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第1話 終わらない始まり 〜ともside〜
「ねえ、今夜は寝かさないよ?」
ギシッとベットのスプリングが悲鳴を上げる。
私、高宮朋美は、夫である高宮悠太をセミダブルベットの上に組み敷いていた。
小柄な私とは対照的に、夫は身長が187センチもあるせいで大柄だ。組み敷くために腕を抑えると、足は丁度彼の腰を跨ぐ様になってしまう。せっかく威圧的に怒りを伝えようとしたのに、この腰の位置では私が奉仕しているみたいだ。若干悔しさを感じつつも、表情はニヤリとした迫力の笑顔を心がける。
そもそも、何故私がこんなに怒っているのか、読者の皆様にはそこから説明しなくてはならない。
事の発端は、昨日、土曜日。せっかくの夫婦の休日だというのに、夫は、なんと…なんとっ!会社のゲームイベントで仕事だったのだーーー!!(怒)
いや、まっ、待って!全国の社畜ゲフンゲフン会社員の皆様、どうか怒りを鎮めて、理由を聞いて欲しい。確かに私は、夫に養ってもらってる専業主婦の分際です。何て贅沢な言い様だ!とお叱りを受けるでしょう。ですが、いつもだったら、こんな事は言わないのです。私を養ってくれている旦那様は、神様イエス様仏様!感謝感謝のアメアラレ…ん?こんな言葉だったけ?とにかく、頑張ってねっ!ってハートマークを付ける勢いで応援するぐらい、身の程を弁えているのです。
でも…でも、この土日だけは…私たちにとって、大切な2日間なの…!
何週間も前から、私がどれだけ心待ちにしていたか!2人で寝ずに楽しもうねって約束したくせにっ!ちょっとお高いワインと豪華な晩ご飯の食材も買い込んで、お祝いの用意もしていたのにっ!
突然ゲームイベントにピンチヒッターで呼ばれちゃうなんて、私、納得できませんっ!
…でも、本当は仕方ないってわかってるし、本気で怒ってるわけじゃないんだ。
ただ、寂しかっただけ。休みの日に、約束した大切な2人の日に、仕事が入っちゃったのが、悲しかっただけ。可愛らしく涙して、夫に素直にそう言えばいいのは分かってるけど…残念なリアルツンデレの私は、いつもいつもこうやって怒ってしまって、あとからすっごく後悔するのだ。
「…とも?」
長々と回想していると、夫が遠慮がちに声をかけて来た。優しい低い声が、親しみを込めて私を愛称で呼んでいる。素直に甘えてしまいたいけれど…うー、でもやっぱ、怒っちゃう!
「わかってるでしょ!だから、今夜は寝かさないんだからっ!」
「ごめんごめん、約束していたのに、本当に俺が悪かったよ。」
焦って謝ってくる夫に、私はスマホを突きつける。
「もちろん寝ずに付き合ってくれるよね?このクラッククロックオンラインに!」
クラッククロックとは、剣と魔法の世界を旅する、スマホのオンラインゲームだ。
実はこのゲーム、夫が個人で開発したオンラインRPGで、夫はGMだ。
つまり、私は妻権限で チ ー ト し 放 題 !
ふははは!羨ましかろう!投げるがいい!悔しがって石を投げるがいい!
なので、2人で冒険するのが楽しくて、土日はいつも2人で徹夜で遊ぶ約束をしているのだ。
「それなのに、仕事が入っちゃうなんて…」
しょんぼりと愚痴る私の長い黒髪を、夫の大きな手が優しく撫でる。しまった、慰められてしまった。本当に落ち込んでいるのは夫の方なのに。何故ならこの、クラッククロックオンラインは…
「日曜にクローズしてしまうのに、仕事が入ってごめんね。」
この土日が、遊べる最後の2日間なのだ。
2人でセミダブルベットにごろんと並ぶと、さっそくスマホでゲームを起動する。ログインすると、2人でゲーム内で買ったお城に移動した。これを買う為に、クエストを頑張ったなあとか、色々思い出が湧き出てくる。
「ユタ!テラスに移動しよう!」
ゲーム内での夫のアバターのキャラクターネームは「ユタ」だ。私は「トモ」。隣にいるから声に出せばいいけど、せっかくゲームをしているんだから、チャットで話す方が楽しい。
私の書き込みに、夫もスマホをタップして返してくる。
「トモはせっかちだなあ。でも、あそこの景色が一番綺麗だもんね〜」
テラスに出ると、ゲームの街並みが一望できる。真っ暗な星空の下で、キラキラと光るネオンは、いつ見ても幻想的だなあと感動する。スマホをタップしながら、夫のアバターに話しかける。
「綺麗な夜景をゲーム内で堪能するとか、オタク夫婦の極みですな( ^ω^ )笑」
「この景色より、トモの方が何倍も綺麗だよ」
「寒っ!誰かファイヤーで温めて!!((((;゜Д゜)))))))」
「後ちょっとで、ゲームクローズかあ。。。」
「お疲れ様でした、GM( ´ ▽ ` )ノ」
「ありがとう、トモ」
もうすぐ0時になる。そしたら、このゲームはクローズだ。ゲームの星空の画面に、最後の花火が上がっている。すごく、切ない気分だ。
「いろいろ…楽しかったなあ。ユタにチートさせてもらったしw」
「俺はGMだってバレない様に標準ステータスだからねwその分トモには注ぎ込んだなあ」
「やっぱりクローズ寂しいよおお!!」
「よしよし( T_T)\(^-^ )」
駄弁っていると、ついにその時間がやってくる。終わったら、用意してあるワインと豪華な晩ご飯で、お疲れ様会の予定だ。
「あと数秒!お疲れ様ユタ!」
「トモもありがとう!そしてクロッククラックオンライン万歳!」
「ばんざ〜〜〜いっ!!」
そしてゲームがクローズして、私たちはベットから降りて食事…のはずだった。
はずだったのに。
「え?ここ、どこ?」
私は何故か、クロッククラックオンラインの始まりの街そっくりな場所に、1人佇んでいた。
スマホのゲーム内で見たことあるNPCが、目の前を歩いている。ほっぺをつねってみるけど、痛い。
慌てて中央広場の噴水に駆け寄ると、水面を覗き込んだ。
ウエーブのかかった腰まで長い金髪に、つぶらな碧眼の大きい瞳、真っ白に透き通る肌、ぷっくりとしたピンクの唇、とがった耳…ゲームのアバターをリアルにした美少女が、そこには映っている。
服装も、頭にはフリルのついた赤いナースの帽子。胸元の空いた赤いドレスに、フリル付きの可愛いミニスカート。ガータベルトの絶対領域(夫の好物)も健在だ。右手にはビショップの本、左手には大きな七色のぐるぐる飴玉にリボンのついたピンクのステッキが握られている。
種族は悪魔なのに見た目は天使。でも服装は悪魔で、やっぱりひどいことされる?!と思いきやビショップで優しくヒールをかけてくれる!あれ天使?!というネタキャラが間違いなくそこにいる。
な、な、な、なにこれ…!
