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第7回 小野 健夫さん

May 21

この会社を立ち上げてなかったらみんなと出会うこともなかったなと思います。

──体育会系男子だったとお聞きしているのですが、どんな部活に入っていたんですか?

高校生の時はインターハイに出られるかもしれないという理由でボート部に入っていました。練習が毎日あって本当に大変でしたね。練習といっても近所でできるわけではないので、練習場の近くで寝泊まりして、そこから学校に通うこともありました。引退するまで文化祭にも出られなかったです。大学ではダイビング部に入部したのですが、魚を見て楽しむような雰囲気はなく、本格的に人命救助の練習をするような部活でした。素潜りなんかもずいぶんしましたよ。不思議なんですけど、焦ると身体が沈まないんですよ。だから素潜りのコツは冷静、体中の力を抜くこと。あとは、考えるだけで酸素を使うから何も考えるなと、よく先輩に言われましたね。

──そんな苦しい部活よく続きましたね。

うーん、そうですね。続けていたらいいことあるかなって。それだけじゃなくて、先輩が魅力的な人ばかりでしたし、同期も面白いメンバーだったから楽しかったですよ。やっていることはダイビングですけど、人命救助の練習時は潜る海や周辺の環境を細かく下調べするんです。救助の手順を詳しくシミュレーションして、緊急時の連絡方法とか役割分担とか、全部計画書に書いていました。僕は基本、楽天的なのでそういうのがすごく苦手だったから、綿密な計画を立てて物事にあたる、ということはとても勉強になりましたね。

──毎日部活をしているなかで将来のことについてどう考えていましたか?

バイトで学習塾の講師をしていたのですが、やりがいのある仕事だったので、そのまま先生になりたいと思っていました。でも大学卒業してすぐ先生になるのは、なにか足りないと思い、別の仕事で社会人としての経験を積んでから考えようと。それならまずは経験を厚く積めそうなことをしたいと思い、起業がいいんじゃないかと漠然と考えていました。

──起業を考えていたということですがどんな風に社会人生活をスタートしましたか?

さすがに自分にはなんの武器も無いので、それを身につけられそうな会社を受けました。その中の一つに日本マイクロソフト株式会社(以下マイクロソフト)があったんですね。僕は理系でもないしIT業界にこだわりは無かったんですけど、ベンチャーのようなスピード感もありながら世界的な規模の会社だということに面白さを感じました。実は面接の時に「5年経ったら会社を辞めて起業します。」と言ったのですが、マイクロソフトはそういうのを受け入れてくれる会社だったので「踏み台にしてぜひ頑張ってほしい」と言ってくれたのが印象的でした。

──入社後はどんなことをされていたのですか?

最初に配属された部署がSharePoint やOffice製品を企業向けに導入提案する部署でした。お客様に製品がどういう価値をもたらすかということを、製品の説明も合わせて売る技術営業だったんですけど、当時の上司が製品の話をほとんどせず、ソフトウェアが働き方をどう変えるかという夢を語れる方で、そういう部署で得られたことは自分のベースになっています。当時は「企業ポータルサイト」を持っている会社は少なく、みんなポータルサイトがどんなものかイメージができていませんでした。情報共有をどうやって促進するのか?や情報共有の先に何を目指すのかをお客様と話したり、社内で自分がサイトを運営して試行錯誤したり、全部が今の仕事につながっています。

──その後は?

マイクロソフトには6年間いました。入社して4年ぐらいたったときに、今の社長と同じ部署になったんですね。年齢が近かったこともあって、2人で飲みに行ったり、今の事業の構想を話し始めるようになりました。最初はマイクロソフトの中で、2人で新しいサービスを立ち上げたりして、会社のサービスとしてやっていたんです。一緒にそういうことができる人との出会いがあったからこそ、起業が具体的になりました。約一年ぐらい準備して、2人で起業しました。でも準備しているときにリーマンショックが起こって、周りからは「なんでこんな不況の時に会社を辞めるんだ」と反対されましたね。その時に社長の島田と話したのは、「この時期に起業してうまくいったら、そのあとはもう登っていくだけだからやってみよう」ということで、そのまま勢いで進めました。

──すごい決断力ですね。

決断力があるかというと、基本的には小心者です。小心者の楽天家。だから僕のチームメンバーは大変だと思います。ときに楽観的なことを言うのにすごく細かいことを気にしたりするから、「二面性がある!」と言われますね。ベンチャーに集まってくる人の特徴なのか…意見をはっきり言う人が多いですね(笑)そういうメンバーと仕事するのは楽しいですよ。この会社を立ち上げてなかったらみんなと出会うこともなかったなと思います。

──今の仕事で大事にされていることは何ですか?

