7/17
21:00/誰も知らない罪の赤
十数秒、私は自分の鼓動の音だけを聞いていた。
(赤ずきんに化けた魔女……)
驚きは、あった。
だがそれ以上に腑に落ちるものを感じたのも事実だ。やはりか、という暗澹たる確信。
私が護ると決めた少女たちの中に、絶対に相容れない魔女が混じっている。
『今、あなたは巨大なオオカミに追い回されているはず。そのオオカミを生み出したのもこの塔の魔女です。私が仕えるお方です』
私が仕えるお方。
つまりこの文字を刻んだのは魔女の使用人――いや、召使いの一人ということらしい。
好んで魔女に仕えていたわけではないのだろうか。
文字はそこで途切れていた。
これ以上書けば傷や汚れと違うことがひと目で分かるからだろう。
「……」
私は廊下の奥を見やった。
地下一階と地下二階は『使用人の部屋』。
他にも魔女についての記録が残されているかも知れない。
いや、残されているはずだ。
この召使いが本気で誰かに魔女のことを伝えようとしているのなら、重要な手がかりが残されているに違いない。
オオカミが土を掘る音はなおも聞こえている。
が、その速度は先ほどまでよりずいぶんと遅い。
(これなら……)
「少しは探し物がは捗りそうね」
ぞわっと鳥肌が立つ。
いつの間にか血みどろずきんが私の傍に立ち、舌なめずりをしているところだった。
「疲れているみたいね、オオカミ」
彼女につられ、階段を見上げる。
「……狼は長時間の労働に向いてる生き物ではないからね」
それにあの巨体だ。
何を食っているのか知らないが、あれを動かすにはかなりの活力を必要とするはず。
疲労で重くなる前脚。垂れたままの舌からぼたぼたと涎がこぼれ、全身から湯気が立つ。
縮れた紅の剛毛は保温性が高く、火のように熱くなった体はなかなか冷えてくれない。
怒りと苛立ちによって判断力が低下する。
ぜえ、ぜえ、と息をつく。
このままではいけない、と本能が警告を発する。
オオカミはこう考える。
「『焦ることはない。あいつらは袋の鼠だ』」
「……?」
「『それに満身創痍で地下にたどり着いても、頭が働かないかも知れない』」
私は宙を見上げ、呟く。
「『無理に攻める必要は無い。休憩を挟みながら進もう』」
「……。オオカミはそう考えているの?」
「賢ければ賢いほど、足を止める理由があれこれ思い浮かぶ」
一般的に、知性は生物の行動を抑制する。
前に進もうという野性的な情熱が、ここに留まれという冷たい知性に負ける。
「……。本当ね。ハアハア言ってるのが聞こえる」
血みどろずきんは目を閉じ、風の流れを感じる乙女のごとく耳を澄ましていた。
「……本当にアレに勝てるの?」
「勝てるよ」
私は階段に背を向けた。
「奴が知性を尊んでいる限り、こちらに勝ちの目がある」
多くの人間は異常なほどに知性を尊ぶ。
知的であることが他のあらゆる能力の上位に位置すると考えている。
残念ながらそれは違う。
知性は人間の能力の一端に過ぎない。
妻子を護る力の強さ、迅速な行動力、病魔を弾く頑健な肉体、挫折から立ち直る強靭な心胆、人をたらし込む魅力、何にも代えがたい強い運。そしてある種の鈍感さ。
知性とは、こうした様々な『力』と並ぶ一要素に過ぎない。
知的であることは、人間の価値を何ら担保しない。
金や勲章が人間の価値を決めないように。
だと言うのに、多くの人間は知的なあれこれを無心の行動の上に置きたがる。
一度も病気に罹ったことのない人間や陽気で社交的な人間より、賢い人間が上だと考える傾向にある。
他の生物に無い知性を持っているがゆえに、知性が万能であると信じてしまう。
ジェヴォーダンの獣にもこの傾向がある。
奴は賢い。
だが賢さを盲信している。人間のように。
それこそが奴の弱点であり、付け入る隙だ。
「いや……勝てなくても勝つさ」
私は決然とした足取りで廊下を進む。
後に続く血みどろずきんは小さく笑いを噛み殺していた。
「っふふ。さっきは助かりましたね」
「ん?」
「もしオオカミが『カエデずきんの秘薬』と『ザクロずきんの秘薬』の匂いを識別していたら、あの罠は通じませんでしたよ?」
