アカデミー賞主演女優のスピーチが映し出す「現実」──抗議の黒いドレスを超え、変化するハリウッド

第90回アカデミー賞で主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドのスピーチは、変わりゆくハリウッドの現実を如実に反映している。女性たちは抗議活動を超え、映画界の健全な未来を見据えて立ち上がり始めた。光り輝くレッドカーペットの下に隠され続けてきた「汚点」を払拭することができるか。

TEXT BY ANGELA WATERCUTTER
EDITED BY CHIHIRO OKA

WIRED(US)

Academy Awards

PHOTO: ED HERRERA/GETTY IMAGES

第90回アカデミー賞の授賞式で、主演女優賞を受け取るために舞台に上がったフランシス・マクドーマンドは、少し緊張しているように見えた。彼女は実際、「ちょっと緊張して息が上がっています」と言ってスピーチを始めた。「もしステージから落ちても助けてくださいね。ちゃんとお話したいことがあるんです」

続くマクドーマンドのスピーチは、会場に集まったすべての人の思いを反映したもので、大きな喝采を浴び、Twitterでも話題になった。彼女は自らに賞をもたらした作品だけでなく、映画産業そのものについて語ったのだ。

マクドーマンドは主演した『スリー・ビルボード』の製作チームに謝辞を述べてから、各賞にノミネートされた女性たちに立ち上がるよう求めた。初めに、『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』で主演女優賞にノミネートされたメリル・ストリープが立ち上がった。そのあと、『レディ・バード』の監督・脚本のグレタ・ガーウィグ、『マッドバウンド 哀しき友情』の撮影監督のレイチェル・モリソン、『ファントム・スレッド』のプロデューサーのミーガン・エリソンなどが続いた。

マクドーマンドは「わたしたち全員が、語るべき物語と資金の必要なプロジェクトを抱えています」と言った。「最後に2つの単語でこのスピーチを締めくくりたいと思います。それは『インクルージョン・ライダー(inclusion rider)』です」

インクルージョン・ライダーは、もともとの意味としては、「配役および制作チームに対し、必要に応じて人種や性における多様性を契約書に記載するよう求める権利」を指す。だが、マクドーマンドの発言は単なる要求ではなく、ハリウッドにおけるパワーバランスが実際に変わり始めたことを示している。これは映画界へのお世辞ではなく、想像でもただの希望でもない。ついに、現実が動き始めたのだ。

ハリウッドの大物女性たちが設立した「訴訟基金」

今年の授賞式に課題がたくさんあったのは事実だ。昨年、作品賞の授与にあたり、受賞作が取り違えられた事件があった。主催者側は、今年はなんとしてでも完璧にやってのけると固く決意していた。取り違えは主演女優賞の受賞者名を書いたカードが間違って司会の手に渡ったことから起きた。そこで、カードと封筒に使うフォントの種類を読みやすいものに変える措置すら取られたという。

しかし、プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ問題が発覚したいまとなっては、この前代未聞の事件すら、古代史のように思えてくる。昨年10月の『ニューヨーク・タイムズ』の暴露記事に続き、一連の告発がハリウッドを襲った。米国の映画業界が女性の扱いについて考えなければならない時代がやってきたのだ。

2カ月前、テレビドラマ『スキャンダル 託された秘密』を手がけたプロデューサーのションダ・ライムズや映画監督のエイヴァ・デュヴァーネイといったハリウッドの大物といえる女性たちが、「Time’s Up」という活動を始めた。エンターテインメント業界に限らず、あらゆる産業の職場でハラスメントを告発した女性に対し、法的な支援を提供するのが目的だ。すでに2,100万ドル(約22億円)で基金を設立した。訴訟費用に充てるという。

一方、Time’s Upの関係者はアカデミー賞の授賞式で、ゴールデングローブ賞のときのように抗議の意味で黒いドレスを着ることはしないという方針を打ち出していた。デュヴァーネイは報道陣に、「授賞式での抗議を目的とする団体ではありません」と話している。

