あなたが自信をとりもどすために

― ノルウェーを男女平等に導いた理論とパワー ―

 ノルウェー初の女性党首ベリット・オースが来日し、「いかに突き崩すか"ご主人さま"の5大抑圧テクニック」と題した講演を行いました。内容は、女性が力をつけるために、周りの男性たちとどうかかわっていったらいいか、を示すものでした。 

 ベリット・オースは75歳。ノルウェーの国会議員、市議、副市長を歴任し、オスロ大学で教鞭をとる社会学者です。1973年、ノルウェー初の女性党首に就任し、クオータ制※を導入しました。それが女性議員大躍進の原動力となりました。現在、ノルウェーは、世界一の男女平等の国として知られていますが、そこに至るまでには、女性たちの粘り強い闘い、とりわけ、政治権力の場を男女平等にする激しい運動がありました。その先頭に立った女性がベリット・オースです。 

 日本講演の元は、60年代にベリット・オースが政界で受けた屈辱的な体験から生み出された「"ご主人さま"の5大抑圧テクニック」理論です。この理論は、北欧を中心に世界各地で翻訳出版され、大勢の女性を励ましてきました。今回、日本において、彼女は、その理論を講演という形で披露しました。 

 このパネルは、日本各地の聴衆を魅了した講演のポイントを、わかりやすく再構成し、日本人向けに書き直したものです。 ご覧になっているあなたにも思い当たるふしがないでしょうか。「なるほど」と、うなずいてはいませんか。 ちょっとパワーが湧いてきませんか。 

 イラストは、スウェーデン・ベクショー市がベリット・オース理論をスウェーデン人向けに制作したビデオ「The five master suppression techniques」の付属冊子からいただきました。快く使用許可をくださったベクショー市男女平等委員会、ならびに作者のEivor Liv(Svensson)さんに深く感謝いたします。

すてっぷ館長 三井マリ子 
2003年6月
 
※クオータ制とはquota system。割当制ともいう。ノルウェーのクオータ制とは、物事を決める場には、一方の性が4割以上いなければならないとする制度。88年以来、男女平等法にも定められている。   

 


"ご主人さま"の5大抑圧テクニック The Five Master Suppression Techniques

 


  2003年春の統一地方選挙において、女性は候補者・当選者とも過去最多でした。それでも、全議員のわずか1割。島根・福井の2県会、全国の町村議会の約半数には、女性議員がひとりもいません。これは、ノルウェーの40年前の姿です。
  現在、ノルウェーは、内閣の半分、国会・県会の4割、市町村議会の3人に1人が女性です。しかし、60年代は男尊女卑の国でした。「女性は天の半分を支えているのだから、政界の半分も支えるべきだ」とノルウェーの女性たちは考えました。そこで、政治権力の男女平等を求め、同時多発的にアクションを行いました。女性を当選させるキャンペーンをしたり、クオータ制を要求したり、女性の秘密結社をつくって女性の連帯を育んだり・・・。
  同時に、女性が自信をつけ、男性からの抑圧をはねかえすパワーを備える訓練をしました。そのリーダーがベリット・オースです。彼女は、女性を抑圧している日常のできごとを「"ご主人さま"の5大抑圧テクニック」と名づけ、5つに分類しました。パネルにした次の5つです。 ①無視する ②からかう ③情報を与えない ④どっちに転んでもダメ ⑤罪をきせ、恥をかかせる 
  パネルを見たあなたは、「あっ、私が恥ずかしい思いをしたのは、情報を与えられなかったからだ」と気づくかもしれません。「これは抑圧テクニックなのだから、それを指摘したほうがいい」と思えたら、しめたものです。
  こうしたささやかな試みから、女性たちは、自分が馬鹿なのではない、と気づき、女性の自信が生まれてくる―――こう、ベリット・オースは語っています。

 


1 無視する Making someone invisible

〇食事の時、あなたがいろいろ話しかけても、夫は新聞を読みつづけている
〇会議の席上、あなたが意見を述べているのに、横を見たり、隣とひそひそ話をしたり、メモ用紙にいたずら書きをしたりする
〇あなたの発言をさえぎって、隣の男性の方を見て質問をしたり、あいづちをうったりする
 そうです。あなたは無視されているのです。
「無視する」とは、あなたがそこにいるのに、まるであなたがいないかのように扱うことです。無視されたあなたは、悔しい思いをするだけでなく、自分はたいしたことのない人間だと思うようになります。その場にいた人たちも、あなたやあなたの意見を尊重しなくてもいいと思ってしまいます。これこそ、人を抑圧する第1のテクニックです。

