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客と上司の“裁量”で振り回される現実

 脱時間給制度を導入する場合も、ジョブディスクリプションが必要なのは言うまでもない。日本企業で流行中の働き方改革についても、「従業員1人ひとりの生産性を高めて長時間労働を是正するために、仕事の時間ではなく成果で評価しよう」という発想が底流にあるはずだから、本来ならその前提として明確なジョブディスクリプションが存在しなければならない。「SEって何だっけ」「さあ?」では働き方改革もまともにできるはずがない。

 少し一般論に流れたので、IT業界やSEの話に戻す。SEという曖昧な肩書きのまま十把一絡げでシステム開発の現場に動員された技術者はもう1つの曖昧性に悩まされることになる。何の事かと言うと、要件定義や契約内容の曖昧さである。以前に比べれば随分マシになったと認めるが、依然として甘い契約書は山とある。追加要件が発生した場合に「別途協議する」とした恐ろしい契約書もまだ存在したりする。

 そうするとどうなるか。システム開発プロジェクトは「あれを追加しろ」「こんなのじゃ嫌だ」と言い出す客の“裁量”に振り回される。しかも元請けのSIerは「何があっても絶対に逃げない」などと自己陶酔に浸っているから、プロジェクトの現場は大炎上。多重下請け構造により様々なITベンダーからかき集められたSEたちは、働き方改革とは無縁のデスマーチを今日も歩かなければならない。

 ピンと来た読者もいると思うが、客とITベンダーの関係性は、ITベンダーと従業員である技術者との関係性と相似形である。どちらも大元、つまり要件定義や契約書、ジョブディスクリプションが曖昧なまま業務に着手し、客や上司の“裁量”に振り回される。「良いシステムを作れ」「効率的に働け」と言ったところで、大元の「何をしてほしいのか」が曖昧でいい加減なら、そもそも話にならない。

 繰り返すが、それでも企業対企業の契約は随分マシになった。一方、企業対従業員の労働契約は全くダメだ。日本でも米国並みに転職が当たり前になれば、企業もまともなジョブディスクリプションを作るようになるだろうが、このままでは当分「SEって何だっけ」「さあ?」状態が続く。生産性向上のために裁量労働制や脱時間給制度を普及させたいのなら、ジョブディスクリプションの作成や第三者レビューを義務付けるぐらいの事をしないとダメではないのか。IT業界の現状を見て、つくづくそう思うぞ。