arcadia11.hatenablog.comふと思い立って書いた記事だが、想像した以上の方に読んでいただいて嬉しい。ゲームの関係者の方は無論、マンガ業界の関係者の方にも読んで頂けた事は、僥倖であると同時に恐縮だ。この場を借りてお礼を言いたい。
個人的にマンガ村の一件を発端に、海賊版というマクロな問題に、PCゲーム業界におけるValveのアプローチというマクロなケースをぶつけた記事を書いた。
そのためか、私の記事にはいくつか「それはPCゲームだから出来ることで、漫画で業界では現実的ではない」という意見が寄せられた。
これは明確に反論させて頂きたいのだが、私は一言も「漫画版Steamを作れ」とは言ってない。私はマンガの海賊問題に明るくないし、マンガとPCゲームでは根本的に異なる事情を踏んで記事を書かせて頂いている。あくまで「PCゲーム流の”海賊討伐”」について、その勝因と手段を記事にしたまでだ。
とは言え、2日前にも漫画家の赤松健氏が
「現在、新刊の電子版販売は、各種サービスや出版社ごとに分かれており、ユーザーに不便です。まずは、全出版社横断型の『公式プラットホーム』を作る。海賊版サイトよりも便利で使いやすいと思ってもらえることが重要だと思います」
と発言した記事が賞賛されており、偶然にもマンガ業界でもプラットフォーム側での改善が必要だという方向で議論が進んでいるようだ。
とは言え、実際にSteamの手法を”そのまま”他のコンテンツで導入できるかというと、あの記事を書いた手前、言うのは憚られるのだが、ぶっちゃけ
「Steamは参考にならない。」
と、多分今の日本の業界人が当該記事を読んだら、顔を赤くして怒ると思う。イカれてる。と。
第一、Steamそのものでさえ発表当初は「クレイジー」だと疑われていた。まずどうやってValve社以外のゲームを取り込むのか、それは採算が取れるのか、ユーザーの利便性が失われるのではないか、どう考えても実現不可能な夢物語に思えた。
が、事実としてSteamは今その夢を叶えてしまった。1億5000万のユーザーが利用するゲーム都市Steam。それは現代ゲーム版のアカシックレコードと呼んで差し支えないだろう。
何故こんな事が出来たのか。
それは、Valveは変態企業だからだ。トップのGabe NewellはIMT卒の元マイクロソフト社員という経歴がありながら、『Half-Life』でゲーム文化そのものを変革させ、有り余る資金と人材をSteamの構築に投入できた。
社員も変態ばかりだ。以前翻訳した「Valve新入社員マニュアル」を読んだ方はご存知だろうが、Valveにはヒエラルキーによる人材管理は存在せず、社員一人一人の自主的な組織化「カバル」によってプロジェクトが進行する。言うまでもなく、Valveに上司がいないのでなく、Valve社員程の超人集団に上司など”不要”なのである。ValveはPCゲーム業界の幻影旅団みたいな連中、つまりイレギュラーなのである。
現に、記事でも指摘したが、Steam以外の似たようなシステム、例えばOrigin、Uplay、GfWLに関しては成功していると言えない。規格外の資金と労力と人材と幸運があり、Steamは現実となったわけで、他の企業や業界で「自分たちでSteamを作ろう」と言うのは、ゲンスルーたちも幻影旅団みたいに連携して戦えばいいじゃんと言うのと同じだ。無茶言うな。
一方、日本のマンガ業界はどうだろう。数十年以上の大手出版社が肩を並べ、作家に対しパブリッシャが圧倒的優位に立ち、それらがコンテンツを管理するという体制が既に完成している。
幾重にも積み重なった既得権益と、その上に胡座をかく業界人という構図、そして日本国内での甘い海賊版への意識。少なくとも一朝一夕で崩せる牙城ではないし、逆に言うと、これほどの牙城があるからこそ、その内側では海賊版という”カビ”が安心して増殖できている。
一方、国際的な音楽業界も重厚な既得権益が存在するが、その牙城を破壊したのはAppleやAmazon、Googleという名だたる巨大企業であり、日本国内の企業で動かすのは難しい。(一方、地政学的な優位と需要を活かして展開したSpotifyという例もある)
ではどうすればいいのか
すいません、冗談です。
少なくとも赤松健氏はこうした発言をしている。
「今の日本の漫画界は『内需』です。海外の人も読めるようにネット上で自動翻訳などをすれば、いずれ紙の本を買ってくれるかもしれないし、映画化につながるかもしれない。市場発展のため、逆に海賊版を利用する手もあります」
かなりハードルが高いように思えるが、先述した「マンガのオンラインプラットフォーム」によるコンテンツ管理と加えて、手段の一つと考えられるかもしれない。
また『ブラックジャックによろしく』等の作品や、デジタル著作権管理に対する積極的な発言で知られる佐藤秀峰氏は、ただ感情的に海賊版への糾弾には懐疑的な立場を示している。
「漫画村は「よくある海賊サイト」というのが、僕の印象です。もちろん、それが過小評価という場合もあるかもしれません。だけど、ネガティブキャンペーンが行われる時、その陰には目的を持った人たちがいます。感情的になればなる程、その目的に利用されてしまうのではないでしょうか。」
「海賊サイト」の違法性を指摘しながらも、それらへの感情的な怒りを別の企業のビジネスに利用されかねない、という指摘である。
私は全面的に同意しないが、一理あると思う。当該記事で最初に「海賊版を叩くより、海賊版より良いサービスを提供するべき」というGabe Newellの発言を引用したように、少なくとも感情的に海賊版を叩くことは何の解決にもならないのは明らかだ。
繰り返すようだが、いずれにしても我々がValveの手法から見習うべきは、外形的な手段ではなく、内在的な精神である。
単にオンラインプラットフォームを出せば「はい解決」とは絶対にならない。Steamですら、海賊版への対策で善良な一般ユーザーを巻き込む悲劇を起こした。
「Steam」という成功例の裏側に存在するのは、まず幅広い顧客にコンテンツを届けるアプローチ、ボード等を介した顧客とのコンセンサス、クリエイターへのサポート、ユーザー自身による意識変化である。赤松健氏による「作品のローカライズ」という提案は、正に前者の精神に基づくものである。
それを欠いた状態で、ただ利益を追求するためにプラットフォームを作っても、佐藤秀峰氏が指摘するように、結局は作家もユーザーも搾取されるバッドエンドが待っているのだろう。
異邦における異人の戦略には、マンガでそのまま活用できるだけの汎用性はない。だが尊重すべきは手段でなく精神だ。海賊版という脅威を前にして、本当にコンテンツを繁栄させるために必要なものは何か、改めて考えるべきだ。
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最後に、記事の反省点として。
・「おま国」への言及が薄い
その通りです。国際的なプラットフォームとしての危険性として重要な点であったことは間違いない。追記させて頂きました。
・DRMとしての言及が弱い
その通りです。個人的に余りにも「DRM=プラットフォーム」という意識が強かったために看過していた。追記させて頂きました。
今回は興味深い意見を頂けて参考になります。ありがとうございました。
あと個人的に、まさかこんな読まれると思っていなくて、PCゲームについて知識ある前提で記事を書いていたので、特にマンガ関連から地続きに読んで頂いた方の中には理解し辛い箇所があったと思う。申し訳ない。