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第2話 俺が信じる道は全て嫁への愛路だ 〜ゆたside〜
「今日はありがとう…君みたいに素敵な人とこんあ時間を過ごすことができてうれしいよ…でも、ごめん。その…仕事が断れなくて」
いつもは恥ずかしくて言えないような歯が浮くような台詞もゲームの中だと自然に口に出すことができる。常日頃から嫁のことは可愛いと思ってるし、出会った頃より綺麗になる嫁にますます惚れている。
いつ見ても魅力的で笑顔が素敵で仕事ばかりな自分を支えてくれて、うまくいかなかったりかっこ悪い自分を見せたとしても優しく包んでくれて…
もうこの人以外は考えられない!ってくらい最高のパートナーである。
ん?…んー惚気過ぎてるかなぁ…まぁいっか。事実俺は嫁に惚れてるしいろんな衣装を着てもらいたいって思ってるしね!
そんな嫁と自分が開発したゲームの最後の瞬間を迎えられることはとても幸せなことだと思った。そりゃ、ゲームがクローズしてしまうのは悔しいというか…まぁこれは仕方ない。
あくまで個人で開発してたこともあり、リリースまではよくてもそこからの運用が一人ではとてもではないが回しきれなかったのだ。
これでもよく保った方かなと思ってる。
「君がいてくれたから、俺はここまで頑張れた。ものすごい感謝しているよ、今こうして君の隣で過ごす時間が何事にも代えがたい幸せな…って、あれ?」
すっごいキメ顔を作って台詞に酔って、嫁に感謝の言葉を伝えていたつもりだった。
嫁も俺の言葉を聞きながらますます俺に惚れていただろうと思い、自然と出る言葉を紡いで愛を囁いてるつもりだった。
最後は嫁の顔を見つめながら…
と、決めてやろうと意を決して振り向いたそこにはだれもいない。
ついでにいうとさっきまでいた場所とは違う場所にいることに今更気づいた。
俺はさっきまで嫁と一緒にベッドの上にいたはず、しかし今眼前に広がる景色はどうだ…荒廃し崩れた岩が至る所で隆起して黒煙巻き上がる空は漆黒に佇み、どこからか湧き上がらるマグマのような炎だけが灯りとしてあたりをぼんやり照らすのみ、どっかで見たことあるような…
「…どうなってるの?」
どこの誰に問いかけてるわけではない。
しかし問わずにはいられない。
「ひとまずは状況の整理をしよう」
今頼れるのは自分しかいない。当然だ誰もいないんだし…まず俺はさっきまで嫁とイチャイチャしていた。楽しくおしゃべりをしていた。俺はもっと”イチャイチャ”したかったけど…っと脱線しそうなので話を戻す。
そうだ。ゲーム最後の日に仕込んだイベントの花火を一緒に見てて、花火が打ち上がった瞬間に今まで感じていたこと、思っていたことを伝えようと語り始めて…最後に決めようと振り向いた時、ここにいた。
まず考えられること
「最後の最後でバグかなぁ…」
そう、このゲームはメンテナンスがざるでよくバグが発生していた。最後の最後にバグとは恥ずかしい。ちょっと調べるしかないかなぁ…嫁には悪いが一回ログアウトしてっと…
「あれ?…ログアウトできない…?」
どゆこと?どういうことおおおおおおおおおお!!???
いや、落ち着け俺。冷静になれ俺。これは何かの間違い。そうだ通信障害?的な?あ、端末キャッシュとか!?なんか処理が重たいんだろうな!きっとそうだ!ってそうなると他のユーザってどうなってるんだろう。これ普通にお知らせ出さないとかなぁ…ってクローズしたあとにお知らせってのもおかしいか。まぁSNSとかで「最後の最後にごめんね!てへぺろ」ってすればいいか、めんどくせい!
