トランスジェンダーの性別変更の取消を家裁が認めたニュースが話題を集めています。
性別変更の取消が出来たことは喜ばしいことだと思いますが、いくつかの懸念も感じました。
そのひとつは「医師の誤診」です。で、くれぐれも断っておきたいのですが、私はここで「医師の誤診」を批判したいのではない、ということです。
いや、むしろ逆です。それは「誤診」なのか?ということです。「性同一性障害」の「診断」と言うけれど、実態はどういうものであるのか、と同時に「診断」の難しさにも関わることなので、今から述べる事は多くの人に知って欲しいのです。
実は、このニュース、昨年、10月にも話題になりました。
(※朝日デジタルでは有料記事なので、画像を載せておきます)
ややこしいのですが、10月の記事では当事者が二人登場します。いずれも自己判断で先にオペを済まし、診断を後回しにしていますね。
実はクロスホルモンを自己判断で行い、実費で性適合手術を受け、ジェンダーの生活様式も完全に逆転させてしまった後に「診断」を受けて、戸籍変更までの公的手続きを一気に済ませてしまうトランスジェンダーが一定数存在しています。
かく言う私もそうでした。全てのトランスジェンダーがそうではなく、これは一部のトランスジェンダー、特にMtFにはよく見られる性別変更までのシークエンスです。
なぜこういうことが起こるのか?(※1)説明は後回しにしますが、問題は、問題はですね、現実にトランスを完了してしまったトランスジェンダーが診断を求めてクリニックにやって来た時、医師はこのトランスジェンダーの望みを拒否することがとても難しい、ということです。
ポストオペのトランスジェンダーがクリニックに来て「性変するから、診断書を書いて欲しい」と申し出た時、精神科の医師はもうどうすることも出来ない、もし、そうなったら「診断書を書いて渡す」ぐらいしか、医師には出来ることがないのです。
この時、医師がしている仕事は「診断」というより、トランスジェンダーの法的手続きのために必要な書類を作成し、発行する「司法書士」のような役目です。
そして、ほとんどの医師はそうしてくれていることでしょう。私は「それでいい」と思います。しかし、しかしですね、…これは「診断」でしょうか。
「トランスを完了したトランスジェンダー」を精神科医は「診断」出来るのでしょうか…。出来るとしても、それは一体、どういうものになるのでしょう?
「性同一性障害の診断」とは何なのか
一般に「性同一性障害の診断」というと、対象者が本当に性同一性障害かどうかを診断するものだと考えられています。しかし、現実には性同一性障害であるトランスジェンダーというのは、トランスジェンダーのうちの、ほんの、本当にほんのごく少数であり、それ以外の多くの、ほとんどと言っていいトランスジェンダーはいわゆる「性同一性障害」ではないはずです。はい。
「性同一性障害のパターン」に合致するトランスジェンダーは一部の人たちであって、多くのトランスジェンダーは、それ以外の様々な要因、動機からトランスをチョイスした人たちです。
ここに様々な誤解と問題があるのですが、長くなるので述べません。実際にはいわゆる「性自認」と「トランス」は関係ある人もいれば、関係ない人もいて、トランスジェンダーたちは全く無秩序で自由にトランスしています。それがトランスジェンダーだと言えば、トランスジェンダーなんで、ごちゃごちゃ理屈を述べても仕方ないんです。人は色んな理由で性別を変えることを思い立ち、実行に移すわけです。
難しい話はまあいいのですが、ここで大事なこととして覚えておいて欲しいのが、性同一性障害の診断を受けるトランスジェンダーの人たちの全てが必ず性同一性障害ではない、ということです。色んな人がいる、ということです。
そして、性同一性障害のパターンに合致しなくても、性同一性障害の診断はおりるのです。ここが「おや?」と思うところですよね。ですよね。
現実には性同一性障害の典型ばかりではなく、様々なパターンのトランスジェンダーが診断を受けています。
