『メゾン刻の湯』は銭湯、シェアハウス、そしてSNSなどインターネットを舞台に、7人の多種多様な若者たちの「つながり」を描く傑作青春小説だ。
銭湯が舞台であることが注目されがちだが、SNSでの炎上や、セクシャルマイノリティのアウティング、ハーフが受ける差別など、現代の人間関係をリアリティを込めて描いた社会派小説でもある。
地域コミュニティとネット上の人間関係を対比的に扱いながら、社会に居場所を見つけられない若い人たちが、どうやって「つながり」を作るのかを本書は読者に投げかけている。
今回は著書『生きる技法』の中でも、「社会システムに適合するな、つながりを作れ」と主張する安冨歩氏と、作者である小野美由紀氏に「つながり」について議論してもらった。
前編はこちら:「本当の友だち」を作れ!幻想のコミュニティから自由になるために http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54651
(構成:辺川銀)
小野: これを読んでいる現代ビジネス読者の大半は「コミュニティ」ないし「システム」に所属している方々だと思います。
そういう人たちが今いるシステムの中で健全に生きてゆくにはどうしたらいいでしょうか?
安冨: 簡単だよ。コミュニティやシステムといった幻想を見るのをやめる。周囲の人々との個々の良い関係性を強化し、悪い関係性を断ち切ることだけを考える。そうすればあなたを中心とする社会は健全になって行くから。
小野: 確かに「維持」を目的にした瞬間、コミュニティやシステムは人への重圧になります。最初はどんなに健全だった団体も、中にいる「人」ではなく「箱」中心になって行くと言うか……。
私は、大学の頃に所属していたサークルが辛かったですね。体育会系のサークルだったんですけど、サークルを維持するためにサークルがあるような感じがして。
みんな、さして飲むのが好きじゃないし、どちらかと言うと内気な人たちの集まっているサークルだったんですが、無理して一気飲みしたり、強制的に飲み会に参加させられたり。
でも、そこでも誰も楽しんでない。目が死んでる。
安冨: 角界みたいになっちゃうからね。どんなに最初は平穏な目的で始まった団体だとしても。
小野: システム内の「立場」にとらわれてしまう?先生はよく「立場主義」のお話をされますが……。
安冨: そう。日本社会の特徴は「立場」関係の基に成り立っていること。立場と立場とは密接な関係を結ぶんだけど、人間同士は疎遠。人間は、立場の詰め物にすぎないんだよね。
だから立場同士の関係形成のためにせっせと頑張って、それを守るために自分を抑圧する。結果、皆ますます孤独になる。良く出来てるよね。
小野: その立場を超えた関係、「あなたを中心にした個々の人間の関係性」を作るというのが今、難しいのではないかと思います。
SNSを通じて人とつながったり、特定のコミュニティに入ったりとか、コミュニティに貢献するとかは、ノウハウとしてある程度蓄積されてる。
けど、先生のおっしゃる1対1の関係、この人に助けたい、助けられたいという関係を作るのってなかなかに難しいのではないでしょうか。
安冨: そもそも、そういう関係を作りづらいように社会がシステム設計されてるからね。その関係性にみんなが投資するようになると、立場主義システムが奪い取ることのできる資源が減る。
みんなが自分の立場を顧みず、自分の友だちを守ったりするのにエネルギー使うとなると、システムの維持が難しくなるから。
例えば『メゾン刻の湯』で、主人公たちは銭湯にいつも来ている認知症のお爺さんを助けるために四苦八苦するわけだけど、普通は、職場に来てる変な爺さんが行方不明だからって、急に飛び出して助けにいく訳にはいかないじゃない。仕事があるんだからさ。
それはシステムに資源を奪われているということ。お金稼いだり地位を上げたりっていうためにエネルギーを使うと、友だちをないがしろにせざるを得なくなるよね。
小野: システムの維持に貢献することを選んでいる限りは、いつまでたっても本当の関係が築けない?