東京都新宿区早稲田。名門・早稲田大学のキャンパスをようし「学生街」というイメージを抱いている人も多いだろう。だが、「学生のみならず大人が住んでも楽しい街ですよ」。そう語るのは、かつて早稲田に8年住んだという下関マグロさん。
マグロさんは、「歩けばわかる!」を合言葉に東京中を踏破する散歩ライター。生活情報サイト「All About」では本名の増田剛己として散歩ガイドを務め、『歩考力』などの著書もある。いわば街歩き、街観察の達人である。
東京の街を知り尽くす散歩の達人が好んだ早稲田とは、いったいどんなところなのだろうか? マグロさんとともに当時の思い出を振り返りつつ、街の魅力を掘り下げてみたい。
下関マグロさん。散歩のほか、大衆系の中華食堂「町中華」にも造詣が深い
「ここから徒歩3分のアパートに住んでいました。当時は100kgを超える肥満体なうえ、引きこもりのライターだったので健康状態もよくなかった。そこで、まずは自宅からこの公園まで歩くことにしたんです。原稿の執筆や打ち合わせも、この公園でやっていましたね。机付きのベンチがあるのでご飯を食べたり、設置されている健康器具で運動もできますしね」(下関マグロさん)
足つぼを刺激する「健康歩道」もある
では、さっそく街を歩いてみよう。まずは駅周辺の市街地へ。
早稲田駅前の早稲田通り。車の交通量が多く、人の往来もにぎやかなため飲食店はかなり充実している
一方、住宅街に入るとコインランドリーや格安の食品がそろう業務用スーパーなど、学生が重宝しそうな店が点在していた
早稲田の前は四ツ谷に住んでいたマグロさん。借金を抱えて生活に困窮し転居したという。同じような間取りながら、家賃は3万円ほど安くなったそうだ。コストを圧縮しつつも生活水準を大きく下げずに暮らすことができたと振り返る。
続いて、神田川沿いを歩き、目白方面へと歩く
神田川沿いはマグロさん定番の散歩コース。このあたりは、春になると桜がいっぱいに咲き誇るそうだ。
川沿いに整備された公園。取材時には梅が開花していた
さらに歩を進めると……な、なんかいる!
近隣住民がペットとして飼っており、マグロさんが住んでいた当初から界隈では有名な存在だったという。人間のみならず、カメも散歩する街。なんとも平和な光景ではないか。
また、この街には大人の探求心をくすぐる渋いスポットだらけだとマグロさん。市街地に歴史的建造物や史跡、碑が点在し、由緒ある神社や庭園も数多い。
穴八幡宮。冬至から節分までの期間限定で販売される金運アップの御守が有名
明治の元勲、山縣有朋が残した「ホテル椿山荘東京」。風雅な日本庭園に、癒しを求めに訪れる人も多い
こちらは、マグロさんお気に入りの「関口芭蕉庵」。松尾芭蕉の住居跡や庭が無料開放されている
ホテル椿山荘東京から関口芭蕉庵への道すがらにある「胸突坂」。急な坂だが近隣住民はスイスイと上っていく
こうした歴史的な要素を含め、全体的にアカデミックな雰囲気が漂う早稲田。その最たるものが早稲田大学と夏目漱石だろう。
早稲田大学のメインキャンパスには創立者・大隈重信の彫像が立つ。マグロさんも構内のベンチで休憩したり、学食もたまに利用していたそう
早稲田大学のすぐ近くには「夏目漱石生誕之地」の碑が。とても立派な碑で、後ろのやよい軒まで、何だか格式高く見えてくる
かつての夏目邸から続くゆるやかな坂道は「夏目坂」。界隈の名手だった夏目小兵衛直克(漱石の父)が“勝手に”命名したものが徐々に浸透し、やがて地図にも載るようになったのだとか
こちらの「小倉屋」は、夏目漱石の小説『硝子戸の中』に登場。また、「赤穂浪士」の堀部安兵衛が仇討ちの前に立ち寄り、酒を飲んだことでも知られる
平成29年9月、漱石生誕150周年の節目に開館した「新宿区立漱石山房記念館」。漱石が暮らした「漱石山房」の書斎、客間、ベランダ式回廊などを忠実に再現している
ここで、「そろそろお腹がすきませんか?」とマグロさん。ランチにどうしても行きたい思い出の店があるという。
「軽食&ラーメン メルシー」。昔ながらの中華食堂で、「町中華」を愛するマグロさんが太鼓判を押す名店だ
昭和の面影を色濃く残す中華食堂。中華料理だけでなく、定食やカレー、洋食メニューなども豊富に取りそろえる「町中華」を、マグロさんはこよなく愛している。なかでもこの「メルシー」は激推しで、「これまで通ってきた町中華の中でもコスパの高さはダントツ」なのだという。
銀の皿に懐かしさを感じるポークライス(490円)。中華スープの旨みを吸ったお米とケチャップの酸味が絶妙にマッチ。たまらない
五目そば(660円)。野菜炒めにでっかいチャーシュー、たっぷりの具材が盛られている
スープは塩味。すっきりながら味わい深く、中太面によく絡む。見た目は無骨だが、味は驚くほどに繊細
学生街の飲食店は味付けが濃く、盛りも豪快だ。40代で借金を抱え、辛い時期を過ごしていたというマグロさん。満足感たっぷりの食事に活力をもらっていたのだろうか、「まさに思い出の味です」と語る笑顔が印象的だった。
さて、ここまで散歩に同行してみて、あらためて驚かされるのはマグロさんの健脚ぶりだ。ゆうに2時間以上は歩いているが、まったく疲れたそぶりを見せない。
さすが散歩の達人、といいたいところだが、なんせ御年60歳なのである。30も年下の筆者がそろそろしんどくなってきているのに、「次は神楽坂のほうへ行ってみましょう!」と元気いっぱいなのは、いったいどういうことなんだ?
「早稲田の魅力は、色んな場所へ歩いて行けることですよ。私が住んでいた頃は、高田馬場や飯田橋、新宿や中野方面まで、よく散歩していました。その頃から電車は使わなくなって、今でも都内の仕事であれば基本的に歩いて行っちゃいますね」
神楽坂へ。路地裏を含め、話題の飲食店も多い
神楽坂の中ほどにある善國寺。江戸時代からこれまで、「神楽坂の毘沙門さま」として信仰を集め続けているのだとか
隠れ家的な飲食店がひしめく「みちくさ横丁」。こうした小路を探検し、飲み屋を開拓するのも散歩の楽しみだという
牛込橋を渡り、飯田橋駅へ。マグロさんの足取りは相変わらず軽い
60歳にしてこんなにも気力・体力が充実しているのは、やはり40代のうちに100kg超えの巨体をきっちり絞り、健康を取り戻したことが大きいのだろう。散歩が、人生を好転させるきっかけになったといえるかもしれない。
ただ、もし当時、マグロさんが早稲田ではなく、もっと「歩き甲斐のない街」に住んでいたら果たしてどうなっていたのだろう。今ほど楽しそうに生きられていたのだろうか?
どの街に住むか、その選択は人生に大きな影響を与える。マグロさんの軽やかな後姿を見送りつつ、そんなことを思った。
さて、今回、実際に歩いてみた早稲田は、マグロさんが言うように「学生だけでなく、大人が住んでも楽しい街」だった。きっとどの街にも、公のイメージとは異なる顔があるのだろう。
住む街を選ぶ段階で先入観を持ち「自分には合わない」と決めつけてしまうのは、もったいないことなのかもしれない。
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取材・文=小野洋平(やじろべえ)
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