じゃあ、「診断」で何を診ているのか?ということですが、これは医師によって様々な答えが予想されます。しかし、妥当な見解としてあげられるとしたら「性別移行への適性」だ、というので反論はないでしょう。
言い方を変えると、例え性同一性障害の典型だったとしても、トランスジェンダーとして未熟であり、性別移行について適応力や生活力がないと判断されれば、医師によってストップがかけられる、というわけです。
医療過程において医師に期待されているのは、自分を見失っていたり、自分を誤解しているトランスジェンダー予備軍に「ブレーキをかける」ことです。もちろん「嫌がらせ」ではなく(笑)、本人に後悔して欲しくないからすることですね。
でも、これは、これからトランスを始めよう、あるいは今まさにトランスしようとしています!という人に対して有効な手段です。
すっかりトランスが完了してしまったトランスジェンダーに対して医師は何か出来ることがあるでしょうか。このようなトランスジェンダーは、もうブレーキをかけられる時期を過ぎてしまっています。それに、既成事実としてトランス後の生活が「現に今ある」のだから、もはや「適性を診る」も何もありません。どーすることも出来ないはず、なんですよ。
トランスを完了してしまったトランスジェンダーに対して医師は無力な存在です。何も出来ることがないです。仮にこのトランスジェンダーが未熟だったとしても「あなたは性同一性障害ではないようだから、診断書は書けません」などと拒否出来るでしょうか。私はとても難しいと思います。今までは…。
さて、本件です。
「変更したけど、間違いだった」とするための「根拠」が必要です。ですから、医師が自ら「誤診」であったことを認める意見書を提出したことは評価のポイントですし、善後策として唯一的で妥当な方法だったでしょう。
しかし、今後も「間違えた」ら、医師に「誤診」の意見書を書かせるつもりでしょうか。ちょっと酷な気がします。
先述したように「性同一性障害の診断」というのは、実際に性同一性障害かどうか?を判定するというより、トランスジェンダーとしての生活力や能力を評価するようなものです。自己判断でオペまで行ってしまったトランスジェンダーにブレーキをかけたり、ストップさせる能力は医師にはありませんし、その責任まで医師が負うのは「求め過ぎ」ではないでしょうか。
トランス後のトラブルの度に医師が「誤診」の意見書を書かねばならないようなら、怖くて診断なんて出来なくなってしまいます。
どうしたらいいか?
医師に始末書めいた書類を書かせるのではなく、性変後、数年の猶予を設け、その間だけ「再診」と戸籍変更の差戻、「訂正」が出来るような制度を望みます。
「誤診」ではなく、「再診断」したら「状況が変わっていた」。だから「性変したけど訂正したい」という形にします。「誤診」にしないことがポイントです。「誤診」では医師に責任があったかのような印象を世間に与えてしまいます。そもそもジェンダー・アイデンティティの判定なんて、そんなことはどんな医師にでも不可能であって、実態はそんなことをしているわけではないのですから。これはいくらなんでもない。医師が可哀想です。
それに、こんなことが続けば、トラブル回避のバイアスが医師にかかります。そうなると、診断基準のハードルは上がってしまいます。
つまりどういうことが起こるかというと、トラブルを起こしそうなトランスジェンダーを医師は避けるようになる、ということです。あるいは、今まではトランスを完了させてクリニックに行けば診断書は確実におりたが、今後は、おりなくなるかもしれません。例えば、本当に医師が性同一性障害の診断を始めたら(とてもバカバカしい話だと思いますが)、診断がおりるのはトランスジェンダーの中のごく一部のエリートGIDの人たちだけ、になりますね。
診断基準のハードルが上がって困るのは、私たちトランスジェンダーです。
(まあ、これは大げさな話ですが。判りやすいので、大げさな表現なのです)
もともと日本のガイドラインや、性変のための制度は、かつて性適合手術(性転換手術)を行った医師に有罪判決が出てしまったがためのものです。
