■知られざる「私立校」の現状
今年1月に発表された、私立校の労務管理の実態に関する調査報告書によると、労働基準監督署から指導や是正勧告を受けた私立高校が、全国で約2割にのぼるという。
これまで教員の働き方については、その実態調査から具体的施策まで、基本的には公立校が対象とされてきた。全国にある高校の約4分の1は私立校であることを踏まえれば、私立校の現状にもしっかりと目を向ける必要がある。
以下、その最新の調査結果を活用して、私立校が置かれた現状の一端を報告する。
■私立校と公立校の類似性
私立校の実態を描き出す際に、共有しておくべき大前提がある。それは、私立校は各校の独自色が強いとはいえ、その教育活動は、基本的に公立校に準じておこなわれているということである。
後述するように、じつはこの公立校に準じた働き方を採用しているという状況が、結果的に、私立校における労働基準法違反の事態を招いているという点が重要である。
それでは以下、最新の調査結果より、論点を絞って2つのトピック(1:出退勤の管理方法、2:残業代の取り扱い)から、私立校と公立校の労務管理における類似性を抽出し、次に両者の相異に踏み込み、私立校が労働基準法違反とみなされうる背景を明らかにしたい。
なお、本記事が参照する調査結果とは、今年1月に公開された「第3回 私学教職員の勤務時間管理に関するアンケート調査報告書」[注]である。公益社団法人私学経営研究会が、全国の私立高校(と大学)を対象に実施したアンケート調査で、各校の労務管理のあり方などを質問している。これまでのところ、過去の調査(2010年度、2013年度)を含めその知見がほとんど活用されていないように見えるが、全国の私立校の実態を知るには最適な統計資料である。
■出退勤の管理方法:帰りは「確認しない」
出勤の管理方法において、突出して回答が多かったのは、「出勤簿に押印(出勤時刻の記入なし)」(62.7%)である。出勤時刻は記入されないのであるから、この「押印」という営みは、たんに「学校にいます」ということ以上の意味をもたない。
また退勤の把握方法において最多であったのは、「確認しない」(32.5%)である。おおよそ3校に1校では、教員がいつ帰路についたかがわからないのだ。次に多いのが、出勤の場合と同じ、「出勤簿に押印(退勤時刻の記入なし)」(20.2%)である。
他方で、「タイムカード・ICカード等」や「Web勤怠管理システム」の機器による客観的な把握が導入されている高校は、出退勤いずれの場合も約2割にとどまっている。
以上は、公立校における出退勤把握の方法と酷似している。公立の小中学校のデータではあるものの、出勤の確認方法としては「報告や点呼、目視など」と「出勤簿への押印」が、退勤の確認方法としては「報告や点呼、目視など」が突出して多い(拙稿「残業時間数がわからない 教員の出退勤管理 押印や目視で」)。私立か公立かを問わず、残業時間を含む労働時間の確実な管理は、ほとんどおこなわれていないと言える。
■残業代の取り扱い:月給4%の定額支給
おおざっぱな労務管理は、残業代の取り扱いにもあらわれている。
同調査を見てみると、時間外労働分の割増賃金を支払うかたちの「1. 法定の時間外手当を支給している」は、12.1%のみである。多かった回答は、「3. 教職調整額を既払残業代とみなし、その他は一切支給していない」(24.2%)と「5. 教職調整額+『4』(=定額の業務手当)を支給している」(29.4%)である。
前者について、「教職調整額」とは、私立校の場合は「みなし残業代」に当たるもので、あらかじめ定額の残業代が給与に付加されている。同調査によると、具体的な額としては、給料月額の4%が多数派(65.7%)である[注2]。
後者は、みなし残業代にくわえて、時間外の部活動や会議などの際に定額の特別な手当を支給するという方法である。これが、調査対象校のなかではもっとも多い形態である。教員給与のあり方について一度でも調べたことがある読者であれば、すぐにこれが公立校の時間外労働の扱いと類似していることに気づくだろう。
公立校の教員は、全国一律に「教職調整額」という名称で月給の4%分を受け取っている(拙稿「残業代ゼロ 教員の長時間労働を生む法制度」)。そして、ときに土日の部活動指導においては、特別に定額の手当(数千円程度)をもらうこともある。ただし、どれほど終業時刻を超えて働いたとしても、その分の残業代が支払われることはない。
私立校も公立校も、残業時間を厳密に数えるのではなく、おおむね4%分を与えてあとは時間管理しないという状況である。出退勤の管理方法と同じように、残業代の取り扱いにおいても、労務管理の考えが希薄である。
■労働基準監督署からの指導・是正勧告
以上、2つのトピック(1:出退勤の管理方法、2:残業代の取り扱い)から、私立校と公立校における労務管理の共通点を説明した。私立校教員の働き方は、公立校教員のそれに準じていることがわかっていただけたと思う。
ただし、両者の間に一点だけ大きなちがいがある。同調査より、次のデータを見てみよう。
私立校には労働基準監督署からの立入調査がありうる。調査対象となった私立高校のなかでは、約4分の1(25.7%)の学校が、実際に勤務時間管理に関して労基署の立入調査を受けている。さらに、指導を受けたのが10.3%、是正勧告まで受けたのが8.5%と、おおよそ約2割の学校で労基署から何らかの業務改善の要望があったということである。
労基署がみずから指導や是正勧告の事案を公表することはないものの、新聞に報道された具体的ケースを調べてみると、最近だと昨年8月に広島県にある私立の中高一貫校が、教員の労働時間管理が不適切であり労働基準法違反に当たるとして、労働基準監督署から是正勧告を受けている。教員の賃金台帳に残業時間の一部が記載されていなかったという(『中国新聞』2017年9月16日朝刊)。ここでもやはり問題視されたのは、残業代の取り扱いである。
■類似しているからこその労基法違反
私立校も公立校も、教員の時間外労働に関する労務管理はずさんである。
しかしながら、公立校ではそれが給特法(正式には「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」)という法律によって時間外労働そのものが原則存在しないことになっている点を強調せねばならない[注3](給特法の詳細は拙稿「残業代ゼロ 教員の長時間労働を生む法制度」を参照)。つまり、公立校の教員はどんなに夜遅くまで学校で仕事をしていても、それは「自主的に残っている」と法律が規定している。そうすると、長時間労働は何ら問題性がなくなる。
私立校は公立校に準じた勤務態勢をとっている。だが時間外労働について依拠する法律が異なるため、公立校では長時間労働は何も問題がないかのように放置されつづける。他方で、私立校ではそこに労働基準法違反のまなざしが向けられうる。
私立校が今日置かれた状況は、公立校への警鐘のように思えてならない。
- 注1:調査実施期間は、2017年6月1日~7月20日。調査対象は、全国にある私立高校(約1,000校)ならびに大学・短期大学(約700校)で、回答数は、高校が332校(33%)、大学・短期大学が268校(38%)。回答者は、事務局長、総務・人事部の管理職者など、人事に責任のある立場の者。
- 注2:一般に、みなし残業においては、規定の残業時間分を過ぎて時間外労働が生じた場合には、残業代が支払われることになる。「3. 教職調整額を既払残業代とみなし、その他は一切支給していない」ということは、その追加的な残業代の支払いがないということである。なお、4%分を超えた時間外労働がそもそも発生しないような場合には、追加的な残業代も生じない。
- 注3:「校外実習その他生徒の実習に関する業務」「修学旅行その他学校の行事に関する業務」「職員会議に関する業務」「非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務」の4項目(いわゆる「限定四項目」「超勤四項目」)については、臨時または緊急の場合に、教員には時間外労働が命じられる。