ある程度荒れ狂ったおかげで落ち着くことができた。
次に思いついた考えは非現実的だしまさか自分に起きるとは思えないことだった。
ーよく小説にある、転生?いや、ゲームの中に閉じ込められた系?ー
「…まさかな…」
そう呟いてみても、これが一番しっくりきてしまう。
うん。そうだよな。そもそも俺がここに”いる”時点でおかしい。だってさっきまでベッドの上だったんだし…バグとかログアウトとか、そういったところでの話ではないし…よね?
だから誰に聞いてるんだよ俺…落ち着け…るわけない!…はぁ、もういいやと開き直ってみるか。スマホゲームやってたはずだけどいつの間にかそのゲームの中に転生してしまった。これが一番納得できる答えなんだろう。
名前 ユタ
レベル60
職業 ランサー
属性 風
種族 ケモノミミ
HP 2810
MP 4950
覚 710
運 280
力 320
魔 280
速 410
防 120
ステータスオープンとおきまりの言葉を心の中で呟いて自分のステータスを確認してみる。視界に操作画面のようなものが少し透過する感じに映し出され、こんな風に見えるのか、とある種の感動を覚える。
「自分のステータスに変化はなし…か、ちなみに」
ステータスを表示した際に現れる右上のUIDいわゆるユーザIDなんだけど、自分のアカウントはここがポチッと押せるようになっている。
ここから管理者画面が映し出され、ゲームの裏を扱うことができるんだけど…
「マウスで押してる操作ってここではどうすればいいんだろう…」
ひとまずイメージをしてUIDに集中してみる。
カチッ!
クリック音がしたかどうかは別として、管理者画面が映し出される。ひとまずこの画面が確認できることに安堵した。万が一何かあったとしてもここからステータスを爆上げすればゲーム内で死ぬことはないだろう。
最低限の安全確保を確認して、改めて現状を確認してみる。
俺は本当に自分が開発したゲームに閉じ込められたらしい。…なんて滑稽な。
本来クローズするはずのゲームだったけど、その瞬間に時空がねじ曲げられたとか、パラドックスが発生したとか、次元の間に吸い込まれたとか…いずれも推論の域をでない。
そもそも、このクロッククラックは時空の切れ目によって崩壊のピンチになった世界をプレイヤーが勇者として様々なクエストをこなすことで救うことを目的としたMMORPGと言われるゲームである。
結局打ち切りとしたこともあり、世界は守られたわけではないが、その辺も関係している?
うーん、ここについては考えても考えても落としどころが見つからないし、結論が出ない。ここは状況を観察するしかないか…
まぁようはよくわからん!ということで。
そして次に…というか最後に、とても、とっても重要なことを確認せねばならない。これは非常に重要なことで必ず結論を見出さなければならない検討事項である。
「トモどこいったああああああああああああああああああああああ(涙)」
荒廃した世界にただ一人、虚しい叫びがこだまする。
そう、嫁が隣にいないのだ、あの天の使いと勘違いしてしまう美しく輝く笑顔の主がそこにいない。一度耳にすると鼓膜や三半規管を通じて脳まで蕩けるような甘たるい声の主がそこにいない。世界だけでなく、俺の心も荒廃する。
あぁ、禁断症状が…嫁がいないと発作が、発作がががががが
おおお落ち着け俺れれれ…落ち着いて素数を数えよう。素数ってなんだっけ。
「あ、そういえばここってイベントクエストのステージじゃね?」
ふと、ここがどこかのかを理解する。
確かハイレベルユーザ向けのイベントクエストでそれも結構難易度が高いステージじゃなかったっけかな。それこそスキルカンストしてるユーザ向けのような…
「ぐるるるるる…」
そこでどこからともなく唸り声が聞こえてくる。
振り向いてみると巨大なキメラがこちらに飛び掛らんばかりに威嚇してきている。
確かこいつ、結構硬くステータス降ってたっけ。そう自分みたいなそこそこレベルでは到底太刀打ちできないくらいに。
あれ?何気にしょっぱなからピンチじゃね?
