幸せに続く道には思いがけない紆余曲折が待っている。ティナ・フェイとポール・ラッドが共演する痛快で心温まるコメディ。プリンストン大学の入試担当官ポーシャ(フェイ)は、型通りの人生を送ってきた。新入生集めの活動中、彼女は大学の同級生だったジョン・プレスマン(ラッド)と再会する。
「アドミッション-親たちの入学試験-」を観ました。邦題の副題を見るとお受験映画のように思えますが、入学者ではなく入学者を試験する側からストーリーが展開します。大学職員が主役であるフィクションはそう多くありませんが、その中でも映画なのはこれくらいでしょうか。プリンストン大学のアドミッション・オフィサーを中心としたラブストーリーが物語の軸ですが、職業柄、気になる点がいくつも出てきました。特に、映画紹介には「痛快で心温まるコメディ」とありますが、とんでもない。見る人が見ればこれは完全にホラー映画です。
以下、ネタバレありです。
「入学事務局の職員は大変だ。受験生や親たちの怒りや不満に耐え、大学受験という一大騒動を乗り切らなければならない。」
映画の一番最初のセリフです。全くその通りですね。
「私に媚を売っても合格できません。合否を出すのは入学事務局です。」
冒頭に、志願者を対象としたキャンパスツアーのガイドを行う者が発するセリフです。日本の大学制度に慣れていると、まずはここに驚きますよね。日本の大学では合否判定は教授会等が行うことがほとんどだという認識です。
我々は長い間トップであり続けた。つい今日まではだ。だがトップから落ちた。
これも映画開始冒頭にある入試事務局の事務局の発言です。この時に手に持っている冊子はU.S.NewsのBest Colleges RANKINGSでした。
推薦書類を読んでいる時の演出
主人公が自分のオフィス(一人一人に個室があります)で志願者の推薦書類を読んでいる時、当人が目の前にいて語っているような演出があります。もちろん映画の演出ではありますが、本人の様子が詳しく書かれている推薦書類を表現しているのかもしれません。
「当人が成功できるかが重要よ」
主人公が他のアドミッション・オフィサーに助言するセリフです。推薦書類や本人の素質などを見極めて、当該大学で成功する確率の高い者を選抜するのでしょう。
「プリンストンはいつから?」
「16年前から」
主人公は、事務局長の引退に伴いその後任となるかもしれない者です。16年という勤務年数が長いのか短いのかは、ちょっと判断がつかないですね。
「今夜、在学生の寮に泊まれることはできますか?」
「ツアーの後で事務局に来てほしい。」
キャンパスツアー中の者と主人公とのやりとりです。結果、寮に宿泊することになります。当日にこのようなやりとりをして受け入れられるということは、結構驚きですね。
「履歴書には情熱的で責任感があることを書くの。」
「あたしは事務局の職員よ。あなたを手伝うだけ。優秀な生徒を見落とさないためにね。」
「不正ではないわ。」
主人公が高校の教師に言うセリフです。アドミッション・オフィサーの立ち位置が感じられます。追手門学院大学のアサーティブ入試のような感じでしょうか。
「明日から選考会よ。3週間かかるの。」
アドミッション・オフィサーによる書類選考やプリンストン大学のOBによる面接を行った後、10人程度のアドミッション・オフィサーが集合し、それぞれ所感を述べ、合議制で合否を決定していきます。どうも、地域別に担当するアドミッション・オフィサーが割り振られているようでした。
各アドミッション・オフィサーの様子を見るに、アドミッション・オフィサー自身がプリンストン大学に入学するにふさわしいと自信を持った者を推薦しているようでした。この選考会に到るまでに、アドミッション・オフィサー自身がある程度選考を行っているのでしょう。
「柔道協会に問い合わせたけど、国内優勝の記録はありませんでした。」
(不合格の印を押す)
書類に書かれた事項の裏取りもしっかりしているような描写がありました。
「ハーバードもイェールも合格とは。是非、奨学金について一度ご相談を」
アドミッション・オフィサーが合格者に個別に連絡をした際のセリフです。他の大学にも合格した者に対し、引き止めようとしているのでしょう。
EAT SH*T AND DIE!
