12.紬を好きな人

「つまり、こう言うこと? つむぎを発見するには最も紬を好きな人がダウジングするのが効果的で、それは初美はつみだと?」

「まあ、有体ありていに言えば、そいうことらしいわね」


 紅来くくるの問い掛けに、うららがどこか愉快気に答える。

 俯いたままの初美から思いっきり肘で小突かれるが、イタタタ、と腕をさする麗の顔はやはり楽し気だ。


「何よ……それ」


 華瑠亜かるあも唖然とした様子で呟く。


(初美が紬を好き? 紬が初美のことを好きだったって話じゃないの? 初美も好きなら二人は……少なくとも春頃は両想いだったってこと?)


 華瑠亜が改めて初美の方を見る。

 度が過ぎた人見知りで風変わりなキャラクターではあるが、色眼鏡を外して見れば、長いまつげを湛えた切れ長の目に筋の通った高い鼻、桜の花びらのような薄い唇は、十六歳とは思えない大人びた美人顔と言っていい。


 それがここまで恥ずかしがりやなのだから、女の華瑠亜でもそのギャップに少しキュンとなることがあるほどだ。

 しかも専攻は、紬と同じビーストテイマー……。


(あのクロエ使い魔の話ってことは、初美の本音ってことよね? 怪しいのは立夏だけかと思ってたけど、とんだダークホースじゃない!)


「じゃあ、ダウジングの担当は初美ってことでいいかな?」


 紅来が楽しそうに口を開く。

 新しいゴシップに触れて、目が生き生きとしている。


「ち、ちょっと待った!」


 思わず華瑠亜が声を上げる。


「紬を好きなのは、みんな一緒でしょ! な、仲間として!」


 なんでこんなことで初美と張り合ってるのか自分でもよく解らなかったが、このまま初美にすんなりと決まるのはどうも釈然としない。


「そりゃそうだけど……初美のは、仲間としての "好き" とはまた別なんだろ?」

「好きの種類なんてどうでもいいわよ。とにかく、みんなが好きならみんなで選抜試験をするべきだと思うんだけど!」

「選抜って……。あたしは、いいよ、めんどくさい」と、紅来。

「私も別に……」と、麗。

「仲間として、って話なら、勇哉と歩牟あいつらにも声を掛けなくていいのか?」


 紅来が、少し離れたところでボケっとしている勇哉ゆうや歩牟あゆむを見遣る。


「いいわよあいつらは。面倒臭いから」


(仲間としてとか、関係ないじゃん!)


 と、心の中で突っ込む紅来だったが――――


「時間もないし、さっさと決めようよ。何で決めるの?」と、華瑠亜に訊ねる。

「順番にペンデュラムを持って、動きの良かった方が担当、ってのはどう?」


 華瑠亜の提案に、紅来と麗も「それでいいよ」と同意する。

 正直言って二人とも、「めんどくさいなぁ」という気持ちの方が強い。

 いや、恐らく初美もだ。

 もしクロエが出たままだったら、あっさり『華瑠亜に譲るにゃん』と言っていたに違いない。


 まずは初美からペンデュラムを持って吊り下げてみる。

 最初は僅かに揺れていた程度のペンデュラムが、段々と大きく揺れ始め、三〇秒程ではっきりとした縦揺れに変わった。

 触れ幅は、端から端まで十五~二〇センチほどだろうか。


「な、なかなか、やるわね……」


 初美からペンデュラムを受け取ると、今度は華瑠亜が試してみる。

 ……が、三〇秒経っても一分経っても、ペンデュラムはピクリともしない。


「ここまで動かないのも、凄いね」

「ある意味、これはこれで、何か特殊な感情が渦巻いてそう……」


 紅来と麗が、別の意味で感心しながらコメントを述べるが、華瑠亜にとってはそれどころではない。


(動け、動け、動け~っ!)


 チェーンを摘む指先にどんどん力が入っていく。

 その力みが段々と、前腕、上腕、そして右肩へと伝わっていくのが解る。


 ……と、その時!