「ぐうおおおおおお!!!」
「いやいやいやいや!ちょっとまてえええええええ!!!」
襲いかかってきた瞬間、なんとか避けることに成功する。
あいつは確か大きさや硬い分だけ速さは落としてたはず、対するこちらは種族や属性、速さスキルへ多めにステータスを振ってることからスピードにはある程度の自信はある。対抗するにはそこを足がかりにするしかない。
「くっ!…いいだろう、俺の愛路を邪魔するというのであれば、たとえどんな奴でも容赦はしない!」
少し距離をとって管理画面を開いて敵のステータスを確認してみる。
名前 キッメキメラ
レベル87
属性 火
種族 魔獣
HP 8080
MP 4000
覚 10
運 10
力 999
魔 100
速 10
防 999
なんだこの極端なステータス振りは!誰がやった!はい俺でーす!!
「ってやってる場合か!」
続くキメラの攻撃を紙一重でかわしながら対策を考える。管理画面からステータスを振り直して雑魚キャラに…と思ったが敵キャラはデータを見ることはできても変更はできない仕組みになっている。(というか開発が追いつかなかった)
「…確かそこまでしなくていいかって機能作ってなかったなぁやっとけばよかった…」
ちょっと後悔。アイテム付与とかならできるけど今意味ないしな。
「仕方ない…覚醒スキルに賭けるか…」
このゲームの最大の売りである覚醒スキル。このスキルをうまく使えばレベルが低いユーザも一発逆転が望める機能である。当然反動もあり諸刃のスキルではある。
使い所を間違えば途端にピンチだが、うまく使えば最小の力で最大の力を得ることができるのだ。
「俺のレベルとステータスなら、うまくはまりさえすればいける…はず」
少し確信は持てないけど多分大丈夫だろう。
敵の攻撃をなんとか避けつつコマンドをセットしていく。しばらくしてようやく覚醒スキルの発動条件が揃った。
「あとは奴の隙を狙って…」
体制を変えた瞬間とやつの攻撃の瞬間が重なってしまった。
「!?しまっ…!」
ドゴオオオンッ
奴の重たい一撃を不覚にも食らってしまう。
カンストした一撃で一瞬死ぬのを覚悟したけどなんとか耐えたようだ。
「…ハァ…ハァ…あ、あぶねぇ…いまのうちに」
距離をとって管理画面を開く、これでもかと回復剤を自分に付与する。
アイテム付与の機能つけてよかった。まじよかった。
「さて、仕切り直しますか!」
さっきまで瀕死だったけどゲームマスターという立場を有効活用(悪用?)して元気になった。反撃の開始だ!
とはいえ、スキルを打ち込んだとしてもうまく倒せる保証はない。
あくまで覚醒スキルはギャンブル性が強い諸刃のスキル、覚醒ステータスに振ってるとはいえやはり失敗したときのリスクはでかい。でもここは使わないと切り抜けることはでいないだろう…腹をくくる。
「汝、煌めく烈風に吹き荒れる力を我が手に…」
構える武器にオーラが集約し始める。あとは打ち出すタイミングさえ間違えなければ…
「穿て!白銀に輝く竜剣(シルバーグローズソード)!!」
一瞬の閃光を軌跡にキメラと交錯する。
「…ぐっ…やったか?…」
スキルの反動で動きが鈍る。ここでスキルがはまらずキメラが元気だったらやばいな。頼む!倒れてくれ…
「ぐおおおおおおおおおおおおお!」
「…だ、だめか…」
思わず呟いた瞬間、大きな音とともにキメラはその場に倒れこみ粉々に砕けて消滅した。そして勝利を告げるBGMが耳に付く。
「はぁ…か、勝った」
なんとか勝つことが出来た。けっこうギリギリな感じはあったけど。
早くこのステージを離脱しなくては命がいくつあっても足りない気がする。
そして嫁を探さなくては…
「トモ!待っててね!今迎えに行くよ!!」
新たな決意を胸にどこに辿り着くともわからない道…いや、この道は愛する嫁に辿り着く愛路なのだと信じてこの世界を駆け始めた。
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