前職時代からずっと思っていたのが、SharePointを導入しただけではお客様がやりたかったことを実現することは難しい、ということでした。忘れがちなんですが、導入した後にSharePoint をどう使って、どう実現していくかが重要なんです。だから導入しながら何かの仕掛けを並行してやっていかないとダメだよな、っていうのがあったんですね。島田とはマイクロソフト時代にマーケティングの仕事を一緒にやっていて、マーケティングの理論や施策を教えてもらっているうちに、社内でもいろいろ適用できるんじゃないか?と考え始めました。我々は社内マーケティングと呼んでいますが、情報共有の施策をマーケティングの考え方をもとにサービス化し、今に至ります。導入して終わりでは無く、やりたいことを実現できるまで長くお手伝いします。

──SharePoint についてはどう思いますか。

面白い製品だと思います。「SharePoint=これ」という定義がないんです。お客様のなかでも、何に使おうかというイメージが明確にないことが多いです。僕自身が心がけていることで、メンバーにもよく言うことは「お客様の要望を上回るようなことをしよう」ということです。難しいですが、やりがいがある。自分たちがSharePointで作った全社ポータルを、お客様全社員が使うんですよ。まったく情報共有なんてされていなかった会社がバンバン情報を交換しだしたり、たくさんサイトに告知情報を載せてくれるようになったり、そういうのを見てると嬉しいですよね。自分たちが設計した場所でその中で情報が動いていて、その上でその会社の文化まで変えられたりすると、ポータルを作るというより会社の文化を生成しているような仕事だなと思います。偉そうに言ってますけどSharePointは案外制約も多いので思ったように作れなかったりすることもあるんですけどね。

──今後やっていきたことなどありますか。

既存のものにとらわれない仕事をしていきたいです。今は事例という名の引き出しが増えすぎて、今までやってきた案件の中から解決策を引っ張り出すようになっています。確かに引き出しがいっぱいあることは大事なのですが、引き出しが増えすぎるとあまり新しいことに目がいかなくなっちゃうので、最近それが自分の課題だと思っています。引き出しがなかったらゼロから集めていくと思うんです。だから全く新しいものを考えられる。最近担当しているお客様に、今までにないものを作ってくれと言われているので、ワクワクしています。

──編集後記

今回のお店はカタネカフェ。住宅街の中にひっそりと佇んでいると言いたいのですが…お店は大人気で親子連れや女性のお客さんでいっぱい。ここにはパリの朝食セットなるものがあり、小野さんが幼少期に過ごされたフランスを少しでも思い出してもらえたらと思い、選びました。お店選びの甲斐あって(?)小野さんの小学生時代の話や、マイクロソフト時代にフランスからのお客様を案内したお話が聞けました。実はこの話には続きがあって、「フランス人のお客様がいらっしゃるという理由で僕が呼ばれたのですが、先方は日本語ペラペラで…」なんてお話まで聞けちゃいました。

小野 健夫 ディスカバリーズ株式会社
取締役副社長

大学卒業後、マイクロソフト株式会社(現 日本マイクロソフト株式会社)に入社。大手企業向け営業部に所属し、 Microsoft Office 、SharePoint 製品の技術営業を担当。2009年、ディスカバリーズ株式会社を設立し、取締役副社長に就任。

ディスカバリーズ株式会社:http://www.discoveries.co.jp/

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ソノリテの雰囲気ITマーケッター。食べることが世界で一番の幸せ。合言葉は「美味しいものは世界を救う!」
SharePoint への情熱(?)をうちに秘め、身の程も知らずに業界の著名な方々を直撃インタビュー。
将来の夢は地球を呑むこと。

雰囲気ITマーケッターそらいけ!るび・るび・るびー
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美人マーケター図鑑
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