 さらに、無視されたあなたは、こう言われるかもしれません。
「いちいちそんなことにこだわっていたら、かどがたつ」
「些細なことなのだから、忘れた方がいい」
  
 ここに大きな問題があります。あなたが我慢して声をあげないことが、女性が見えなくされている事実を見えなくしているのです。この抑圧テクニックを受けたとわかったら、すぐ声を上げましょう。「人が発言している時、そのような態度をとらないでください」と。それでもダメなら、あなたの発言を聞いてくれるまでしばらく沈黙していましょう。


2 からかう Ridicule

〇「セクハラ?僕にも選ぶ権利があるよ、ハハハ」と男性が言ったら、周りも笑う
〇あなたが、理路整然と説得したら、周囲が「さすがぁ、男勝りだな」と茶化す
〇タクシー会社の紅一点であるあなたが、更衣室にはいっていったら、あなたのロッカーにヌード写真がはっていた

 笑いは人生に不可欠です。健康の秘訣でもあります。でも、笑いのネタにされたあなたはどうでしょうか。一緒に笑うどころか、みじめで恥ずかしいという気がしないでしょうか。
 たとえば、どの国でも、女性は、もっとも交通事故を起こす確率が低いことは証明済みです。それにもかかわらず、あらゆる国の自動車雑誌は、パニックになった、クレージーな女性ドライバーをたくさん描いています。また、高齢女性のからだの特長をからかった話は、枚挙にいとまがありません。
 あなたが、第2の抑圧テクニックにあったなら、「その冗談はおかしくありません。むしろ抑圧的です」と言ってみることです。そこから、あなたの尊厳が少しずつ回復していきます。忘れてならないことは、他の女性がからかわれたとき、絶対いっしょに笑わないことです。できたら、にらみをきかせ、声をそろえて「いったい何がおかしいんですか」と言ってみましょう。


3 情報を与えない Withholding information

〇結論が出ずに会議が終わり、男性たちは飲み屋にでかけ、あなたは帰宅。翌週ふたたび会議が開かれ、「これについては、A案でいこう」という某氏の発言に男性全員がうなずいた
○女性だけのプロジェクトが立ち上がり、熱心にとりくんでいたが、幹部会議で「総合的に検討する」ことに。結局、現場感覚のないとんちんかんな意見によって、せっかくのアイデアがパーに
 あなたは、こんな経験をしたことがありませんか。
 男性たちには、ゴルフ・クラブ、飲み屋など社交の場が多くあります。男性たちは、そこでちょっとした情報交換をします。女性は、育児や家事のため帰宅しなければならなく、そこで交わされる情報から遠ざけられることに・・・。また、幹部には男性が多く、彼らの会議は、女性の声を無視した結論を出すことがよくあります。
 きちんとした発言をするには、それに関する情報が不可欠です。情報が不十分だった場合、なんとなく自信を持てなくなるのです。つまり、男性が女性に情報を与えなかったり、偏った情報しか流さなかったりすることは、女性を劣った地位に置く常套手段といえます。
「なぜこういう結論になったのか、いつどこで決めたのか教えてほしい」と言ってみましょう。女性の出られない会議があったら、「私たちの代表を会議に参加させてください」と提案してみましょう。同時に、あなたが大切だと考えている情報で、男性社会でないがしろにされているものがあったら、その情報を伝え、共有できるチャンネルを作りましょう。


4 どっちに転んでもダメ No way to win

〇子どもを迎えに行く時間にあわせ退社しようとしたら、残業を頼まれた。「子どものいる女性は使いにくい」と言われることを恐れ、少しだけ残業をした。保育園に駆けつけたら、「時間を守ってくれなくては」と保育士に注意された
〇数少ない女性幹部のあなたは、部下の意見に耳を傾け民主的にことを進めると「優柔不断で指導力がない」と思われ、その一方、断定的な発言をすると「女らしさのカケラもない」と言われる

 そう、この抑圧テクニックは、何かしても批判され、しなくても批判される、というものです。ですから、どちらを選んでもストレスだらけのあなたは、管理職なんかめざさず平(ヒラ)のままでいようという選択をするかもしれません。また、子どもを産まない選択をするかもしれません。
 しかし、商品開発であれ、議会であれ、子育てであれ、どんな分野においても、女性と男性の両方が必要とされています。女性の肩におおいかぶさるストレスを少なくし、さまざまな分野で元気に働きつづけられる道を探し出す方が、健康的で建設的です。
 そのためには、パートナーや夫を選ぶ時に気をつけましょう。できれば仕事を選ぶ時も・・・。それと、最も大切なことは、同性の友人を持つことです。


