スーザン・ソンタグによるハンナ・シグラのインタビュー 「不完全な嵐(ファスビンダーについて)」
(2003年)

The Imperfect Storm BY SUSAN SONTAG
Village Voice
FEBRUARY 25, 2003
http://www.villagevoice.com/film/the-imperfect-storm-6411299

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー組をもっとも象徴する俳優であるハンナ・シグラが出演したファスビンダー作品は、12本を下らない。女優ハンナ・シグラが、自身のキャリアやファスビンダーについて、作家であり批評家であり長年にわたりファスビンダーのファンであるスーザン・ソンタグと語った。

ソンタグ: ファスビンダーの映画を見直すのは、いつだって楽しいわ。毎回、ちょっと違うふうに感じるから。昨日『マリア・ブラウンの結婚』を見たときは、前見たときよりずっと笑える映画だと思った。わたしの記憶の中では、ドイツの「経済の奇跡」(西ドイツで第二次大戦後に起きた経済復興の通称)のすべて—浅ましさ、勇気、狡猾、皮肉—を、あなたの演じる主人公が代弁した、痛ましい寓話だった。それが昨日は、それと同時に本当におかしみがあって、ほとんどボードヴィル的だと思ったの。

シグラ: いつだって彼には一片のユーモアがあったわ。とても残酷なメッセージを突きつけるときさえも。

ソンタグ: 演じた中では、どの役が一番のお気に入り?

シグラ: 彼の映画で? 好きな役は、どれもわたしがやった役じゃないわ。『不安と魂』の老女(ブリジット・ミラ演じる)は大好き。『ベルリン・アレクサンダー広場』のミーツェも好き。

ソンタグ: バルバラ・スコヴァが演じた役ね。彼女は完全な犠牲者よね、そう思わない?

シグラ: 誰もを愛せる、自らの心の広さの犠牲者ね。

ソンタグ: 『ベルリン・アレクサンダー広場』は、わたしにとっても大きな影響を、倫理的な影響を与えたわ。街で浮浪者とすれ違うとき、彼はひょっとしてフランツ・ビーバーコップかもしれないって、いつも思うようになった。あの映画はわたしの人を見る目を変えたの。もはや「彼らは、わたしが知ってきた人たちとは違う」とは、言えなくなった。

シグラ: わたしはよく、彼らはどんな子供だったのだろうって考える。

ソンタグ: この主人公に共感するのは、とくに女からすると難しいわよね。女性にとんでもない暴力をふるうんだから。だけど見ようによっては、断罪できない。彼がどれだけ苦しんで、傷つきやすいかを、わたしたちは見るから。ファスビンダーの映画では、普通は共感できない人物に共感させられる。彼の映画の多くが持っている深みよね。例えば『何故R氏は発作的に人を殺したか?』も……。

シグラ: ちなみに、その映画は彼の作品じゃないわ。

ソンタグ: どういうこと?

シグラ: アイディアは彼のだけど、作ったのは彼のアシスタント。ほとんど完全に即興で演じられてるけど、彼は決してそういう作り方はしなかった。

ソンタグ: そうなったのは、途中で興味を失ったから? それとも別の仕事が入ったとか?

シグラ: 仲間にチャンスを与えたかったからかもね。あれはアシスタントのミハエル・フェングラーが作ったの。当初はメンバーそれぞれが、もっと何かをやってくれるんじゃないかって、期待があったのよ……ウォーホルのファクトリーみたいに、みんなが自ら関わる感じで。でも、彼の創造力はずば抜けていたから、誰も並び立てなかった。

ソンタグ: ファスビンダーの、特に深みのある作品は、きっちり構成されて整っているわよね。『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』もそう。映画の舞台はたった1つの空間で、でもあんなに多様な撮影方法を駆使するなんて、離れ業よね。たくさんリハーサルしたんでしょ?

シグラ: あの映画がもっとも短期間で撮られた映画だったわ。10日間で終わり。

ソンタグ: カメラ1台で?

シグラ: 1台。わたしが知る限り、彼は2台で撮った事はないと思う。撮影前に頭の中ですべて決めているから、だから、それぐらい早く撮れるのよ。

ソンタグ: 『ペトラ・フォン・カント』は戯曲として書かれたんでしょ?

シグラ: 戯曲として書かれたけど、映画として作られたわ。

ソンタグ: 撮影前に最終台本をもらっていたの?