「Time’s Upはレッドカーペットとは関係のないものだと理解してもらうことが重要です。この団体のメンバーで、(ゴールデングローブ賞の)レッドカーペットを歩いた女性たちも、普段は活動家として必死に働いているのです」

ワインスタインの“被害者”、アシュレイ・ジャッドの見方

オスカーの授賞式では、黒いドレスの代わりにTime’s Upが作成した動画が流された。デュヴァーネイやガーウィグ、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』で脚本・主演を務めたクメイル・ナンジアニなどの考えに賛同する人々に捧げたものだ。映画制作における多様性を確保しようと広く訴える内容になっている。

ワインスタインのセクハラ問題で最初に被害を告白した女優のアシュレイ・ジャッドは、この動画を紹介するとき、「目の前の変化は新しい声、これまでとは違う声、わたしたち自身の声の力強い響きによって突き動かされています。『もう時間切れだ(Time’s up)』と叫ぶ大合唱です」と話した。

「これから先の90年は、平等や多様性、そして自分とは異なるものを受け入れ、交わることが無限の可能性をもつよう、人々が協力してゆくのです。それこそが、2018年という年がわたしたちに約束するものです」

ハリウッドのハラスメントを撲滅しようという呼びかけは、映画製作のあらゆる側面でカメラの背後に押しやられている女性たちに、より多くの光を当てる努力と密接に結びついている。そしてアカデミー賞は今年、その努力を認めると決めたようだ。

ガーウィグは作品賞の候補にもなった『レディ・バード』で、監督賞と脚本賞にノミネートされた。『マッドバウンド 哀しき友情』ではモリソンが女性として初めて撮影賞にノミネートされたほか、監督・脚本のディー・リースは黒人女性で初めて脚本賞の候補者になっている。

彼女たちの受賞はかなわなかったが、エマ・ストーンが監督賞の候補者を「こちらの男性4人とグレタ・ガーウィグです」と紹介したとき、このジョークを理解しない者はいなかった。

光り輝くレッドカーペットで隠された「汚れ」

過去の授賞式における過ちを償う取り組みも行われている。これまでの慣例では、前年の主演男優賞の受賞者が翌年の主演女優賞のプレゼンターとなり、同じように主演男優賞のプレゼンターは前回の主演女優賞受賞者が務めていた。

しかし昨年、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』で主演男優賞を取ったケイシー・アフレックを巡り、過去にセクハラ関連で訴えられたと報道があった。アフレックは今年のプレゼンターを辞退し、ジェニファー・ローレンスとジョディ・フォスターが代わりを務めた(ただ、もしマクドーマンがアフレックからオスカーを受け取っていたら、その後のスピーチはさらに印象的なものになっただろう)。

アカデミー賞の授賞式になぜこれほど大騒ぎするのか、理解に苦しむかもしれない。結局のところ、あんなものは自分を褒めることが大好きなことで有名な業界が、自分たちのために開くパーティーにすぎないからだ。

しかし今年は何かが違った。汚れはレッドカーペットを敷いてごまかし、光り輝くものを前面に押し出すことばかりに熱心だったこの街にとって、2018年は審判の年になるだろう。

これは言い過ぎだとしても、少なくとも新鮮な空気を感じられたことは確かだ。もちろん、完璧ではなかった。短編アニメ賞を受賞したのは、複数の性的暴行疑惑を抱える元NBA選手のコービー・ブライアントを取り上げた作品だった。それでも、女性たちの貢献と映画産業における多様性の問題に焦点を当てる努力がなされていた。

アカデミー賞は90年におよぶ歴史をもつが、世界はその間にも刻々と変化してきた。ただ、変化は映画館の外で起き、世界の物語を語るべき映画産業は外の変化から取り残されてしまった。

アカデミー賞を受賞する作品は、変化する世界を反映するものだ。そして今年の授賞式の夜、会場には変わりゆく現実が確かに映し出されていた。

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