 突然ペンデュラムが勢いよく回転を始めた。

 チェーンの先の小瓶が、空気を切ってブンブンと音を立てる。


「う、動いたっ! どうよ、これっ!」


 華瑠亜が紅来と麗に満面の笑みを向ける。

 ……が、なぜかそこには薄目で華瑠亜を見つめ返す二人の顔。


「どうよ、って言うか……勢い良過ぎでしょ、それ」と、紅来。

「華瑠亜、思いっきり腕が動いてるよ」と、麗。


 続いて、後ろから勇哉の声がした。


「おい華瑠亜! なに振り回してんだよ! 一個しかないんだから壊すなよ!?」


               ◇


 ああ、なんだか頭がポカポカするな……。

 とても気持ちがいい。


 でも、頬にはなにか、冷たいものが当たってるような……。

 ペチ、ペチ、と叩かれてるような音もする。

 パパ! パパ!


 パパ? これは……ああ、メアリーの声か。

 ってことは……俺を呼んでるのか?


「パパ! 大丈夫ですか? パパ!」


 今度は、はっきりと聞こえた声に混濁していた意識が呼び戻される。

 ゆっくりと瞼を開けるが、目の周りの皮膚がパリパリと固い。

 そっか……これは、血だな? 血が固まったんだ。


 真っ先に、メアリーの顔が視界に飛び込んでくる。

 どうやら、俺の頭部に治癒魔法キュアーを施してくれいているようだ。

 さっきから頬に当たっていたのは、メアリーの両目から落ちた涙だったらしい。


「メアリー……か」


 メアリーが、声に気付いて俺の目を覗き込む。

 俺と視線が交わり、泣き顔がパッと明るい笑顔に変わった。


 俺が目を覚ますことでこんな風に笑ってくれる人がいるっていうのは、相手が誰であれなんだか幸せな気分だ。

 大怪我なんて滅多にしなかった前の世界むこうではそんなこと感じる機会もなかったけど、こっちではしょっちゅう大怪我してるからな……。


「マ……ママ! パパが起きました!」


 メアリーが振り返った先には、松明を持って俺の方を覗き込んでいる可憐の姿があった。


「だから言ったろう? パパはこう見えて意外としぶといって」


 そう言えば、メアリーの前とは言え、可憐が俺のことをパパと呼んだのは初めてだよな。いよいよ、本物の親子っぽくなってきたぞ……。


 そんな可憐の姿を覆い隠すように、目の前にニョキっとリリスの顔が現れる。

 胸の上に乗っていたリリスが、俺の顔を覗き込んだのだ。


「紬くん、大丈夫?」

「ペチペチやってたのは……やっぱリリスおまえか」

「意識が戻らないと治癒魔法の効きも悪いって言うからさぁ」


 そうなのか。

 でも、頭の痛みは感じないし、どうやら血も止まっているようだが……。

 恐る恐る頭を触ってみる。


「ほとんど塞がってますよ。血はたくさん出てるように見えましたけど、傷自体は浅かったので治癒難度は大したことなかったです」

「脳震盪を起こしてたからな、心配なのは寧ろそっちの方だったが……」


 全員の名前、言えるか? と可憐が質問してくる。


「可憐、リリス、メアリー……だろ?」

「メアリーの本名も言えますか?」

「知らん」

「ママ! やっぱり、パパの脳みその一部が欠損してるかも知れません!」


 もともと覚えてねぇよ、あんな長い名前。


 ゆっくりと上半身を起こしてみる。

 あれだけ派手に叩きつけられた割には、痛みはほとんどない。

 あちこち体を触りながら驚いている俺の様子を見て、メアリーが口を開いた。


「痛みのありそうな部分は全て治癒魔法をかけておきました。もしまだ痛む場所があれば教えて下さい」

「ああ……そうなんだ。いや、痛みはほとんどない。ありがとう……」

「ほんと世話が焼けますよ。 絶対やっつけるとか格好つけてたわりには、パパ一人だけやっつけられてましたからね。メアリーも大忙しです!」


 まあ、メアリーの憎まれ口は、少し赤い目に免じて今はスルーしてやろう。

 それより、治癒魔法、マジで頼りになるじゃん!