シグラ: いいえ。彼との仕事では、すべて教えてもらえて、準備出来るというふうではないの。現場に来て、自分が出るシーンのページをもらって、ただ演ずるの。初めから彼は逆の事をしたがったわ……舞台用のものを別のメディアに使うとか、舞台では映画のようなタイミングで演ずることを命じたり。彼が演劇からスタートしたのは映画を作る手段がなくて、映画学校にも受からなかったからよ。才能がないせいで、2度受験しても入れなかったの。挫折した人たちを励ますために、今の話をしたんだけどね……。
『ベルリン・アレクサンダー広場』の話に戻ると、ライナー(ファスビンダー)は3人の主要人物を1人の人間のように感じるって、言ってたわ。ビーバコップはいつも災難に遭うけど、最後は報われると信じきっているし、ラインホルトはすごく破滅的だけど、どうしてだか自覚がないし、ミーツェは誰をも愛せるけど、なぜという理由は全くないの。

ソンタグ: ファスビンダーがビーバコップを演じたかったっていうのは、本当?

シグラ: 彼はラインホルトをやりたかったのよ。

ソンタグ: 彼がやりたかったのはビーバコップだって、わたしは幾度も聞いたんだけど。ギュンター・ランプレヒトが素晴らしく演じたわよね。

シグラ: ランプレヒトはちょっとライナーに似ていた。ライナーは、同性愛者であることで悩んでいた思春期に、この小説によって人生を救われたと言っていたわ。わたしには完全には理解することができなかったけど、動機も目的もない愛が理想だってことを、発見したんだっていうの。どんな愛にも理由があって、どんな友情も取引のひとつの形で目的があるって思っているわたしには、理解できないけど。彼は誰かに利用されるのをすごく恐れていた。自分は人を利用することが多かったし、そんな人間関係にいつも陥っていたのに。彼は理解を超えるものを探していて、この2人の登場人物にそれを見つけたの。

ソンタグ: わたしが大好きな彼のまた別の映画、『13回の新月のある年に』も動機のない感情と愛情の話よね。これらの映画を、もう一度見たいと思う? それとも、もう見たくない?

シグラ: あの映画は好きじゃないの……。

ソンタグ: 一般論として、自分が出た映画をもう一度見たい?

シグラ: いくつかはね。

ソンタグ: 不思議な気分がするでしょうね。ビュル・オジエがリベットの『狂気の愛』を25年ぶりに見たときに一緒だったんだけど、とても恥ずかしかったって言っていたわ。「ああ、あの頃は若かった」で済まないって。想像するに、自分の頭のなかにしまい込んだ記憶は記憶として、それを実際に見るのはとても複雑な気分なのかしら。

シグラ: わたしは逆ね。わたしは撮影後にはじめて映画を見るときのほうが、恥ずかしいわ。

ソンタグ: 時間が経った今は楽なの?

シグラ: もう落ち葉みたいなもの。地面から拾い上げて眺めるだけ。

ソンタグ: タル・ベーラとは知り合いなんだけど、あなたが彼の映画に出たのは嬉しかったわ。良い体験だった? 彼は素晴らしい体験だったって言ってたけど。

シグラ: ヴェルクマイスター・ハーモニーが?

ソンタグ: ううん、あなたとの仕事が。

シグラ: それはとてもおかしいわね。

ソンタグ: 素晴らしくなかったから?

シグラ: いえ、いえ、そうじゃないの。わたしは『サタン・タンゴ』に魅了されたの。ついに、ここに、あらゆる幻想から解放された映画監督が生まれたって思ったの……実際にかかる時間をかけて事が起こり、ただ見るだけで観客は多くを発見する。わたしは彼に手紙を書いたのよ、「わたしのような人が必要なときがあったら、いつでも声をかけて下さい」ってね。そうしたら彼はわたしを呼んだ。それでわたしは撮影に行き、そしてがっかりしたの。だってこのことを話すとなると、彼について言いたくない事を言わなければならないから。あなたはたぶん、彼が好きなんでしょ……?

ソンタグ: この映画は『サタン・タンゴ』ほど好きじゃないわ。

シグラ: ううん、わたしは作品について話してるんじゃないの。

ソンタグ: あなたの役は映画の中に隠れていた。映画の初めのほうで、あなたは屋外にいて、薄暗くて、「あら、彼女はどこにいるの?」って思った。あなたの役は、あるべき形でそこにいるように思えなかった。

シグラ: そういう事でもなくって。彼は人生をあるがままに受け止める人だと、わたしは想像してたの。だけど、彼は繰り返し繰り返し撮影して、しかもワンショットが6、7、8分あるからフィルムすべてが無駄になるうえに、みんなとてもひどい給料で働かされてた。一切は彼の強迫観念のためにあって、映画に関わる人たちのためには何もない。みんなものすごく一生懸命働くのにね。あれだけの精密なタイミングを映画で実現したいなら、なにものも邪魔をしない瞬間を選ばないとならないし、カメラがこっちを向くときに何か小さな事がうまくいかないとしたら、それで終わり……。彼は完璧主義者で、わたしはそれに興味がないの。