5 罪をきせ、恥をかかせる Heaping blame and putting to shame

 自分が無知であることがわかると、誰でも恥ずかしいものです。また、自分がからかわれていることがわかった時もそうです。
 ですからこの5番目の抑圧テクニックは、「2 からかう」「3 情報をあたえない」という抑圧が主な原因です。もうひとつは、罪をきせ、恥をかかせることは、加害者がその罪を逃れる常套手段だということを忘れてはいけません。
 たとえば、セクシャル・ハラスメントを受けた女性が訴え出ることはごくまれです。それは、「あの服装じゃ、まるで男を誘っている」とか、「NOといわなかった彼女にもその気があったんじゃないの」とか、言われつづけてきたからです。ドメスティック・バイオレンスにあってきたあなたの母親のことを考えてみましょう。「おいと呼び、はいと答えて30年」という川柳そのままの彼女は、殴られるのは自分が至らないせいだ、と思うようになってきたのです。

 これを指摘するのは、辛く困難です。でも、罪をきせられ、恥をかかせられたままである限り、女性の尊厳が回復することはありません。

 「私は悪くない。これは第5の抑圧だ」と、心の中で言ってみましょう。表現することではじめて、抑圧があなたの身体を離れ、他の人と共有できる行為になります。次に、信頼できる友人やカウンセラーに打ち明けましょう。あなたが打ち明けられる側なら、犠牲になっている女性の味方になりましょう。

 悪いのはあなたではありません。悪いのはあなたに罪があると思わせている側なのです。ほら、ちょっぴり気が晴れてきたでしょう・・・。

 

 ベリット・オース

1928年生まれ
ノルウェー・オスロ大学名誉教授
国会議員、市会議員、副市長、左派社会党党首を歴任。
1973年ノルウェー初の女性党首としてクオータ制を導入。
「男を消せ」キャンペーンで女性議員を爆発的に増やした。
2003年5月初来日。大阪、高知、福井で講演をし、愛知、広島を訪問。
◆  学  界  ◆

オスロ大学心理学部で教授を務める(社会学者)
アメリカ、スウェーデン、カナダ、フィリピンの大学で客員教授
1983年 フェミニスト大学創設 初代学長
1988年 オランダ・アムステルダム大学名誉博士
1991年 デンマーク・コペンハーゲン大学名誉博士
1991年 カナダ・マウントセイントヴィンセント大学名誉博士
2001年 スウェーデン・ウプサラ大学名誉博士

◆  政  界  ◆

1970年代 アスケル市副市長、市議会議員、国会議員
     (外務・憲法、財務委員会委員)を歴任
1973年 民主社会党初代党首就任
1975年 左派社会党初代党首就任

◆  主 な 活 動 と 功 績  ◆

1961年 平和団体(WISP)を創設
1972年 EU加盟反対運動のリーダー
1973年 初の女性党首としてクオータ制導入
国際女性平和と自由連盟WILPFメンバー


© Mariko Mitsui

 

 ノルウェー男女平等パネル展

 「あなたが自信をとりもどすために」


参考文献

●「いかに突き崩すか"ご主人さま"の5大抑圧テクニック」
(URL http://www009.upp.so-net.ne.jp/mariko-m/nor_030517report.html)

●The five master suppression techniques (A video and brochure about the master suppression techniques by the Municipality of Vaxjo Equal Opportunity Committee, ©Author:Eva Lundberg Cover:Eivor Svensson Layout:Tove Pallinder Print:Vaxjo kommun)

●"On Female Culture: an attempt to formulate a theory of women's solidarity and action" (Acta Sociologica Vol.18-No2-3)

●Master Suppression Techniques by Berit As
(Institute of Women's Studies, St.Scholastica's College, Manila, Philippines)

●「ノルウェー政財界 女性大躍進のヒミツ:抑圧をはねかえす5つのテクニック」
(2003年5月17日すてっぷ講演会配布資料)

●『男を消せ!ノルウェーを変えた女のクーデター』(三井マリ子、毎日新聞社)

●Women Can Do It! by Norwegian Labour Party Women, English edition in 1992

イ ラ ス ト 
  
●The five master suppression techniques
(©Author:Eva Lundberg Cover:Eivor Svensson Layout:Tove Pallinder  Print:Vaxjo kommun)

執筆 三井マリ子
編集・制作 財団法人とよなか男女共同参画推進財団
事務局 大阪府豊中市玉井町1-1-1-501
とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ内
連絡先 TEL 06-6844-9773  FAX 06-6844-9706

step-9773@tcct.zaq.ne.jp

http://www.city.toyonaka.osaka.jp/toyonaka/step

 

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