GO F*** YOURSELF
Die Screaming!
you are the bottom of the slime
I hope you got RECTAL CANCER
合否の連絡をするシーンで映ったホワイトボードに書かれた文章です。おそらく、不合格を伝えた際に落第者やその保護者から受けた罵詈雑言でしょう。冒頭のセリフである「受験生や親たちの怒りや不満に耐え」が思い浮かびます。この隣には、同じく合格者から受けたであろう感謝の文章が書かれていました。このような取り組みは結構面白いなと思いますし、ストレッサーを外化して共有することは精神衛生上も意味があることでしょう。しかし、最後にある「直腸癌になってしまえ!」は笑えますね。
Special Thanks
All the esteemed faculty and staff of Princeton University
エンドロールのスペシャルサンクスにはプリンストン大学の名前がありました。その他、掲げられている者にはプリンストン大学のPresidentであったShirley M. TilghmanやVice President、Dean of Admissionなどが挙がっています。大学をあげて映画の撮影に協力したのでしょう。
個人的には、少しだけ出演していたア・カペラ・コーラスが気になりました。どうもプリンストン大学で最古の歴史を誇るア・カペラグループ The Princeton Nassoons のようでした。
プリンストン大学のアドミッション・オフィサーである主人公は、若い頃に出産し里子に出した自分の息子だと思われる者ジェレマイアと偶然出会い、本人の希望通りプリンストン大学に入学させるために奔走します。その推測は主人公ともう1人しか共有しておらず、主人公は他のアドミッション・オフィサーに対しジェレマイアの良さを必死にアピールします。しかし、選考会では不合格となります。
その後、何としてもジェレマイアを合格させたい主人公は、上司のPCに不正アクセスし合否リストのファイルを書き換えるとともに書類を入れ替え、合格を偽装します。ジェレマイアの手元に合格通知が届いたころ、上司に呼び出され不正を糾弾されます。しかし、すでに合格通知を発送していたこともあり、上司は不正を外部に公表できず、主人公に退職届を出すように迫るのみでした。
ジェレマイアの合格祝いパーティの途中、主人公はジェレマイアに自分が母親であることを伝えます。しかしそれは主人公の勘違いでした。ジェレマイアには別に産みの母親がいたのです。ジェレマイアは自分の合格が仕組まれたものであることを察し、失望します。
この話、大学職員から見るとコメディどころか完全なホラーだと思いました。ジェレマイアのために不正をしつつ最後には赤の他人とわかった主人公も、不正をわかりつつも公表できなかった上司も、自分の意志とは無関係に不正の対象となったジェレマイアも、各人の心中を察するに恐ろしさが込み上げてきます(特に上司とジェレマイア)。
プリンストン大学が協力しているとは言え、映画である以上はある程度脚色もあるのでしょう。米国の入試担当職員については、ウェブ上にいくつかの記事を見つけることができますので、そちらを参照するのも良いですね。
米国の大学における入学審査職員に求められる能力とその開発(大場淳)
米国の多くの大学においては、学生募集活動を含む入学審査業務が専門化しており(Millett, 1962:214)、通常、学部(undergraduate)段階の入学者選抜は、大学が定める選抜方針・基準に基づいて、入学審査部(admissions office / office of admissions)が行い、必要に応じて全学の入学審査委員会等へ入学決定を諮ることとされている。また、学生募集活動も、教員との連携・協力を図りつつ、専門職員が中心となって行っている。
アメリカの入学者選抜の本質は専門職の合議による多面的視点(出光直樹)
アメリカでは、入試方式という概念はなく、「書類審査」に近い方式に一本化されている。選抜を行うのも教員ではなく、アドミッション・オフィスの職員(アドミッション・オフィサー)だ。彼らは、入学と大学広報に関わる業務だけを行う専門職であり、アメリカの大学では、書類審査も合否判定も職員の権限で行われ、基本的に教員は入学者選抜プロセスには関与しない。
[合否判定方式]
・ SAT又はACTの成績、高校の成績、教師の評価等を総合的に判断(それぞれの得点化はしない)。
・ 個々の選抜資料についての明確な重み付けは設定されていないが、高校の成績、教師による評価、SAT/ACTの得点の順で重要とされる。
・ 教師による評価では、主に学習への姿勢、他の学生との関わり方、運動能力・芸術など得意な才能についての情報を重視。
・ 2名の職員による評価を経て、数名からなる小委員会で合否の仮決定を行い、最終的に30名の全職員による委員会で投票により決定。