働き方改革はブラック企業への「助け船」――「営業職」「管理職」への裁量制拡大の理由とは?

 不適切なデータの使用が国会で問題となり、安倍首相が答弁を撤回したことなどをきっかけに裁量労働制への関心が高まり、結局、政府は法案から裁量労働制の「拡大」について削除することとし、来年にも再度この「拡大」について法案を提出する構えである。

 このように急展開した裁量労働制の「拡大」法案だが、不適切データの問題など形式的な問題に関心が集まり過ぎて、一般の労働者にどのような影響を与えるかという重大な問題から議論の焦点が離れてしまっている気がしてならない。

 というのも、今回の法改正は、企画業務型裁量労働制の対象を「営業職」や「管理職」の一部に拡大し、(一部の「エリート」ではない)「普通の労働者」に対する裁量労働制の適用を拡大する危険があるためだ。

 実は、これらの業種においては、従来からさまざまな脱法行為によって残業代の不払いが横行してきた。言い換えれば、「普通の労働者」に対し、違法行為が跋扈してきた業界である。今回の法改正は、こうした脱法的な手段が摘発され、残業代の不払いが困難になってきた企業に「助け船」を出すものなのだ。

 今回は、「営業職」や「管理職」の労働者に対してこれまで多くの企業が活用してきた残業代不払いの手段を振り返ることにより、なぜ裁量労働制の対象が拡大されようとしているのか、それが労働者にどのような影響を与えるかを考えていきたい。

使えなくなった脱法的手段

 従来、営業業務に残業代を払わないための制度といえば、「事業場外みなし労働時間制度」が代表的だった。この制度は、裁量労働制と同じ「みなし労働時間」の制度であり、事業場の外でなされ、会社の管理が及ばず、実際の労働時間を算定することが難しい業務に認められるものである。

 しかし、裁判所の判例が蓄積される中で、適用条件は厳格化し、事業場外みなし労働時間制度は「争えば労働者が勝てる」制度になった。逆にいえば、企業には使いづらい制度になったわけだ。

 そこで、近年、営業職の労務管理に用いられてきたのが、固定残業代制度だ。これは、「月給」にあらかじめ残業代を含み込む制度であり、例えば、「月給30万円」と求人を出しておきながら、実際の労働契約では「基本給15万円、固定残業手当15万円、月給30万円」(中堅不動産会社の営業職の例)などとし、実質的に残業代の支払いを拒む労務管理手法である。

 日本の労働法では、求人と契約書の内容が異なることが許容されており、また、月給の表示に対する規制も存在しなかった。そのため、月給表示に残業代を含めた募集が社会に蔓延している(詳細は拙著『求人詐欺』参照)。

 だが、固定残業代についても、あらかじめ何時間分、どの部分の残業手当について定められていたのかが明確であり、当人もそれを了承している場合にしか有効とはならないという最高裁判所の判決が出ている。さらに、昨年には職業安定法が改正され、今年1月1日からはハローワークや職業紹介事業者に申し込む求人者に対し、虚偽の求人申込みを行った場合の罰則規定の適用が行われることになった。

 「管理職」についても同様だ。2000年代中盤からは「偽装管理職問題」が社会問題化し、2008年にはマクドナルド裁判の判決(東京地裁)でチェーンストアの店長の管理監督者性が否定されるなど、「脱法行為」が裁判で追及されてきた。そこで、管理職においても、時給賃金の引き下げや固定残業代の導入が促進されてきた経緯がある。

 このように、「うちは固定残業だから」、「あなたは店長だから」などと労働者を言いくるめて残業代の支払いを拒む企業が横行してきたが、多くの労働者がそれに異議を唱えることによって、企業側もこのような手段を容易には活用できなくなってきたのだ。

なぜ、今「裁量労働制」なのか

 こうしたなかで、裁量労働制の適用対象が拡大されようとしている点に注目する必要がある。というのも、従来の脱法的な残業代不払いが訴訟や裁判例、そして立法によって脅かされるなかで、裁量労働制が「新たな不払い制度」として一部の企業の期待を集めていると考えられるためだ。

 今回の改正案では、企画業務型裁量労働制の対象に次の2つの業務を追加することが提案されている。

1 事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用し、当該事項の実施を管理するとともにその実施状況の評価を行う業務(裁量的にPDCAを回す業務)

2 法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を行い、かつ、これらの成果を活用した商品の販売又は役務の提供に係る当該顧客との契約の締結の勧誘又は締結を行う業務(課題解決型提案営業)

 抽象的で曖昧な内容であり、上に述べた「営業職」や「管理職」の一部に適用されてしまう可能性は高いといえる。

 繰り返しになるが、これらの業種ではこれまでも脱法行為が蔓延しており、特に「ブラック企業」といわれる悪意のある企業は社員をうつ病・過労死に至るまで酷使し、社会問題化してきた。

 今回の裁量労働制の「拡大」がこれらの脱法企業に「助け舟」ともいえる内容であることは、特に注意が必要だろう。このように、同法案が来年にも再度提出される中で、データ偽装問題と共に、法案の内容についての理解の深まりも重要である。

疑問をもった方はまず相談を

 今回、裁量労働制の問題がメディア等で報道され、自身の労働条件に疑問を持った方も多いと思う。もし裁量労働制が「適用」されているはずなのに、対象でない業務をしている場合や、実態として裁量がない場合、そのことが証明できれば、裁量労働制が無効であるとして、残業代を請求することができる。「裁量労働制と言われているけど、実際には裁量なんてない」という方はぜひ専門の相談窓口に連絡してほしい。

裁量労働制を専門とした無料相談窓口

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