裁量労働制の対象職務拡大をめぐって、与野党の対立が激化している。しかし、「そもそも何をねらいとした法改正なのか」疑問に思っている人もいるだろう。
日本経済新聞は2月23日の社説の中で、国会の審議停滞を「これ以上、先送りは許されない」と厳しく批判し、働き方改革法案を次のように位置づけている。
「働き方改革関連法案には、(中略)働いた時間に成果が比例しない仕事が増えてきた時代の変化に合わせ、働き手の生産性向上を後押しする狙いがある」
日本では生産性を上げるインセンティブが働かない理由
産業の高次化に伴って、「働いた時間に成果が比例しない仕事」が増えると言われて久しい。しかし、それをポジティブに感じている人は少ないのではないか。
同じコードを書くのに、10時間かかるAさんがいる一方で、2時間で終わらせるBさんがいるのは事実だ。さらにBさんの方が仕事の質がよいといった、肉体労働ではありえない圧倒的な生産性の差も頭脳労働では起こりうる。
この2人に同じ給料が支払われているとすれば、明らかに不公平だ。しかし現実には、Bさんは早く家には帰れない。上司に呼ばれ「おい、手が空いているならこれもやってくれ」と、新しい仕事を振られるのが日本企業だからだ。
原因は、個人の「職務範囲」を明確に決めていないことにある。仕事や責任の範囲をあいまいにし、異動や転勤などの業務命令に従わせる代わりに、生活を丸抱えして終身雇用を保障するのが日本の「メンバーシップ型雇用」である。
プレッシャーを掛けてくるのは、上司ばかりではない。仕事の遅い同僚までもが「自分の仕事が終わったからといって、仲間を助けずにサッサと帰るなんて」と批判し、思いやりという名の連帯責任を求めてくる。
このような職場で、Bさんのようなデキル人が、生産性を上げようとするインセンティブが働くわけがない。逆に言えば、職務を明確にし、連帯責任の職場風土を変えなければ、裁量労働制は正しく機能しないということになる。
本丸は「結果を出さない大企業の中高年サラリーマン」
社員側の「効率」を考えれば、Aさんのように、同じ給料でより少ない仕事をしたいと考えるのは自然だろう。そうやって日本の職場には、生産性の低い人たちが増え、彼らが生産性を上げようとする人の足を引っ張っている。
日経の社説には、「裁量労働制の拡大には、ホワイトカラーの生産性向上を促す意義がある」という記述もある。裏を返せば、日本の大企業の経営者は、現状のホワイトカラーの生産性が低いと考えているということになる。
日本企業の生産性が先進国の中で最低ということは、各種統計によっても指摘されている。それでは生産性向上を促すべき「ホワイトカラー」とは、具体的に誰なのか。そこは政府も日経も明確には言っていない。
そんな中、フジテレビ上席解説委員の平井文夫氏は、「日本は社会主義国か 結果を出さないサラリーマンはもういらない」の中で、改革されるべき対象をこう指している。
「日本は欧米に比べ生産性が低い。長時間働く割に結果が出ない。僕の周りにもそういう人がたくさんいる。(中略)働かずに結果も出さない大企業の中高年サラリーマンの高い給料を減らし、やる気と能力があって結果を出す若者、ママさん、高齢者、にその分を払う。これはいい改革でしょ」
ここには、ひとつのホンネが示されているように思える。政府も日経も、平井氏と同様に「働かずに結果も出さない大企業の中高年サラリーマン」が本丸であると、本当は言いたいのではないか。
「年収1000万円」でネットサーフィン三昧
58歳の平井氏は、自分を「はっきり言って逃げ切り組だ」と言っているが、「働かないおじさん」にうんざりする若手社員の声は、企業口コミサイトの「キャリコネ」にも数多く見られる。
もともと「日本型雇用」は高度成長期のころ、完全に会社の言いなりになるサラリーマンを大量確保するために、社員の生活丸抱えと終身雇用を最優先してきたのだから、先行きが不透明な時代に生産性が低くなるのはある意味当然だ。
弊害が分かった後でも、自分もいつか歳を取るし、そのときに楽をしたいからという理由で目をつぶってきた。しかしこのまま働かない中高年に対する厚遇を続けていては、会社が立ちいかなくなるのは火を見るより明らかである。
本来であれば、社員の職務を明確にし、成果とコストを総合的に評価して給与を決めるようにシフトしていくのがマネジメントの王道である。しかし日本企業と労働組合は、何かと理由をつけてこれを避けてきた。
職場の風土も、一朝一夕では変えられない。そんな中で考え出されたのが、時間あたりの成果が先進国で最も低い「ニッポンの大企業の働かないおじさん」の残業代をカットするために「裁量労働制」を使うことだったのではないか。
オブラートに包んだ表現を取らざるをえない悩ましさ
考えてみれば、働き方改革で掲げられている「長時間労働の是正」も「同一労働同一賃金」も「裁量労働制」も「ホワイトカラー・エグゼンプション」も、大した成果も生まずにダラダラ残業で稼いでいる大企業の中高年正社員には不利な変更である。
転職しようにも、その会社でしか通用しないスキルしか身についていない。新しいツールも覚えられない。テレワークもできない。「成長分野に転職しろ」と言われても無理だ。
そんな「働けないダメなおじさん」も、会社を出れば「一家の大黒柱」として扱われている。解雇されれば自力で稼ぐ力もなく、妻も子どもも大きな被害を受ける。政府や経済界が「働き方改革」という、オブラートに包んだ表現を取らざるをえない所以だろう。