「!」
息を呑む。
オオカミを謀った時、一階の床にはカエデずきんの膏薬がべったりと塗られていた。
もし奴が『床から秘薬の匂いがするのはザクロずきんの秘薬で床が崩れたからだ』ではなく、『床から秘薬の匂いがするのはカエデずきんの秘薬が塗られているからだ』と判断していたら、私たちは死んでいた。
扉越しだったからか、あるいは小雨のせいか。
オオカミが私たちの罠に気付かなかったのは偶然に過ぎない。
「次からはちゃんとバラずきんの秘薬を使った方が良いですね。あれは秘薬の匂いも消しますから」
血みどろずきんは不穏な笑みを浮かべていた。
(こいつ……)
罠をオオカミに見破られる可能性を私は決して低く見積もらなかった。
だが血みどろずきんは明らかに私より一手深く読んでいる。
「なぜ教えてくれなかったんだい」
低い声が漏れた。
「今気づいたからですよ」
「……」
んふ、と血みどろずきんは笑った。
「冗談です。だって、成功する可能性が低いほど、罠に嵌めた時の悦びって大きいじゃないですか」
「そんな理由で……」
「大切な理由ですよ。悦ばしいか、そうでないかって」
艶めかしい唇から舌が覗く。
血のように紅い舌。
「私たち、今夜死ぬかも知れないんですから」
まるで王子に選ばれるのを待つかのような口ぶり。
すっきりとした美貌に暗い喜悦が浮かぶ。
「――――!」
気づけば血みどろずきんは私に顔を寄せていた。
「猟師さんも死ぬかも知れないんですから、嘘はつかないほうがいいですよ?」
「嘘……?」
「黙って聞いていれば何だか無私の奉仕をしているような口ぶりですけど」
血みどろずきんの深紅の瞳に私の顔が映っていた。
「あなた、私たちを助けて悦に浸りたいだけでしょう?」
「!!」
胸を衝かれた思いだった。
息が詰まり、めまいに襲われる。
「顔に書いてありますよ。村長さんや私達から喝采を浴びたいって」
「っ」
「誰もオオカミを止められないって聞いて、本当は嬉しかったんじゃないですか?」
血みどろずきんの片手が頬に添えられる。
血管を流れる血が冷えていくのが分かる。
「『自分にしかできないことをしたい』。猟師さんからはそんな匂いがするんです」
「――――」
「それって裏を返せば、目立ちたいってことですよね? 例えばこの村に百人の兵隊が居て、その人たちがオオカミから私たちを護っていたら、あなたは百一人目になるんじゃなくてここを去ったんじゃないですか?」
言葉が重ねられる毎に血みどろずきんの顔が近づいて来る。
今や呼吸が触れ、肌の温度が感じられた。
冷たい肌の温度が。
「猟師さーん! ……」
バラずきんがひょっこりと通路の先から姿を見せた。
透けた天井越しに届く光が廊下の先を照らしている。
赤ずきん達も今はそちらに集まっているようだった。
バラずきんは至近距離で見つめ合う私と血みどろずきんに気付くと、早足で駆け寄った。
その表情は険しい。
「何してたの?」
「言えないようなコト」
血みどろずきんは血を吸い終えたコウモリのように私から離れ、ひらひらと手を振りながら去って行った。
残されたバラずきんは私を見上げ、ぷうっと頬を膨らませる。
「うわきもの」
「……そういう言葉を使うのは十年早いよ」
私は手を伸ばしたが、バラずきんは頭を撫でる手をひょいとかわした。
「今は撫でさせてあげませーん」
ひらっとスカートの裾を翻した赤ずきんは小走りで去って行った。
私は猫に避けられたような気分になり、小さく笑みを浮かべた。
(……)
血みどろずきんの言葉は今も頭蓋の中で鳴り響いている。
私は赤ずきんたちに壁の脆い場所が無いか調べてもらうことにした。
村長の話だとオオカミは地下深くから這い上がって来る可能性があるらしいが、奴は最小限の労力で済ませようとするはず。
地下一階に脆い場所があれば容赦なくそこを突いて来る。
「……」
私は一人、倉庫の壁を調べていた。
安そうな食器類が棚に積まれ、床に落ちた真鍮のカップがだらしなく底を晒している。
他の赤ずきん達は厨房や食糧庫、腑分け場に散っている。
腐敗臭はバラずきんが香水で薄めているらしい。
(……!)
