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第180話 最強賢者、役目を任せる
「一つ、質問いいか?」
「……何だ?」
「Aランク昇格の条件って、どうなってるんだ? 試験があるのか?」
俺の質問を聞いて、試験官はハッとした顔で答える。
どうやら、何かを思い出したようだ。
「……試験が普通のルートだ。最低1月はかかる、過酷な試験だ。危険度もBランク試験の比じゃない。……だが、試験なしでAランクになることもある」
「ないこともある?」
「ああ。Aランク上位の魔物を討伐した冒険者は、特例でAランクに昇格することがあるんだ。……もっとも、こっちの方法で昇格した奴なんて、今までに1人しかいないんだけどな」
……聞いておいてよかった。
試験じゃなくても、強い魔物を倒せば認められるのか。
試験に1ヶ月もかけるほど暇ではないので、そっちの方法を使いたいところだ。
できれば、今向かう先にいる魔物がAランク上位であってくれるとありがたいのだが。
「ちなみに、今回のボスがそのレベルの強さだったら、昇格できるのか?」
「基準を満たしていれば、推薦はできる。だが……おすすめはしないぞ。確かに1回は使われた特例だが、その時には相当ゴタゴタしたって話だ」
「何か、問題があったのか?」
「ああ。強い魔物を倒すような状況だと、一般人はみんな逃げちまってるからな。いくら倒したって言っても、目撃者が少ないんだ。今回だって立会人は俺1人だし、相手が未知の魔物だから、まず敵がAランク上位だとギルドに認めさせる必要がある」
なるほど。
倒すこと自体より、そのあとの処理が難しいのか。
「分かった。魔物を倒しに行こう」
「……いいのか? 討伐に成功しても、昇格が通るとは限らないぞ?」
「問題ない。討伐をするのは、すでに確定事項だからな」
もし特例が通らなくても、どうせ魔物を倒すことに変わりはない。
特例での昇格は、もし上手くいけばラッキーくらいに思っておく。
もし通らなくても、今受けている試験みたいに、危険な代わりに時間のかからない方法があるかもしれないし。
「結界が解ければ、魔物は一気に襲ってくる。数は今までの比じゃないはずだ。戦闘で使いそうな矢は、できるだけ今のうちに準備しておいてくれ」
今までの戦闘では、アルマの矢はルリイがその場で作っていた。
収納魔法を持っていない場合、材料で持ち込んだほうが荷物が少ないし、必要な矢だけを迅速に供給できるからだ。
特に魔法を付与した矢は魔石の関係で非常に持ち運びが難しく、収納魔法なしで大量に持ち込もうとすると、機動力を完全に捨てて荷物置き場の近くで戦う他ない。
基本的に、攻撃は防ぐより回避した方が魔力の消費が少ないため、普段は防御より回避を重視しているが、その作戦が使えなくなるわけだ。
だが、そのデメリットをあえて背負う。
「矢を、あらかじめ作るんですか? それだと、動けないと思うんですけど……」
「その通りだ。今回は結界の50メートル手前に3人で固まって、攻撃を防ぎながら戦う形になる。俺が単独で結界に突っ込むのを、3人で援護する訳だな」
「マティくんを援護……矢を作り置きするってことは、魔道具で何かするんですか?」
「ああ。ルリイは、この魔道具を作ってくれ。矢に組み込めるサイズの魔石だと効果が薄いから、イリスが戦場まで投げ込んでもらおう」
そう言って俺は、魔法陣を描いた紙をルリイに手渡す。
そういえば、こうやって戦闘前に魔法陣を教えるのも久しぶりかもしれない。
最近のルリイは、かなりの魔法陣を自分で組めるようになってきているし。
「……この魔法陣、未完成に見えるんですけど……ここ、線がつながってませんし」
イリスは魔法陣を一目見て、そう呟いた。
正解だ。
「その部分は、戦闘が始まってから決める」
「……戦闘中に、魔法陣を考えるってこと?」
アルマの質問に、俺が答える。
「ああ。戦闘が始まらないと、ボスの魔法構成は分からないからな。空白の部分には、本体の魔法構成を真似て作った魔法陣を入れる」
魔物に刻まれている魔法陣は、全部同じように見えて、細部が異なっている。
その中で、ボスである寄生型魔物の魔法陣を真似ることができなければ、この魔法陣に意味はない。
「魔法構成を真似……そうすると、どうなるんですか?」
「魔物が、魔道具をボスと勘違いして混乱する。効き目は魔道具の出力によるが、上手くいけばボス以外の魔物を一時的に無力化できる」
「そ、そんなことができるんですね……。」
寄生型魔物の影響を受けた魔物は、寄生型魔物をボスとして、寄生型魔物に従うようになる。
その拘束力は、普通の魔物のボスと比べても、遙かに強い。
そして、指示を出すためには、ボスの魔力が使われる。
そこを利用する。
ボスに似せた魔力を使って『何もするな』という指示を出すことで、取り巻きの魔物を無力化するのだ。
……そんなことを話している間に、結界がよく見えるようになってきた。
保護色ということなのか、結界は草と同じ緑色をしているが、周囲に似せてあるのは色だけなので、よく見れば一目瞭然だ。
