住友商事社長が語る、これからの「商社」のあり方

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「商社には、そろそろ別の形容詞が必要です」

商社はモノを仲介するだけのブローカー──。そう呼ばれた時代と決別するかのように、住友商事の中村邦晴は力強く言い切った。

2015年3月期、住商は資源価格下落の影響で巨額の減損を出して、16年ぶりの赤字転落となった。そこから見事に回復して、18年3月期は純利益2800億円と過去最高益を見込む。今回の復活劇は資源価格が戻ってきたことが大きいといわれる。ただ、そこだけに注目すると本質的な変化を見逃してしまう。

「利益には、資産を売ることで得られる一過性の利益と、日々の積み重ねで得られる利益の2つがあります。会社を継続的かつ安定的に成長させるには、後者の”稼ぐ力”が大事。それがここにきて身についてきた」

稼ぐ力の一つが、利益の約3割を稼ぐ生活・メディア関連セグメント(18年3月期見通し)。特にケーブルテレビ事業のJ:COMは貢献が大きい。

いまさらケーブルテレビと軽視してはいけない。J:COMの契約数は534万世帯。1世帯2人とすると、1000万人以上とアクセスできる─大プラットフォームだ。J:COMはこれを活用して、インターネットや固定電話のほか、15年にモバイル、16年に電力、17年にガスと、多角的にサービスを展開。住商はこのプラットフォームを活用し、今後は保険やヘルスケアなど、さらにサービスを拡充していきたいと考えている。

「これまで商社は、金属なら金属、輸送機なら輸送機といった担当部門の縦割りが普通でした。しかし、J:COMで電力を売り始めたように今後は境目がなくなっていく。さまざまな事業が掛け合わさってビジネスが広がっていくとき、プラットフォームがあるのは大きな強みです」

社長就任前には「再発見」があった。住友といえば「浮利を追わず」などの事業精神が有名だが、中村は「住商とは何か」を問い続けていくうちに、「自利利他公私一如」というフレーズを見つけた。昔から住友に伝わる言葉だが、なぜか住商社員たちにはあまり知られていない。人の利益、公共の利益になる事業をするという考え方だ。中村は就任直後からこの言葉を好んで引用した。

「住友がなぜ400年続いてきたのか。それは会社だけでなく、従業員、パートナー、社会や国家などすべてのステークホルダーに真摯に向き合ってきたから。私たちが社会を支えようという姿勢でいたら、しんどいときに逆に社会から支えてもらって事業を続けていくことができたのです」

実はプエルトリコに駐在して自動車販売会社の社長を務めていたころにこんな体験をしている。地域に何か還元できないかとディーラーと相談して、車が一台売れるごとに地元の精神障害者支援施設へ数ドルの寄付をした。

「非常に喜んでくださり、これが企業の責任だと感じました。ただ、寄付の額は事業のスケールに比べればずっと小さい。ならば事業そのものが社会に貢献するものであればいいと考えるようになりました」

そうした思いもあって17年4月にマテリアリティを定めた。マテリアリティとは、最優先で取り組むべき社会課題。「地球環境との共生」「地域と産業の発展への貢献」など6つのテーマが設定された。

もともと住商はこれらのテーマを意識してきた。例えばマダガスカルのニッケル事業は、同国にとっても非常に大きなプロジェクトで、製品の輸出額はマダガスカル輸出総額の2割強を占め、多くの雇用も生みだした。森の中に住むマダガスカル固有のキツネザルが開発により分断された森林間を行き来できるよう、道路の上に木枝を渡して専用の橋をつくった。

鉱山は約30年で閉山するが、将来にわたる持続的な発展を見すえて、従業員への技術指導や地域住民への農業訓練等を実施している。

「マテリアリティ策定は、これまで大事にしてきた価値観を改めてわかりやすく明文化した形だ。もちろんお題目で終わらせるつもりはない。

稟議のプロセスは、最初にマテリアリティに合致しているかどうかを問うことにしました。第一関門を突破できない案件は、どんなに利益が出る事業でもやりません」

中村の任期は残りわずかだが、視線は未来を向いている。

「過去最高益を見込んで定量的な面は実を結んだといえるかもしれません。しかし、定性的なものが浸透して花開くのは、まだこれから。種まきをしっかりと続けて、次にバトンタッチしていきます」

なかむら・くにはる◎1950年大阪生まれ。大阪大学卒業後、74年住友商事入社。自動車部門でアメリカ、プエルトリコに駐在。2007年常務執行役員経営企画部長、09年専務執行役員資源・化学品事業部門長、12年取締役副社長に就任。同年6月から現職。