あった。
ちょうど成人男性の目の高さに文字が。
文字は柱の一つに刻まれており、その部分だけ柱に『返し』がついている。
子供が下から見上げても文字は死角になる仕掛けだ。
『結論から言うと、この塔の魔女は外から来た魔女ではありません』
一つ前の文字群を読んでいることを前提とした語り口だった。
『かつてここは「お姫様の塔」と呼ばれていました。その姫君、××××様が時を経てお后様となり、やがて魔女へ堕ちた』
姫君の名前は読み取りづらかった。
名を刻む手が震えていたのか、焦っていたのか。それとも単に字が汚いだけか。
最初の文字の読みは『ウ』のようだが、その先が怪しい。
強いて発音すれば『ウナーリア様』だろうか。『ウナリィアン』かも知れない。
聞いたこともない名だ。書物にしか使われない言語に由来する名前だろうか。
いずれにせよ、今の彼女の名とは無関係だ。
重要なのは魔女が『何ずきん』なのか。
『今の彼女が『何ずきん』なのかは分かりません。なぜなら彼女は――――姿を変えるからです』
(姿を変える……?)
『正確には彼女の秘薬がそうさせるのです。お后様は何人もの赤ずきんに貢物を授かっていましたが、中に一つだけ、彼女の目を惹く薬がありました』
それは、と文字が続く。
『それは、「一時間だけ、十歳若返る薬」』
「!」
『お后様はこの薬をいたく気に入っていらっしゃいました。ですが薬の効果は一時間だけ。初めは興味本位で使っていらしたお后様もお年を召され、本気で若返りたいと願うようになった』
だから、と荒れた文字が連なった。
『だから、ご自身も薬の調合を覚えるようになられました。その方法は赤ずきん達から薬の製法を聞き出し、それを参考にすることでした。初めは優しく赤ずきんたちに尋ねていらっしゃいましたが、やがて耳を取り、鼻を剥ぎ、無理矢理薬の製法を聞き出した』
耳取り鼻剥ぎの魔女。
それがこの塔の魔女の二つ名。
私は室内を探り、同じ部屋にもう一か所文字があることを認めた。
『お后様は「あらゆる秘薬の効果時間を好きなだけ延ばす秘薬」を生み出しました』
(何……?)
『その秘薬の力で若返りの秘薬を使い、何度も若返りと老いを繰り返しているのです。だから来し方行く末の定かではない赤ずきんに何度でも化けることができる。年を取ったらふらりと姿を消し、若返り、何食わぬ顔で赤ずきんとしてまた現れるのです』
寒気のする話だった。
『お后様の容姿について教えてあげられたら良いのですが、あのお方は七色の髪を持っています。どういう理由か分かりませんが、子供から大人になるその度毎に髪の色が違うのです。かつてのお后様は栗色の髪をお持ちでした。でも砂色だったり、黒だったり、焦げ茶色だったこともあります』
(七色の髪……)
『ただ、瞳の色と小さな頃の髪色は誤魔化せません。たとえどんなに姿を変えても、お后様の瞳は明るい青です。髪は――――です』
まただ。また読めない。
今度は綴りの問題というより、明らかに急いでいるからだ。
誰かに呼ばれたのか、何かがあったのか。
荒れた文字は解読できないほど歪んでいる。
文字は途絶えており、私は違和感を覚えつつも隣室に移動した。
何か引っかかったが、続きを読むのが先決だ。
二つ、疑問が湧く。
一つは魔女がなぜ赤ずきんにこだわるのか。
そしてもう一つは――
「!」
隣室で見つけた文字列は私の問いに過不足なく答えていた。
『お気づきの通り、私も若返っています。お后様の身の回りの世話をするために。一つだけですが、赤ずきんの秘薬も作れます』
「……」
『許されるとは思っていません。私は――耳を取られ、鼻を剥がれた赤ずきん達の末路を見てきた。断末魔も耳にこびりついている。私はあんな風に死にたくない。その一心でお后様に従った――わけではありません』
「?」
それから続く一文は非常に長く、勢いに任せて書かれていることが明らかだった。
『恥を承知で記します。もしお后様が死ねば――私が最後の赤ずきんになれるかも知れない。それは私にとってあまりにも甘美な響きでした』
『赤ずきんは大勢いました。私もかつては一人の名も無き赤ずきんに過ぎなかった。でも赤ずきんはオオカミによって数を減らし、時代を下る毎に稀少価値を得て、可愛がられ、珍重されるようになった』
『私は――私はいつもあのお方の影に隠れていました』
『それは仕方のないことです。私はただの乳母に過ぎないのですから。でも――』
『でも、こう考えない日はありませんでした。お后様の隣におわしますあの王子様が、私のものにならないか、と。私だって誰かにあんな目で見つめられ、大切にされ、褒めそやされたい、と』
『お后様が死ねば私が赤ずきんです。私だけが赤ずきんです』
『どうか笑ってください。私は――私は、命を奪われること以上に、お后様の知る若返りの方法を知り、彼女に成り代わって人生をやり直し、幸せになりたくて今日まで生き延びて来ました』
『私も――――誰かのお姫様になりたかったのです』
「……」
私は部屋の隅に文字列を見つけた。
どこか勢いに任せた文字ではなく、冷静さを取り戻した文字だった。
『お后様が赤ずきんに化ける理由についてですが、その前に話すべきことがあります。お后様は古い赤ずきんたちに多くの秘薬を授けられていました。その中に『一時間だけ、鏡をあらゆる問いに答えるモノに変える』という薬がありました』
(鏡?)
