取材拒否の店が取材を受ける理由

立場が違えば考え方も違ってしまうもの。今回の「ワイングラスのむこう側」は、客と店という立場の違いから生じてしまうずれを林伸次さんが考えます。

大阪の人の「お金を落としたい」感覚

いらっしゃいませ。
bar bossaへようこそ。

バーテンダーという仕事を23年間やってきて、とにかくいろんな方を接客してきました。その中で感じたお客様の傾向というのが会って、例えば関西弁の方って、「今日は一杯だけで、あんまりお金を落とせなくてすいません」とかってことを言ってくれるんです。

もちろん、お店の人間としては、できるだけたくさん飲んでいただいて、たくさんお金を使ってくれるとすごく嬉しいのですが、僕はそんな、みんながみんなにお金をたくさん使ってもらおうとは思ってないんですね。すごくたくさんお金を使う方もいれば、そうでもない方もいて、全体でならせば、ギリギリ儲けは出るようにこちらも計算して経営しているんです。だいたいお酒って体質や体調にもよりますしね。それよりも僕としては「あ、意外と安かったなあ。雰囲気もいいし、じゃあまた今度デートで使おう」って2回目に来てもらうのを期待しているんです。

でも、関西の方は「お金を落とせなくてすいません」って仰るんです。これ、大阪は商人の街だったから、なんてことを言われますね。かつての大阪の街は、住む人たちみんなが商売をやっていたから、このお店でお金を落としておくと、そのお店の人も自分のお店に来てお金を落としてくれる。その人が自分のお店に来てくれなくても、また別のお店で落とすから、周りまわって、結局は全員のところにお金が落ちる。っていうのが肌感覚にあって、意識的にお金を使おうとしてしまうわけです。

こういうことって、やっぱり大阪では小さい頃に親から教わるのでしょうか。それともなんとなく「常識」として身につけるのでしょうか。こうしたお客様とお店の感覚のずれって、実はたくさんあります。

飛び込み営業で仕事なんてなかなか取れない

「お金を落とせなくてすみません」の逆のパターンで聞くのが、お洒落な雑貨屋さんとかに、「こういうライブがあるのでフライヤーを置いてもらえませんか?」って人が来るらしいんですね。そういうお店を経営している人たちからよく言うのは、「お願いだから、何かを買って欲しい。安いものでいいから」ということらしいんです。

なんだかケチくさいと感じるかもしれませんが、お店って家賃がかかってるんです。銀座の一等地だと小さいお店でも何百万もする場合もあります。で、経営者は「一坪で一ヶ月にこのくらい利益があれば経営できる。じゃあこのくらいの単価の品物を置いて」と計算するんです。

できれば、お店の空いている箇所には商品を置きたいんです。それでもフライヤーを置いてあったとしたら、理由は、いつもその方が商品をたくさん買ってくれているからだったりします。だったらうちのお店でも応援しようかなって思って、フライヤーを置くんです。ギブ&テイクの気持ちです。

でも、フライヤーを持ってくる多くの人は、意外とそういうお店の人の気持ちや事情を知らないから、「お店の雰囲気に合うお洒落なフライヤーやフリーペーパーだったら置いてくれる」って考えがちなんですね。そういうことではないんです。中には一方的にフライヤーを30枚とか送ってくるところもあります。あれはやめた方がいいです。お店側にとってみたら、そのイベントや会社自体に対してすごく不快な気持ちになります。やっぱりお金を使ってくれてありがたいから、または応援したいという気持ちなったから、置いてるんです。

同じような種類の話があります。ある、取材を受けないことで有名なお店があるんですね。bar bossaのお客様がそのお店が本に載っていたのを見つけて、「あれ、どうしてなんだろう?」って話をしてきたんです。僕としては、「取材する側の編集者が、しょっちゅう通って、すごくお金を使って、他のお客さんも紹介して、がんばって営業したんだろうなあ」ってすぐに思いました。

やっぱりお店って商売なので、そこまでしてくれる人には「折れる」んです。想像するに、そのお店に通った分はいくらかかったのかわかりませんが、その店を載せられたということは、お店のに落としたお金以上の価値があると感じているんじゃないかと思います。

いきなりの電話営業とか、いきなりの飛び込み営業って多いんです。あれ、時間が割かれてしまうし、断るのも後味が悪いし、本当にやめてほしいと思っています。だったらあの営業にかける人件費を、全部、お店に通って買い物や飲み食いに使った方が効果的なのではっていつも思ってしまうんです。これ、僕がお店側の人間だからでしょうか。普通、電話営業や飛び込み営業で契約ってとれません。でも、お金を使うお客さんなら、商売をしている人間として一応お話だけでも最後まで聞くんです。

例えば、あなたはアマゾンや楽天で買ったり、近所のコンビニで買ったりしていると思うのですが、その分を全部、ひとつの個人店で毎日のように買うと、そのお店、かなり融通がきくようになると思いますよ。「取材したい」だけでなく、「このお店でイベントがやりたいな」とか、「このお店を使ってうちの商品を展開したいなあ」とか考えた場合、まず通ってお金を落とす、というのが一番効果あると思います。

ケイクス

この連載について

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ワイングラスのむこう側

林伸次

東京・渋谷で16年、カウンターの向こうからバーに集う人たちの姿を見つめてきた、ワインバー「bar bossa(バールボッサ)」の店主・林伸次さん。バーを舞台に交差する人間模様。バーだから漏らしてしまう本音。ずっとカウンターに立ち続けて...もっと読む

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コメント

feilong 1件のコメント https://t.co/yvLrNFlpvW 約6時間前 replyretweetfavorite

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GeeeeN2525 あーわかるわかる。ウチは親商売人ではないし俺も違うけどこのお金を落とすっていう感覚はふんわりと関西圏は共有されてる気はする。 約7時間前 replyretweetfavorite

yusannzinn 相手の立場を考えるという観点で、納得のいく話です。 約8時間前 replyretweetfavorite