トランスジェンダーを診ても違法にならないこと、つまり医師が安心してトランスジェンダーへの医療行為にあたれること、と同時に望む医療をトランスジェンダーが受けられること。それが、日本のガイドラインや、制度のコンセプトの良いとこなんですよ。
制度には様々な人たちが関わっていますね。そのうちのどこか1極に重責が集中しない、関わる人々が安心して関われる制度が望ましいと思います。
※1 診断過程をすっ飛ばすトランスジェンダー
あるトランスジェンダーにとって、何度もクリニックに通わねばならない「診断過程」は、ただひたすら時間とお金、労力の無駄でしかないのですね(これはあくまで一部の人たちに限った話です)。
一部のトランスジェンダーは自分がすべきことをよく判っています。今、何が自分に足りなくて、どうするべきなのか。よく判っているのです。それで、トランスを完了させてしまってからクリニックに行くのです。「診断」はあっと言う間におりますし、家裁での戸籍変更手続きも、形式的な役所の手続きと何ら変わりありません。とにかく「早い」し、それだけ費用も「安くすむ」のです。トランス過程を早く終えてしまうメリットは他にもあります。見た目と戸籍上の性別が逆転していたら、生活上のトラブルに見舞われます。トランス過程を早く済ませるということは、こうしたトラブルによって自分が傷つく可能性を早めに排除するということです。そして早めに本来自分がやりたいこと、夢に没頭出来るわけです。いつまでも「性別ガー」とか言ってられませんからね。普通の人と同じように何某かの仕事に従事し、何者かになりたいわけです。
これをいちからママやパパに相談して、んで、クリニックに通って、クロスホルモンをするにも先生の紹介状をもらうなどしていたら、自分の夢はおろか、トランスが完了するのに一体何年かかるか判ったものではありません! お金もかかるし、時間もかかる。その間中、ずっと傷つくリスクを抱えながら過ごすわけです。あり得ない。
これが学生だと事態はもっと切迫したものになります。多くの学生のトランスジェンダーは卒業するか、就活を始める前までには性変を完了したいと考えるでしょう。当たり前です。中途半端なトランスジェンダーの状態は、就活にとても不利だからです。いや「不利」というか、ほとんど「無理ゲー」です。MtFは特にそうです。LGBT市場とか、LGBTにフレンドリーな企業とか昨今LGBTブームと言って良いのですが、現実はそんなものではありません。想像してみて下さい。あなたが面接官だとして、目の間に座った人がホルモンも、オペもやってない、戸籍も変えてない、ただの女装した男性だったとしたら、どうしますか? あるいはもう少しマシだったとしたらどうですか? それは一体どれくらいマシだったとしたら、彼を女性だと感じられるでしょうか。まあ、あり得ない話です。
就活か、卒業までにトランスを完了しようとする十代のトランスジェンダーの多くは、面接官の前でも、書類上でも、自分がトランスジェンダーであることの痕跡を一切残さないで、そこを突破しようと考えるでしょう。現実問題、それは間違ってない判断です。
トランスのモラトリアムな時期をゆっくり、安心して過ごせないことが、大きな、長い目で見て、トランスジェンダーにとって良いことなのか、どうなのかはともかく(良くはないですよね…)、日本の社会はトランスジェンダーにモラトリアムを許していないのです。それが現実です。本件もトランスジェンダーの自己責任や、「医師の誤診」というより、それ以前にトランスジェンダーに中途半端な状態、モラトリアムな時期を許さない社会の問題もきっとあるでしょう。
クリニックに足繁く通う診断過程、モラトリアムな時期をすっ飛ばして、一気にトランスを進めるトランスジェンダーがいるということは、真面目にやっていたら、とても生きて行けない現実があるからなんですね(だから、診断過程に対してチートなトランスジェンダーがいたとしても、無暗に批判しないであげて下さい。生き抜くためにしていることです)。