「そうだ! そう言えば……グールは!?」

「ええっ……、今頃?」


 リリスが呆れたように両手を上げる。

 少し辺りを見渡すと、可憐の更に後方に、どす黒い緑色の物体が転がっていることにすぐに気がついた。


「やっつけたのか?」

「当たり前でしょ? でなきゃ、今こうしてのんびりと喋ってなんていないわよ」

「あいつ、やたら生命力強いけど……大丈夫なんだろうな!?」


 そんな俺の懸念に答えるように可憐が口を開く。


「大丈夫だ。芯核と頭部は完全に破壊しておいた。間違いなく死んでる」

「そっか……」


 ふぅ、と安堵の溜息が漏れる。


「それにしても、リリっぺ、凄く強かったんですね! メアリーは感動しました!」

「ま、まあねっ! それほどでもあるけどねぇ~」


 リリスが腕組みをしながら、満足そうに鼻の穴を広げる。


「もう、リリっぺをただの妹にしておくのは失礼ですね! 今日からメアリーはリリっぺの弟子になりますよ。リリっぺ師匠!」

「ち、ちょっと待って……。師匠になってもリリっぺのままなの?」

「そうですね……そこはもう、メアリーの妹として生まれたからには納得してもらうしかないです」

「いやいや、あんたの妹として生まれたことないし!」


 憤慨するリリスを地面に下ろし、ゆっくりと立ち上がってみる。

 すかさず可憐が、俺の体を支えるように手を差し伸べる。


「ああ。ありがと」

「いや……。それより、大丈夫か? フラついたりしないか?」

「うん、大丈夫みたいだ。問題ない」


 頭を打った後なので自分でも心配だったが足下はしっかりしている。

 これなら充分、登壁もこなせそうだ。

 水筒の水で濡らしたタオルで、可憐が俺の顔を拭いてくれた。

 タオルが血で赤く汚れていく。


「念のため、もう少し休みますか、パパ?」

「いや、また変なのに襲われても厄介だし、とっとと登っちまおう」


 MPの残量はよく解らないが、リリスを全開で使った後だ。楽観はできない。

 リリスを肩に乗せて出発の準備を整える。


「パパ、絶対に落ちないで下さいよ?」

「解ってる」

「いくらメアリーでも、落ちて即死されたら治せませんからね」

「解ってるって」

「絶対ですよ? 絶対落ちちゃダメですからね?」

「……あんまり念を押されると、なんかフラグっぽくなるから止めてくれ」


 可憐を先頭に、細い足場を頼りに三人で壁を上り始める。

 足場は確かに狭いが、壁自体が全体的に奥へ傾斜しているので、踏み外しさえしなければ落ちる心配はなさそうだ。

 全員、壁の方を向きながら横歩きでゆっくりと進む。


「さっきは、ありがとう」と、先を行く可憐がこちらを向いて話しかける。

「さっき?……って、グールの?」

「ああ。紬が来なければ私があの爪にやられていたかも知れない」

「いや……お礼を言うのはこっちだよ。可憐がきっちり芯核コアを叩いてくれたお陰で倒せたんだからな。ありがとう」


 可憐の後に続いていたメアリーもこちらを見上げて口を開く。


「メアリーからも、一応お礼を言っておきますよ。パパだけは無様にやられちゃいましたけど、チームメアリーとしてはパパの作戦のお陰で勝利できましたので」

「今の台詞に、俺だけやられたって部分は無理に入れなくてもいいだろ……」


 と言うか、何だ? そのチーム名は?


「だんだん……高くなってきたね……」と、下を見ながらリリスが呟く。

「どうだろうな……」


 俺もチラリと視線を落とす。

 念のため、松明は可憐が持っているが、既にその明かりでは地面が見えない位置まで登ってきている。


「リリスは、下まで見えるのか?」

「そうね。人間に比べれば夜目は利くから……」


 今はまだ高さ五メートル程度だろうが、見上げる五メートルと見下ろす五メートルでは、脅威が段違いだ。

 別に高所恐怖症というわけではないが、下まで見えない分いくらか恐怖心が和らいでいるのは確かだろう。


「結構、高くなってきたね……」と、またリリスが下を見ながら呟く。

「恐いならもう見るなよ」


 頂上まで残り三メートルほどの所で足場が終わる。


「ここで行き止まりだが……この後はどうするんだ?」


 可憐が振り返ってメアリーに訊ねる。


「おかしいですね……最後は縄梯子なわばしごで上ると聞いていたのですが……」

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