「書く」ことに求める目的の違い
はあちゅう 宇野さんの新刊『母性のディストピア』って、500ページ以上、40万字近くありますよね。エネルギー量ありすぎですよ。私は本1冊ぶんの体裁にするために、いつもがんばって文字数を延ばしているんですけど、どうしたら筆が止まらずに書けるんですか。
宇野常寛(以下、宇野) はあちゅうさんはきっと、書くこと自体が目的なんじゃなくて、何かのために書いてるでしょ。僕は書いてること自体が目的になってる。自分の幸せのために書いてる。だから筆が止まらない。
はあちゅう 私、いま過渡期なんですよ。ずっと本を書くことにこだわってたんですけど、最近それ以外の発信方法を探りたいなって。昔からの、作家になりたいって夢から離脱するのは諦めたみたいでいやなんですけど……。
宇野 ぜんぜん悪いことじゃないんじゃない? 僕なんて、本を書きたいという気持ちは昔からあったけど、ラジオでしゃべりたいなんて、ここ数年芽生えた欲望ですよ。仕事をやっていくうちに向いてるなと発見した仕事も一杯あったから、戸惑うようなことでもないと思うけど。
はあちゅうさんの小説も読ませてもらいましたけど、僕、はあちゅうさんは小説が書きたいんじゃなくて、今までの人生で出会った人や起こった出来事を、自分の中で再構成して人に伝えたいんだなって思いました。人間って、どこまで行っても体験を共有できないから、虚構を経由させないと共有できるものにならない。はあちゅうさんはこれまでの人生で経験した人間同士の関係のあり方、みたいなものを伝えたいんだろうなと。だから小説という表現にはこだわらなくてもいいかもしれないですね。
はあちゅう そうかもしれません。私は自分の人生をコンテンツ化したいし、自分の感情みたいなものを人に再体験してほしいのかも。究極的には「わかってほしい」。宇野さんみたいに、好きで好きで書いてるというよりは、苦しいけどこれを書かなくてはいけない気がするみたいな感じです、小説は。ただ、去年まではいくつか運営してたオンラインサロンが固定収入だったので、小説みたいに「死ぬほど時間がかかるけど、あんまりお金にならない」こともできたんですけど。
宇野 オンラインサロン、今はやってないんだ。
はあちゅう 宇野さんはやってなかったでしたっけ?
宇野 ええ。でも今年はやってみたいです。ニコニコ動画に「PLANETSチャンネル」を開設していて、その会員が何千人かいるから、会員ビジネスにはなっているんですけど、オンラインサロンみたいに直接的なコミュニケーションを売ってるわけじゃない。一緒に何か価値を作っていこう、みたいなメディアがあってもいいのかも、とは思うんですけど。
オンラインサロンで自分を切り売りしてはいけない
はあちゅう ここ数年でオンラインサロンは変化してますね。私が最初にはじめた頃は、遠くに住んでいる人もネットで集まれること自体が価値だったんです。でも今の、たとえば幻冬舎の箕輪厚介さんのサロンは、リアルなセミナーがあるから会員がつながってる。堀江貴文さんのサロンも絶好調で、プロジェクトをすごくたくさん動かしてるんです。これからはこういう、イベントやプロジェクトの補完的な立ち位置のオンラインサロンが流行るだろうと思います。
宇野 僕はどうしても、動画やテキストといったコンテンツを売る方向に行っちゃうんですよね。ものをつくるのが好きだから。僕との会話よりも僕のつくったものに触れてほしくて。
はあちゅう それ、私と同じタイプです。でもそれをやっちゃうと、色んなところにコンテンツを掃き出さなきゃいけない。「自分の時間の切り売り」になっちゃいませんか。私がオンラインサロンをやめた理由は、これ以上自分の時間を切り売りしないでおこうと思ったから。私がやっていたのは草創期のオンラインサロンだったこともあって、会員の意識が、能動的にプロジェクトを立ち上げようというよりは、サロンオーナーから何かコンテンツを提供してもらうことを期待する「お客さん」も多く入っていたんです。だから私も面倒を見ようとして、時間を使っちゃう。でも、箕輪さんや堀江さんのサロンって、彼ら自身があまりコンテンツを投稿しない。時間を切り売りしてない。メンバーが勝手にコンテンツを投稿してくれてるんです。
宇野 それは理想だよね。PLANETSみたいな独立系のメディアをある意味ハックして自分がやりたいことをやるとか、おもしろいコンテンツを作るっていう野心を抱いた若い人たちが集ってくれたら、一番いい。ただ、正直言うと、僕はWEBマガジンをやりたくてお金を集めたいんです。その資金でスタッフを増やしたい。
はあちゅう じゃあ、クラウドファンディングのほうがいいのかな?
