同和地区にはさまざまな特権、金が投入されたことは事実だが、一方で、それは所詮あぶく銭、みながみな成功するわけではなかった。また逆に、金とは無縁の生き方をいる者もいたのである。
父の龍造は、着実に事業を拡大していくのだが、その周囲には覚醒剤で身を持ち崩す者もいれば、夜逃げなどして没落していった人々も多かった。
またそれとは反対に金には無頓着で、清貧をつらぬいた者もいた。本書では龍造の周囲にいた、そうした若者たちの青春群像も同時に描いている。