──澤さんは学生時代どのように過ごされていましたか?
大学時代はずっとディズニーランドでアルバイトをしていました。ちなみにプレゼンテーションの基礎はある程度ここで鍛えられたんじゃないかと思っています。「並んでください」とか「チケット用意してください」「これは何人乗りです」とかいう説明をするのですが、注意喚起のために聞かせなきゃいけない。聞かせるためには注目させなきゃいけない、そして楽しませなきゃいけない。こうやってアトラクションのキャストというのは自分の見えている範囲のお客さんをコントロールしなきゃいけないんです。どうやったら伝えられるか?ということを考えるのが面白くて、勉強なんてそっちのけで働いていました。
──大好きなエンターテイメントの世界からITの世界ですか?
アルバイトばかりしていたので就職活動に関して本当に勉強不足だったんです。でも、なんでもいいから何かになりたいと思っていたんですね。F1ドライバーでもプロレスラーでも弁護士でも。そして、その何かなりたいものの中に出てきたのが「SE」(システムエンジニア)というキーワードだったんです。それも当時ハマっていたスキューバダイビングに行ったときに同じ船に乗り合わせた人がたまたまSEだったという理由から。「お仕事何なさっているんですか?」と聞いたら「SEです。コンピューター関係です。」と。SEってなんか響きがいいな、何するかわからないけど。そう思って調べてみるとパソコンの中でモノづくりのできる職業らしいということがわかったんですね。当時文系SEという言葉が流行っている時代で、文系でもSEとして迎えてくれる会社が多く、そこに就職しました。
──いくら響きがいいからって思い切りましたね。「SE」って…
僕の根っこには何かを作る人が偉いっていう考え方がどっかにあったんですよね。007で言うとQ(ジェームズ・ボンドを主人公とした小説及び映画作品に登場するキャラクター)みたいな人になりたかった。でも何かを作るといっても手先が器用なわけでもないので、何かを生み出すってことはできないだろうなと思っていました。でもコンピューターだったら不器用だったとしてもある程度できるんじゃないかなと思い、SEとして入社しました。
──会社に入ってからはどうでしたか?
COBOLというプログラミング言語やLotus Notesを扱っていました。情報っていうのが、社内にどういう風に流れていくのか。どこら辺でおかしな伝言ゲームが発生するのかがなんとなく裏側から見える部署にいました。このときぐらいから情報共有というものに興味を持ち始めました。日本人が世界的に競争力を失ってきたのは結局、情報共有のスピードが原因なのでは?と考え始めたのもこの時です。その後、僕がLotus Notesを主に扱っていたという経緯から日本マイクロソフト(以下マイクロソフト)に転職することになりました。
──マイクロソフトの情報共有について教えてください。
情報共有がとても早いと思いましたね。だから決定も早い。必要な情報は会議の前にみんなが共有して理解しているんです。マイクロソフトにはミッドイヤーレビューと言うのがあるのですが、全世界の役員が本社に集まり今後の方針について話し合いを行います。その会議で話される情報はすでに共有されているので、会議で共有されている情報については5分程度のおさらいで終了。その後、延々と議題に挙がっている問題点について話し合って決めるんです。実はこの会議、昔は情報を事前にインプットしていても13時間かかっていました。なぜかというと、途中途中で不明点が出てくるとメールや電話で確認していたからなんですね。Lyncなどが登場してからは5時間で済むようになりました。これぐらい情報を共有する速度が上がっているんですね。それに際して、決定にもスピードが要求されている。圧倒的に決定の遅い日本はグローバルでは置いていかれてしまいます。
──グローバルで通用するには日本はどのように変わっていったらいいのでしょうか?
