日曜午前10時、寝足りない目を擦りながらくたびれたトレーナーを羽織り、ずり落ちそうなスエットを目いっぱい引き上げた。「うどんあったかな」。冷凍庫にうどんがあるのを確認し、鍋に火をつけた。よーし、と椅子に腰掛け、テレビをつけようとした瞬間、玄関から異様な音がする。
ガチャガチャガチャ。「ひっ」と玄関ドアの方を振り返る。ワンルームなので、リビングと玄関は、ほぼ一体化している。自分から、わずか1mほどしかないドアの向こう側で、誰かが鍵穴にカギをさし、開けようとしている。
ガチャガチャ。今にも開きそうじゃないか――。カギを交換したと分かってはいても、音を立てぬように椅子から立ち上がり、とっさに隠れ場所を探してしまう。すると今度は、訪問者がドンドンとドアを叩きはじめた。
やめてくれー、帰ってくれー……。
この日は、午後にも二度、同じことがあった。日曜日だというのに休まらない。
私が住む賃貸の部屋は、もともと違法民泊だった。マンションの5階にあるのだが、その下の、4階と3階の部屋は、いまでも違法民泊として貸し出されている。
別の日には、酔っ払って戻ったと思われる旅行者が私の部屋のインターフォンを押し、ベッドから転げ落ちそうになったことがある。時計を見たら夜中の2時だった。
真っ暗闇の中で煌々と光るインターフォンの画面を覗くと、金髪の女性が立っていた。何が起きているのかわからなかったが、部屋を間違えているのだと察し、ひたすら彼女がいなくなってくれるのを待った。
冒頭で紹介した日のように、玄関のドアノブが突然回されることは日常茶飯事だ。深夜でも、昼間でも。独り暮らしの身には、突然ドアがガチャガチャと音を立てるときの恐怖は、正直かなりこたえる。
そんな生活を、1年半以上続けている。この間、「突然の来訪者」以外にも、様々な出来事があった。
一番ギョッとさせられたのは、早朝、出張に出掛けようと階段を降りていたら、踊り場で巨漢の黒人男性が寝ていたことだろうか。どうか起きないで、と祈りながら、スーツケースを抱えてまたぐしかなかった。また別の日には、下着姿の白人女性が泣きながら彼氏と喧嘩しているのを見たこともあった。どうすることもできず、「ハ、ハロー」と言いながら横を通り過ぎた。
そうそう、階段には、さまざまな物も落ちている。タバコの吸い殻が放置されているだけでなく、「これは……オシッコか」と思うような液体とシミが堂々と残っていたこともある。5階と4階の間であるにもかかわらず、なぜかミミズが死んでいたこともあった。マンションが建っているのは、周囲に土さえ見えない、東京のど真ん中だというのに……。
民泊物件では、色々なことが起こる。3階の部屋に泊まったカップルが愛を確かめ合っている声があまりにも大きくて、階段で呆然として足を止めてしまったこともあった(意図的に、ではない)。