寿司は、昔からある大きな日本文化の一つといえる。でも、寿司を作る職人の世界は男性が占めているもので、女性寿司職人を見ることはなかなかない。
そんな中、 パイオニアとして突き進んでいる女性寿司職人がいる。
東京・秋葉原にある「なでしこ寿司」で店長をつとめている千津井由貴さんだ。
強みは寿司の美しさ
「なでしこ寿司」は女性職人が本格的な江戸前寿司を握る寿司店である。女性職人だけを揃えた寿司店は日本初であり、2010年に開店した時も業界をざわつかせた。
千津井さんは、オープン前に雇われ、現在は店長として板場に立ち、一人で築地へ仕入れにも行く。
千津井さんが握る寿司の一番の強みは、その見た目の美しさだ。もともと美術大学でグラフィックデザインを専攻しており、それが寿司ととても似ていると言う。
「例えば日本の国旗はとてもシンプルな要素で作られていますが、そこにどれくらいの意味があるのかをパッと表しているのです。
日本のグラフィックデザインは二色や三色だけを使い、自分のイメージや主題を表すものが多く、それがお寿司と一緒だと思うのです。魚と米だけで、握るのなんて数秒で終わってしまうけど、そこに詰まった情熱が大切なのです」
「女性は寿司を握ってはいけない」
千津井さんは大学時代に寿司店でアルバイトをしていた。その時はホールや洗い物、接客が主な仕事であり、「自分も寿司を握りたい」とは思っても、決してそれを口にすることはなかった。職人は男性がなるもの、と疑いもしなかった。
大学を卒業して一回百貨店で就職したが、ある時、なでしこ寿司の求人が目にとまった。「女性が寿司を握るお店」と知り、今まで「女性は寿司を握ってはいけない」ということに疑問を持たずに生きてきたことに初めて気づいたという。同時に、「一から自分で何かが作れる」ことに魅力を感じて応募をした。
他の寿司職人に冷やかされる
千津井さんはなでしこ寿司が開店する前の2か月間は、なでしこ寿司を経営する会社から雇われたベテラン寿司職人の元で握り方を学んだ。オープンしてからは、女性が寿司を握ることの物珍しさで来店する人が多かった。その中には冷やかしのためにきた男性のベテラン寿司職人も多かった。
「お店に入ってきて、私の身なりを見て(白衣ではないので)、『本格派ではないな』と言われたり、カウンター越しに覗いてきて文句を言われたりしましたよ。
でも、最初はなにもわからなかったので、そのまま受け取っていました。言われるのが当然だと覚悟をしていました」
オープン当初に来た職人は、冷やかしのためがほとんどだったという。8年経った今でも、そのような目的で来る人が半数くらいだそうだ。
「寿司以外の他のメニューだけを頼んだり、上のネタだけを食べてシャリを残したりする人が多いです。例えばウニですが、上のウニだけを食べて『◯◯産のウニだね』と言って。外れてるんですけど(笑)」
なでしこ寿司で女性が握っていると、「まーいいよ、いいよ!おままごとだから!よくできてる!」と言われ、褒められる時でも、「女の子にしては!」と言われるのが今でも日常だそうだ。
それに耐えられなくなり、辞めていくスタッフが多い。慣れない頃はそのような発言を受け止めていた千津井さんでも、 今は反抗をしている。
「彼らは絶対、女性の寿司職人を認めないですよね。普段白衣で厳しい修行をしているから急にパッと出て握る人なんて、ありえないのだと思います。でも、そのまま受け止めるのは自分に対する諦めだと思うので、私は言い返します。『それ、久兵衛でもやりますか』って。もういいです、嫌われても」
千津井さんが築地へ仕入れに行く時も、「邪魔」と言われることがよくあるそうだ。
女性ならではの強さを見つける
千津井さんは寿司に慣れてきたここ数年では、 女性寿司職人という未開拓の地の中で活躍することによって、女性の社会進出に貢献している自覚を持つようになった。
「物事を自分の力で変えていく力を日本の女性に持ってほしいと思いますね。ちょっと前は『キャリアウーマン』という言葉が流行り、バリバリ仕事をこなす女性という意味なのですが、それは男性に負けない力のことを言っているのではないかなと。
でも、男性と女性は全然違いますよね。働き方も違ってくるのです。お寿司の世界でも、まな板の大きさや高さ、重さも違います。
なので、ただ男性に負けないというのは、ちょっと違うのではないかなと。そこではない強さ、女性だからこその強さを知って、社会を変えていくのには何が必要なのかを私たちで見つけていきたいです」
千津井さんのこのような思いは、お店の中で身につけている衣装からも感じ取れる。
絶対に白衣は着ない
千津井さんが普段身につけているのは、伝統的な「白衣」ではなく、カラフルな和装であり、大きい花の髪飾りをつけている。目元にはキラキラしたアイシャドウが輝く。
他の店にいるわずかな女性寿司職人は白衣を着て、ノーメイクが基本で、頭を坊主にする人もいるという。つまり、男性と同じだ。その女性の寿司職人は、千津井さんの身なりを見た時、「うちは本格派ですから」と言い放った。
「正直に言うと、握りは私のほうが勝っていると自信を持って言えます。でも、そう言われた時はすごくショックを受けてしまいました。女性が女性をそういう風に思うのは、やっぱり固定概念があるからじゃないですか。
ここまで女性の寿司職人が少ないのは、見た目を制約されてしまうからという理由もあるのだと思います。 ファッションやメイクを楽しんで元気が出る女性が多いのに。
もちろんお寿司の味は美味しくないとダメですけど、もっと自由に楽しんでほしいです。なので、そういう想いを込めて私は絶対白衣は着ません」
寿司職人であり、意思職人でもある
千津井さんは、日本社会における女性の問題に関する認識を上げていかなければいけない、と 自覚している。それを、寿司を通して発信していく。
「自分の意思を形にして、それをお寿司に乗せて発信します。私は寿司職人であり、意思職人でもあると、自分で目標を持ってやっています」
ツィッターなどのSNSでは、女性寿司職人としての自分の思いを伝えることを心がけている。
変化というものは、少しずつそこから生まれるのだろう。
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