『「鏡よ、鏡。鏡さん」。お后様はいつもこうして、鏡に色々なことを尋ねていらっしゃいました。中でもお気に入りは「世界で一番美しいのはだあれ?」というもので、真実を語る鏡はいつも「それはお后様です」と答えていました』
でも、と言葉は続く。
『ある日、鏡が別のことを言い出したのです。「世界で一番美しいのは赤ずきんです」と。お后様は大変お怒りになられましたが、どの赤ずきんなのかを鏡は語りませんでした。つまり、まだ名づけられていない未来の赤ずきんである可能性があった』
そこで、と文字が続く。
『お后様は恐ろしいことを考えられるようになりました。お召し替えの際にその企みを聞かされた私は気を失いかけました。……そして、一緒に赤ずきんになりなさいと命じられた』
文字はその先には無かった。
ただ、『続きは私の部屋に』という文字がある。
(使用人の私室……もう一つ下の部屋か?)
私は部屋の出口に向かいながら幾つかの考えを巡らせていた。
(魔女の正体……)
重要な事実を取り上げると、こうだ。
①魔女は赤ずきんに化けている。
②魔女は若返ることができる。
③魔女は自身の秘薬で本来一時間しか効果の無いあらゆる秘薬の効果を自在に延長することができる。
④魔女はかつてこの塔に住んでいた。
⑤魔女の目は明るい青。
⑥魔女の髪は七色に変化する。
⑦魔女はオオカミに襲われない。
私にとって特に重要なのは最後の三つだ。
7つ目の事実は推測だが、ほぼ確定と見て良いだろう。
オオカミを生み出し、自ら赤ずきんに擬態した魔女は何らかの方法でオオカミの襲撃をかわしているに違いない。
部屋の入口へ向かったところで新たな文字を見つける。
それは召使いの文字を読み、出る時に目につく位置だった。
『私はあの人について多くのことを知っている。でも、オオカミをどうやってかわしているのかが分からなかった』
どうやら、その謎は私が解かなければならないらしい。
仮に赤ずきんの中に潜む魔女をあぶりだしたところで、オオカミを押さえなければ私は死ぬ。
『浅ましいとは思わないでください。どうかお願いします。私も赤ずきんとして暮らします。あの方の秘密を解き明かします。ですから、もし私がこの先死んでしまったら、オオカミとあの方を止めてください。これは私の――――贖罪でもあるのです』
(……)
私は名も知らぬ召使いに同情はしなかった。
ただ、一抹のむなしさを覚えた。
「猟師さん」
ぞわりと総毛立つ。
音も無く、背後にカエデずきんが立っていたのだ。
「何をしているんですか?」
感情に乏しい彼女の声は私を責めているようにも、私を慰めているようにも聞こえた。
私は動揺を悟られないよう、努めて静かに告げる。
「この部屋を調べていた」
「ここはもうわたしがしらべました」
カエデずきんはきょろきょろと辺りを見回し、小声で囁く。
「オオカミ、はいってくるとおもいますか」
「……難しいとは思う」
そもそもこの塔は周囲に堀を巡らすことを前提に建築されている。
その地下がそう軟弱な構造であるわけがないのだ。
おそらく奴は一般的な家屋と同じ構造を期待しているのだろうが、この塔の下層は堅牢な石造りになっている。
一般的な狼の武器は鋭敏な五感と牙だ。
ジェヴォーダンの獣の場合、そこに重量を生かした体当たりと恐るべき俊敏さが加わる。
が、岩壁を砕けるほど顎が強いとは思えない。
そんな力があるのなら地下に潜るまでもなく一階の外壁を破砕できただろう。
「どうかんです。でもあいてはあのオオカミです」
「ああ。どこから入ろうとしてもそれを防がないといけない」
神妙に頷いたカエデずきんはスカートを翻した。
私は縋るように手を伸ばす。
「っ。カエデずきん」
「はい」
「……目を、見せてくれないか」
「意味がわかりません」
部屋の入口からこちらを見るカエデずきんは廊下から差す光に照らされていた。