宇野 ただ、WEBマガジンはランニング(運営)のための資金が必要だから、やっぱりオンラインサロンがいいかな。イニシャルに何百万円あるのは確かに嬉しいけど、そんなの最悪僕が貯金を切り崩して出せばいいわけで、ランニングのほうが難しい。あと、PLANETSはやっぱり広報や営業が弱いから、拡散力が欲しいってのもある。
はあちゅう それだったらオンラインサロンのほうがいいかも。リアルタイムで動けるのが、クラウドファンディングにはない魅力ですからね。これ拡散しよう、みたいなのを呼びかけて一気にやるとか、そういうのは向いてます。
宇野 しかし、そんなに大きい収益源のオンラインサロンを捨てる勇気って、すごいですね。
はあちゅう 捨てたほうが新しいものが入ってくるんじゃないかって。
宇野 僕だったら、そのへんウジウジしちゃうかなあ。あまり身の残ってない鶏のアバラを、しつこくしゃぶっちゃう人間なので(笑)。
はあちゅう 私もしゃぶっちゃうほうの人間ですけど、『「自分」を仕事にする生き方』って本を書いたのに、まだまだ私、手を動かして仕事しちゃってんじゃんって、自分ツッコミが入っちゃって。机に向かってカタカタしてる「ザ・仕事」みたいな時間がまだまだ多いんですよね。これをもっと、仕事だか趣味だかわかんない感じにしていきたいんです。
宇野 ああ、それすごくいいと思う。って上から目線だけど(笑)。
はあちゅう 「ザ・仕事」をしてる時間をもっとなくしたいって思ったからこそ、オンラインサロンもテレビ出演もやめました。5年後に行き着く場所が見えないことをやりたいなと思ったんです。もしテレビ出演を増やしていったら、5年後は「なんとなく中途半端な文化人」になってる。じゃあ「オンラインサロンの女神」になりたいかっていったら、それも違う。自分すら予想もつかない場所に自分を置いてみたいなと思った時に、とりあえず今持ってるものを色々全部捨ててみようって。
自分の人生を見せることがネット時代の作家の雛型
宇野 それで言うと、さっき、「お前なんてどうせイケハヤ(イケダハヤト)やはあちゅうの仲間なんだろ」って言われた話をしたじゃないですか。でもイケハヤさんとはあちゅうさんって結構違うと思うんですよ。イケハヤさんに対するみんなの嫌いかたって、イケハヤほど思い切ったことができないとか、ぶっ飛んだことができないことから生まれる「ひがみ」。でも、はあちゅうさんに対する嫌い方は、「自分たちでもできそうなんだけど、はあちゅうほどはうまくできない」というコンプレックス。だから世間一般のバカどものはあちゅう観は「うまくやってるやつ」。
はあちゅう 特別な能力がないのにうまくやってる、みたいな。
宇野 でも、今のはあちゅうさんはオンラインサロンをやめて、テレビ出演をやめて、もっと自分のやりたいことだけでお金を生むにはどうしたらいいかを考えてる。要は、自分の人生をそのものを実験にして、しかもその実験結果を売ろうとしてるわけじゃない。まさに、自分の人生のコンテンツ化。
はあちゅう そうですね。
宇野 でね、これって結構、イケハヤさんに近づいてると思うんだよね。イケハヤさんも自分の人生を実験にして、その結果を売ってるでしょ。たぶん、いま変わっていくタイミングなんだと思う。
はあちゅう ああー! そうかもしれない。
宇野 だから、はあちゅうアンチが今までと同じロジックではあちゅうさんを叩くことは、ものすごくアホなことになっていくと思うんだよ。だいたいさ、30歳くらいの若夫婦が高知に行って、あんなお金の稼ぎ方したらどうなるんだろうっていう、自分の人生を使った実験のおもしろさに抗うことって、なかなか難しい。だから僕はイケハヤさんが大好きなの。
はあちゅう 私も大好きです。イケハヤさんに会いに、高知に2回行ってますから。1年に1回くらい行きたい。
宇野 自分の人生そのものを実験にして見せていくというのは、今のアイドルが力を持ってる理由と同じだと思うんですよ。おもしろい物語やいい音楽なんてのは、ネットのおかげで過去のアーカイブも含めて簡単に手に入る。ではなくて、リアルタイムで進行する他人のおもしろい人生をウォッチすることがすごく値上がりしてる。だって、自分の人生でどれだけ成功しても、歩めるのは1ルートだけじゃない。だから他人の人生をウォッチするのが最大の娯楽になりつつある。そのウォッチされる人こそ、はあちゅうさんがよく言ってる「ネット時代の作家の雛形」なのかもしれないですよ。
(おわり)
構成:稲田豊史 撮影:牧野智晃