この問題に関しては何レイヤーにもわけて改善しなきゃいけないと思います。思いっきり根っこのところを言うと学校教育から変えなきゃいけない。なぜかというと日本人は正解がある前提でものを考える癖がついちゃっているんですね。残念ながら正解がある前提でものを考えるとイノベーションは起きないですよね。これはあまりにも壮大なので手っ取り早くできる方法としては、質問をさせる文化を作ることだと思います。会議で質問をさせる文化を作るだけで大きく変わるはずです。僕のところには外部からの研修生がくるのですが、その人がこう言ったんですね。「会議で何か決まるのを初めて見ました。毎回何か決まるんですね。」と。僕は言っている意味がわからなくて聞き返したら「私たちの会社では会議で何かが決まることはない。」と言うんですね。発言する人も決まっていて、その他の人が質問することはないと言うんです。思い返せば、僕が以前に勤めていた会社でも似たようなことはありました。日本のカルチャーにはゆったりとした合意形成が必要なんです。でもグローバルになった時には通用しない。
──澤さんが沖縄の大学で教鞭をとり始めたというのは教育から変えたいという思いからでしょうか?
圧倒的にその思いが強いですね。そしてこれから伸びる人を引っ張っていきたいという思いもあります。なぜかというと僕はものを生み出すということが残念ながら、あまり得意ではないんです。でもそこに長けてる人間は世の中にたくさんいます。だから僕はその人たちが動きやすくなるようにハブ役として人と人とを繋いで、未来を見せていきたいと思っています。そして教えるというのが、僕の中でテーマになっているからでもあると思います。教えるということは、ものすごく大きな責任が発生するんです。当然他人に対して伝えるので、間違っていたらその人に大きな迷惑をかけるじゃないですか。ちゃんと伝えられる状態をキープするということで、自分のモチベーションを上げています。人に教えると、もうこのネタは使えないから新しいネタを考えなければ、となるので成長し続けられる。
──そのようなネタはどうやって仕入れているのですか?
とにかくいろんな情報をインプットし、なおかつ多様な人と触れるということを意識しています。特に多様な人と触れるというのはとても大切なポイントだと思っています。日本人は狭い範囲で人とつきあいたがる傾向にあると思います。でもこれは大いなる機会損失だと思っています。僕は野沢温泉のスキースクールのインストラクターをやっているのですがそうすると普段触れ合わない人たちと一緒に、一定期間同じ釜の飯を食べて仕事をするわけですよ。これがめちゃくちゃ面白い。ITの「あ」の字も知らない人たちが、ITに関しての質問を僕にしてきて、どんどん新しい案を出してくるんです。例えば、「滑っている人を撮影してお客様にプレゼントしようと思うのですが、どうやったらできますか?」とか。僕がいることでクロスにイノベーションが起きてくる状態になるといいなと思っています。
──IT業界はこれからどのように変わっていくのでしょうか?
これからはクラウドの時代になっていきます。今まで技術者が集まって一生懸命作っていた部分はギュッと圧縮されて一瞬で手に入る時代になってきました。と言うことは、より様々な人が使えるようになったことを意味します。そして、SharePoint は多種多様な使い方を提供することができるようになっている。だからそのタイミングで今いるIT技術者の方たちは、つきあいの深度を深め、質問力と提案力を高めることが重要なのではないでしょうか。IT業界ほどいろんな業種の人とつきあうことのできる業界はないと思います。日本のいろんな人たちが流動的につきあうようになったらもっと楽しいイノベーションが生まれるんじゃないでしょうか。
──編集後記
澤さんとの出会いは、マイクロソフトカンファレンスでのプレゼンテーションでした。その時にあまりに楽しいプレゼンテーションだったので、僭越ながら「どうしたらそんなにかっこよくプレゼンテーションができるのですか?」と質問した事がとても懐かしいです。最近では『外資系エリートのシンプルな伝え方』という本を執筆され、澤さんのプレゼンテーションの技術からコミュニケーションの方法までが惜しげもなく公開されています。澤さんは本当に教え上手です。「自分は人よりも覚えることが遅かったから3倍練習するんだ。だからわからないところがわかるんだ」と教えてくれた澤さん。私も3倍努力します!!