声は冷ややかで、表情は見えない。
「重要なことだ。頼む」
「……」
光を背にしたカエデずきんが近づく。
汗に濡れた灰色の髪が光を受けている。
彼女の目は――――
「!!」
凍った湖を思わせる薄い水色だった。
「どうしました?」
口の中がカラカラだった。
心臓が突き上げられるように脈打つ。
魔女の目は明るい青。
つまりカエデずきんが――――
「猟師さん、ルビーずきんです!」
忠犬さながらに登場したのはいばらの冠の赤ずきんだった。
彼女は手に大きな鍋を掲げている。
「これを発見しました!」
「これは……」
「鍋です! 厨房がありました! かまどもです!」
私は鍋ではなくルビーずきんの目を覗き込んでいた。
その色は春の空を思わせる明るい青。
(……!!)
「ちょっと、そろそろ次の指示をくださらない?」
髪に赤い粒を散らしたザクロずきんが現れる。
焦げ茶色の髪を気だるげに手で払った彼女の目は――――
(水色……!)
野に咲く花と同じ明るい青だ。
その脇からひょっこりと顔を出したのはバラずきん。
「うわきものー」
彼女の目もまた、微かに緑の混じった浅葱色だった。
私は思わず後ずさる。
(目の色だけでは分からない……!)
「何をぼうっとしてるのか分からないけど、一応報告ね」
ザクロずきんが手籠を示した。
中には針や石、布や木切れ、割れた壺といった品々が入っている。
「厨房、食糧庫、洗い場、繕い物部屋、ぜんぶ調べたけど壁の脆い場所は無かった」
「竈には炭が残っていました」
「他には何にも無かった」
バラずきんはいまだにむくれている。
通常、地下に厨房を設ける理由は無い。
これらはおそらく使用人のための厨房だろう。
(上にもっと大きな厨房がある、か)
「さて、さて、さて」
通路に最後に姿を見せたのは血みどろずきんだった。
「どうする? オオカミも結構近づいて来てるけど」
赤黒い光沢の髪から覗く目は、血液と同じ赤だ。
彼女だけは魔女ではなさそうだ。
(いや……)
そもそもあの文字、どこまで信用すべきなのだろうか。
刻まれてからそれなりに時間が経っているようではあったが、数十年前ではないだろう。
魔女が赤ずきんへの変化を繰り返した後に刻まれている。
だがあの切実な言葉は魔女のものだろうか。
偽りの言葉であっても、ああした感情を吐露することができるものか。
「地下二階へ行こう」
おそらくそこにあるのは使用人の私室だ。
それから――――
「拷問部屋があると思いますよ」
「――」
私はルビーずきん、カエデずきん、バラずきんを見た。
三人は不服そうな顔で私を見上げている。
「残――らなくていい。一緒に行こう」
別れて行動するのは自殺行為だ。
五人で動き、知恵と力を合わせる。
それが最善手。
私たちは階段を下った。
オオカミが土を掘る音は少し遠ざかっていたが、確かに続いている。
地下二階に火を灯すべく、赤ずきん達が散っていく。
私の横に残ったのはくすくすと笑う血みどろずきんとカエデずきんだ。
「猟師さん」
カエデずきんの声。
「何だか、へんな音がしません、か……?」
「……」
する。
何だろう。
ざああ、というこの音。
まるで。
これは、まるで。
「~~~~~~~~!!!!」
(馬鹿な……! 石壁は破られないはずだぞ……!)
そもそも音がしていない。
奴が塔のどこかを噛み破っているわけがないのだ。
どこかに穴でも開いていない限り――――
(穴……)
あるではないか。穴が。
厨房だ。厨房には竈があった。つまり火を熾せる仕組みになっている。
地下などという密閉空間で火を熾したらたちまち煙が充満してしまうだろう。
「換気口……!!」
次の瞬間、上階を大量の水が叩いた。
+注意+
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