ソンタグ: 一方でファスビンダーが『ペトラ・フォン・カント』みたいな、モーツァルト的完璧さを持った映画を10日間で撮れると聞くのは、不思議な気がするわ。あの映画の見た目は、彼の他の作品とも違う。だけどあなたが言うには、あれをファスビンダーはほとんどその場で生み出したのね。もちろん、彼のやりたいことを理解できる役者を使ってでしょうけど。

シグラ: ファスビンダーは完璧主義じゃなかった。

ソンタグ: だけど彼は完璧なものを作れた。

シグラ: それは彼がただ自分の本能にのみ従ったからよ。疑いが挟む余地を与えなかった。それに、彼は生き急いでいた。彼の中の何かがいつも彼を突き動かして、一つを終わらせては、次へ向かわせてた。彼は完璧に興味を持たなかった。化学反応がおきる状況を作り、そこで生まれたことをただ受け入れた。同じようなことをやろうとしている人は、これを覚えとくといいわ……何か書くときは、言いたいことを言う流れを中断してはだめなのよ。疑いを挟んだり、それを出てきたままよりも良く見せようとしたりしてね。彼からわたしが教わった、一番のことよ。

ソンタグ: だけど彼は自分がやってることを理解してくれる人々に囲まれていた。ベルイマンやファスビンダーやマイク・リーみたいに、同じ俳優たちと映画を作り続ける監督がいて、結果として観客にとても深い体験をもたらす映画を作る。映画の魔法の一つだと思うわ。

シグラ: 「ローラでのあなたの演技は素晴らしかった」ってたびたび言われるのが、おかしくて仕方ないの。いままで何人の人に言われたかしら。あれはわたしじゃなくてバルバラ・スコヴァなのにね。すべてが一人の女性で象徴されるのよ。アルモドバルも、複数の俳優を使って同じ事をしているわ。

ソンタグ: そうね。気質はとても違うけど、彼はおそらくファスビンダーにもっとも近い映画監督ね。

シグラ: 彼がまだ有名になる前、あるときわたしに話しかけてきて、こう言ったの。「自己紹介していいですか? わたしはスペインのファスビンダーです」

ソンタグ: 冗談でもあったんでしょうけど、本当でもあったんでしょうね。そう言っていいか分からないけど、彼はファスビンダーに影響を受けたんでしょうし、すべてについての映画を作って、次またもう一本それを作るのよね。

シグラ: それに、彼の映画はどんどん深くなっているわ。

ソンタグ: 彼はずいぶん変わったわよね。ファスビンダーは初めから良かったけど。それを憶えているのはね、訳があるのよ。リチャード・ラウドとエイモス・フォーゲルがニューヨーク映画祭のすべてを決めていた時代、わたしは非公式のアドバイザーだったの。リチャードとミュンヘンに行って、『愛は死より冷たい』を見て、彼に言ったのよ。「これは素晴らしいわ、招待なさい」って。そしたら「ゴダールみたいじゃないか」って言うから「そんなことないわ」って返したわ。ジャンプカットのせいかしらね。

シグラ: 彼はゴダールの影響を受けたわ。

ソンタグ: そうね、でもそのときから何かがあったわ。とにかく、わたしの意見は通らなかった。それからというもの、時々からかったものよ。「ファスビンダーの最初の映画をセレクトした最初の映画祭になれたのにね」って。でもそれ以降は、事実上すべての映画を招待したわ。
ねぇ、これからはどうするつもり? もっと映画に出るつもり?

シグラ: ゆっくりとだけど、またやりたくなっているわ。もう10年間、映画から離れてる。待たないとならないのよ。すぐに自分をのめり込ませることができないから。

ソンタグ: 正しい人に手紙を書かないとね。

シグラ: そうかもね。わたしに合いそうな映画監督はいるかしら?

ソンタグ: 住所を教えて。思いついたら連絡するから。あなたのやった仕事を思えば、もう大切なこと以外はやりたくないわよね。

シグラ: 何かを望めば、どこかの時点でそれはやって来るって、人生を観てきて思うわ。もう撮影に行かないでいいのは、とてもありがたいって、長いこと思ってた。あんなことは時間の無駄だって思ったの。でも今はまた、何かやりたいって思ってる。もっとも素晴らしいことは後になってからやって来るって、いつも感じてたのよ。

(終わり)