流石に中の様子はうかがえないが、結界に使われている魔力量からして、この中にボスがいるのは間違いない。
そう考えながら、俺達は結界のほうへと近付いていく。
「ところで、俺はどうすればいい?」
少し進んだところで、試験官がそう俺に聞いた。
そういえば、試験官に指示を出し忘れていたな。
彼は彼で、重要な役目があるのだ。
「邪魔にならない場所で、偉い人に俺達の昇格を認めさせる方法を考えていてくれ。あとは、今から戦う魔物がAランク上位に相当するか、ちゃんと観察していてクレ」
「……いいのか?」
俺がその、極めて重要な役目を試験官に伝えると、試験官は拍子抜けしたような、ほっとしたような顔をしてそう聞いた。
どうやら試験官は、本気で戦うつもりだったらしい。
依頼を受ける前から帰りたそうにしていたのに、街が危ないとなるとここまで変わるものなのか。
だが、これは本当に重要な役目なのだ。
「いいも悪いもない。これが一番頼みたい役目だ」
「だが、戦力は少しでも……いや。足手まといか。分かった。俺は俺で、試験官としての役割を果たすことにしよう。……どのくらい離れれば、邪魔をせずに済む?」
「最初は500メートル。そのあとは戦況を見ながら、自分の判断で動いてくれ」
「分かった」
そう言って試験官が、真剣な顔で頷く。
これで試験官は、俺達をAランクになれるよう、手を尽くしてくれることだろう。
前例を考えると、それでもすぐに昇格できる確率は低そうだが、昇格を早めるくらいはできると期待したいところだ。
◇
「ここで、結界から大体500メートルだ。地下から襲ってくるような魔物は周囲にいないから、安心してAランク上位の証拠集めに励んでくれ」
「分かった」
それからしばらく進み、結界との距離が500メートルを切った頃、俺はそんな言葉を交わして試験官と別れる。
試験官は俺達から別れるなり、望遠鏡のようなものを使ってこちらを見はじめた。
俺達のスピード昇格は彼の働きにかかっているので、是非頑張ってほしい。
そんなことを考えながら歩いていると、ルリイが心配そうな声をあげた。
「えっと……まだ何も準備してませんけど、大丈夫なんですか?」
「問題ないと思うが、大丈夫ってどういうことだ?」
「こんなに近付いたら、魔物が結界を解いて襲ってくるんじゃ……」
そう言ってルリイは、結界魔法の方を見る。
結界魔法と俺達の間の距離は、もう200メートルもない。
「ああ、そのことか」
そういえば、説明してなかったな。
こういう魔物と戦うことなど滅多にないので、あまり優先度の高い知識ではないのだが、教えておいた方がいいか。
「このタイプの魔物っていうのは、基本的にあまり自分から結界を解かないんだ。いったん結界を解いてしまうと、せっかく集めた魔力が外に逃げてしまうからな。……大人数で押しかけたり、結界を対象に大規模な魔法を準備したりすれば話は別なんだが、この人数ならまず襲ってはこない。そこまで警戒されないからな」
「えっと、ワタシの魔力を見て、襲ってきたりは……」
「ドラゴンの姿ならそうなるだろうが、今の姿なら問題ないはずだ。イリスがあと3人くらいいたら、話は別なんだけどな」
「よ、よかったです!」
確かに、魔力が多くなると魔物には警戒されやすくなる。
だが人間の姿のイリスは、ドラゴンの姿に比べればだいぶ魔力が抑えられているので、恐らくセーフだろう。
そんなことを話しながら、俺達は魔物の結界へと近付く。
距離が50メートルまで詰まっても、結界に動きはない。
「うわ、大きい! ……でも、動きが全くないね……」
結界の大きさは、半径にしておよそ80メートルほど。
確かに、人間が作る普通の結界に比べるとかなり大きい。
結界が静かに見えるのは、結界の強度が高く、中で魔物が動いたくらいでは揺れもしないということだ。
「ここまで静かだと、逆に不気味ですね……」
「本当に、この中に魔物がいるんですか?」
「ああ。結界の外側だけで2000匹はいるな。中心付近にいる魔物も含めれば、5000は行くんじゃないか?」
戦闘の準備をしながらの質問に、俺はそう答える。
いくら結界が魔力を通しにくいとはいっても、完全に通さないわけではない。
そのため、今でも結界の表面近くであれば、様子を探ることができる。
……けっこう、厄介そうだ。
中の魔物は、数が多いだけではなく強さを兼ね備えている。
本体らしき魔力反応はまだ見えないが、恐らく探知の届かない中心部にいるのだろう。
これだけの取り巻きを揃えられるということは、本体はそれ以上の強さはもっているはずだ。
これは、それなりに期待できるな。
Aランク上位の魔物というのがどの程度なのかは分からないが、基準を超えていてくれることを祈ろう。
「矢と魔道具の準備、できました!」
「いつでもいけるよ!」
「はい! 戦えます!」
そんなことを考えているうちに、準備が終わったようだ。
俺はルリイ達3人の周囲に置かれている魔道具や矢などを見て、必要なものがちゃんと用意されていることを確認すると、結界に向き直った。
「……行くか」
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