下宿にヒモが住み着いた女子大生の雑記

 ヒモ男、という人種をご存じだろうか。詳しくは各自で調べて欲しいのだが、簡単に言ってしまうと働かずして女性に食わせてもらっている男性のことを指す。

 ところで、大学1回生も終わるいま、私はヒモを飼っている。

 

 駅から徒歩数分、六畳一間の私の下宿。他県の学生であるヒモは、春休みに入ってからのおよそ1か月半の間、大抵の日をこの部屋で生きている。

 このヒモの特徴を挙げるとキリが無いのだが、強いて言うなれば、家にいる間はあまり服を着ていない。坊主頭で、外出するときはしばしば和服を着る。たまにわけのわからないタイミングで勃起をしては、巨大な陰茎を見せびらかしてくる。常に金が無いので周りに支援されながら生きている(バイトはしていない)。よく奇声を発する。

 ざっくり言うとそんな感じである。

 

 私は彼に、1か月半のあいだ寝場所と食料を提供している。バイトでできた貯金をこんなことで切り崩すことになるとは夢にも思わなかったし、まさか両親も、娘への仕送りによって見ず知らずの男を間接的に養っているとは夢にも思わないだろう。人生とは往々にしてわけのわからないことが起こるものである。

 

 さて、ヒモを飼っているだけならまだしも事態はもう少し複雑で、私はもう一人の友人(仮の呼称として以下「美島」と表記)とも同居している。つまり、六畳一間に3人が生活しているのだ。

 必然的に、美島と私が協力してヒモを養うこととなる。しかしそれは生半可な気持ちでやっていけるものではない。悲しいかな、我々には資本主義的な発想が染みついているので、いかにしてヒモから自分たちの資産を守るかということに躍起になる。こうなるともう、毎日が心理戦の連続、戦場だ。

 

 ヒモとの資産奪い合い闘争にはしばしば敗北を喫するのだが、代表的なものにこんなエピソードがある。

 私と美島とヒモの三人で、突発的に四国へ行くこととなった。3800円のフェリー往復代を払うと、ヒモの所持金額は残すところ2200円。我々は彼の財布事情を甘く見ていた。彼にはレンタカーの代金や道後温泉の宿代どころか、150円のうどん代を支払う能力すら皆無であったのだ。

 日が沈み、人も疎らとなった温泉街。宿代が払えないというヒモに仕方なく車中泊を促すと、あろうことか彼はしくしくと泣き出した。

 「俺もぉ外でホームレスと一緒に寝る...でも朝になったら凍えて死んでいるかもしれへん...」

 人目をはばからず涙する和服の坊主頭からは、シャッターに閉ざされた夜の温泉街と妙に調和した、じっとりとした哀愁。私はそんな彼をみかねて宿へぶち込みつつ、旅館の女将にクレジットカードを叩きつけた。少し後になって美島が1.5人分のお金をそっと渡してくる。

 ───敗北した。美島の整った顔がそう告げていた、ような気がした。

 

 そんな惨敗、惜敗、大敗が積み重なり、我々はどうも意地汚くなってしまった。食われる前に食う。毎日の闘争、すり減る魂と預金残高。心なしかヒモに与える食料の量や質も日に日に低下している気がする。

 たった3人という狭い世界、そして食って寝るだけの非常に原始的な生活においてでさえも、資本を再分配することなどできない。富める者は空腹にあえぐ者を前にしても自分の資産を守ることに必死になるのだ。我々は結局、ヒモの血色を良くすることよりも目の前のコロッケをいかに防衛するかに重きを置く。

 

 今夜もまた、おなかを空かせたヒモがバリバリと(私の)海苔を食べる音やグツグツと(私の)パスタを茹でる音に不意に起こされるに違いない。私はその景色を一瞬で忘れてなにも無かったことにして、穏やかな気持ちで、再び眠りにつくのである。