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アイヌ民族の今と未来 「文化振興法制定」10年

Esaman2007/05/25
東京都港区で5月13日、シンポジウム「アイヌ文化振興法制定から10年 アイヌ民族のいま、そしてこれからを考える」が開催されました。
日本 人権 NA
 東京都港区の大阪経済法科大学東京麻布台セミナーハウスで5月13日、シンポジウム「アイヌ文化振興法制定から10年 アイヌ民族のいま、そしてこれからを考える」が開催されました。

 会場には60名を超える人が集まり、パネラーには、財団法人「アイヌ文化振興・研究推進機構」の理事長をはじめ、首都圏で活躍するアイヌの民族団体や交流団体である、レラの会、東京アイヌ協会、関東ウタリ会、AINU REBELS(アイヌレブルズ)、ペウレ・ウタリの会などの人たちが出席し、大変熱気のこもった集会となりました。

アイヌ語を「使う」教育
 基調報告として、アイヌ文化振興財団の谷本一之理事長が、将来的には「アイヌ民族法」ができて、財団がなくなる日を目指すことが目標であること。すべての予算を使ってでも、アイヌ語の振興を行いたいこと。また、文化とは古いものだけではなく、若い世代が新しく創造していくものであることなどを熱心に語られました。

 中でも、アイヌ語を実際に「使う」教育に力をいれたい、とのことでした。そのためには文法の解説などよりも、実際の単語を100個覚えるなど、教育方法のほうが効果があるはず。そのような教育を実践していくことが大切である、と発言されました。

 「アイヌ文化振興法」は設立当初、民族議席やある程度の自治、先住性の明記などを求めたアイヌ側の要求に対して、文化のみを振興する「すり替え法」であると、アイヌの側から批判されてきました。また、「アイヌの文化を(アイヌのためではなく)日本社会のために振興する」という同財団の前文にもみられるように、日本社会に「アイヌ」を取り込んでいくための「新しい同化政策」の可能性もあると言われてきました。

 さらには、文化のできる(文化活動を志向する)アイヌと、それをしない、あるいは、する余裕のない、する機会に恵まれなかったアイヌとを分断する「分断法」の側面もあります。そもそも、何をもって「文化」とするのかについては、当初財団は「古くて伝統的なものを再生産する」ことを中心に据えていたように思います。

 また「日本人への紹介や保存」に力を入れ、実際のアイヌたちがどのように文化をアレンジしていくか、生活の中で活用してゆくかなどは、後回しになっていた感じがあります。そうした昔の話を考えると、確かにここ数年、同財団の姿勢は、大きく変化してきていると思います。特に「アイヌ語を学問的に研究し、残す」のではなく、実際に使う人間を養成する事に力点を置き始めている点。若い世代の創作していく文化にも門戸を開き始めている点。この2点においては、今後の展開が大きく期待できるのではないか、と思いました。

 ただし、その機会がごく一部の「恵まれたアイヌ」のものだけになるという恐れは、依然存在します。

いまだ厳しい状況
 後半に行われた、ウコイタク(アイヌ語で『語り合い』)と名づけられたシンポジウムでは、アイヌ文化振興財団の理事長を交え、首都圏で活躍するアイヌ民族のパネラーが、それぞれの体験をもとに語ってくださいました。

 東京アイヌ協会の宇梶静江さんは、アイヌ語を大学で教わっている大学生と話した時、アイヌ語を授業でとっている大学生(和人)に「将来はアイヌ語の教師になりたいです」と気軽に言われたことに関して、民族の言葉を和人が教師として教えることの無念さを切実に訴えました。また、現在は刺繍は時々しかやっておらず、年に1着着物が完成するかどうかくらいなので、やはり職業として関われるような環境があるといい、と話されました。

 レラの会の長谷川修さんは、アイヌ文化振興法が制定されてから、アイヌの間での文化の継承の仕方が変化してきたこと。昔は「エカシ」や「フチ」の所に出かけていって身に付けていたが、今は先生がやってきて、講習という形で身に付けるようになったこと。また、文化振興法により講師として登録している人が、他の講師が来た時に受講できないことがあったり、運用面では問題もある──と話されました。

 また、何をもって「文化」ととらえるのかについて、財団の方針は恣意的な部分があり、和人が「アイヌ文化」であると認めるものを振興している側面があることや、財団の意思決定を行う人たちに極端にアイヌの職員が少ない点なども問題だ、と指摘しました。なお、こういった集会などで、色々と出されるアイヌ側の要求の中には、社会的な課題と個人的な問題を、一緒にしているものも含まれているかもしれないが、それだけ状況が厳しいということを理解してほしい──と訴えました。

 関東ウタリ会の八幡智子さんは、いまだに差別が残っていること、財団の助成金の申請は、工夫して申請をしたりしているものの、そのような問題の解決には、あまり役には立たないことなどを、自らの体験をもとに訴えました。

 AINU REBELSの酒井美直さんは、自分は世代的に気が付いたら文化振興法が成立していて、その予算で海外に行ったりしたことがあったので、財団には感謝していた。でも、いろいろな事が分かってくると、問題も見えるようになってきた。また、身体的な特徴からの差別はいまだにあるものの、それを誇りに思えるような社会になっていってほしい──と訴えました。

 私は、パネラーの美奈さんより少し上。文化振興法制定時、すでに意識を持って「業界・周辺」にいた世代です。文化振興法が制定されてから、それまで手弁当でがんばっていた様々なアイヌの側の運動、あるいはアイヌと連携することを志向する運動は、多くは「文化法」を批判をしているものの、次第に財団の予算を消化して、文化交流をする運動へと変化していき、先細りになってしまっていった、というような印象を持っています。

 私自身も文化振興法は、アイヌ語の振興政策のほかはあまり評価してはいなかったのですが、最近の財団の姿勢は評価できるものですし、アイヌ側から活発に意見が出されつづける事をみていると、この10年の助成金交付によって、かえって目的の曖昧なところは先細り、課題のある人達が、より先鋭化して生き残ってきているのかもしれないな、という印象を持ちました。

 今後の財団の変貌と、アイヌの「民族」運動の今後に期待したいと思います。ただし、アファーマティブ・アクション(差別是正のための優遇政策・補助金)を要求すると、それが利権化したり、それをアテにして自主性がなくなったり、あまりモノを考えなくなったりしがちたなので、注意が必要かと思います。

 「民族法」もけっこうなことですが、その場合、誰を「アイヌ民族」と規定するのかが、おおきな問題となるでしょう。 仮に、和人とアイヌを両親にもつ人がいたとして(たとえば、この記事を書いている私)、その人が「アイヌ」かどうかは、他人がきめることではありません。また「アイヌであることを子供に伝えるのを止めて」から、数世代たっている人も珍しくありません。

 アファーマティブ・アクションの対象を決める作業(戸籍を辿って云々……問題が多数ある)を「民族としてのアイデンティティ」と勘違いをする人が増えないことを、切に祈ります。

 いずれにせよ、すべての「アイヌの子」が、苦労せずともアイヌとして、当たり前に生きられる世界が、一日でも早く、きますように。


・この集会の主催団体
「先住民族の10年市民連絡会」
「市民外交センター」
アイヌ民族の今と未来 「文化振興法制定」10年
会場となった大阪経大セミナーハウス。大学というより企業でも入っていそうな立派なビルです
アイヌ民族の今と未来 「文化振興法制定」10年
東京タワーのすぐ近く。首都の中心に近い場所で、アイヌ民族が集まって話していると、ちょっと不思議な気もします