よくあるネット小説の転生?いや、ゲームの中に閉じ込められた系??!
混乱しながら、ステータスオープンと心の中で叫ぶと、目の前に操作画面が開く。
名前 トモ
レベル100
職業 ビショップ
属性 水
種族 悪魔
HP 5600
MP 8790
覚 200
運 999
力 999
魔 999
速 100
防 999
間違いない。夫がGM権限で貢いでくれたレベルカンストビショップのステータスで間違いない。
装備も見てみると、使っていたビショップ最高峰のマジックアイテムのオンパレードだ。
このゲームは、スキルは武器にマテリアルとして装備した分だけ使える。そのマテリアルも無くなっていない。ゲームそのままのスキルが残っている。その中の1つに、蘇生のアレイズがあるのを確認して、私はやっと息を吐いた。
転移場所は始まりの街で、装備も最強、ステータスもチート。蘇生もあるし、これなら結構いい条件だ。
あとは、夫のユタと、どうやって合流するかだけが問題だ。
「困ったなあ。」
そう呟いた言葉とは裏腹に、私の心はワクワクと踊っている。せっかく転移?転生?したなら、この世界を楽しまないとねっ!!
え?元の世界に帰還??それは夫がなんとかしてくれるでしょ。
いつだってそうなのだ、私が楽しんで迷惑かけて、頼りになる夫はいつもフォローしてくれる。
この異世界のどこかで、夫が派手にくしゃみをした気がしたけど、それは気のせいだと思うことにした。
まずはテンプレ通り、ギルドで絡まれる系イベントやらないとね〜!
さっそくギルドに向かって街並みを歩き出すと、近くで小さな女の子が転んでしまった。
「うえ〜んっ!痛いよおっ!」
ピン!とくる。これはビショップの初期クエスト「少女を癒そう」のイベントだ!達成すると、MP回復(小)のアイテムが母親から貰える。せっかくだから、やっておこう。
「大丈夫?今、お姉さんが治してあげるからね〜!」
聖魔法を使うと、広場一帯が淡い光に包まれた。途端に、辺りがざわめき出す。
「すごい!お姉ちゃんありがとう、怪我が治ったよ!」
「わ、わしの長年の腰痛が治った!奇跡じゃ!」
「俺なんて折れた左足が動くぞ!」
「亡くした右腕が生えてきた!」
こっ、こっ!これはまずい!!忘れてた!このゲームは装備にセットしたマテリアルの数だけスキルを使える。でも最高10個までだから、ヒールは一帯を全回復する最高峰の物にしてたの忘れてた!てへ!うっかり!!
ダッシュで逃げる。街の外に逃げる。そして忘れよう…私がしてしまったことは全て忘れよう。
門番の人になに食わぬ顔でサムズアップすると、颯爽と通り抜けて街の外へと出た。
始まりの街の周りは、レベルの低いモンスターばかりのはずだ。ビショップの私1人でも何とかなるだろう。
…ん?
そう思って歩いていると、ウルフが近づいてきた。いや、違う、あれはレベル70の ハ イ ウ ル フ !
なんで?!何で高レベルモンスターがここにいるの!いやあああ助けてええええ!!
襲いかかってくるウルフを、うるうるとした涙目で見上げる…
「…なーんてね、うふ。」
ガアン!!!
攻撃を七色のぐるぐる飴玉ステッキで受ける。狼狽えるウルフに、すかさずステッキを振りかざす。
説明しよう!私は夫がGMという名のチートである!すなわちビショップのくせにステータスの力は999のカンスト、スキル「殴る」で物理暴力を働く、そ の 名 も
「殴りビショップよおおお!!!」
ガンガンガン!!!!と殴る!ウルフを殴りまくる!!やめて!ウルフのライフはもうゼロよ!!
心の中でそう呟くと、ウルフは血塗れでぐったりと動かなくなった。
「ふうっ。」
途端に背中を冷や汗が流れる。危ない。作っておいて良かった。ネタキャラで物理暴力ビショップにしておいて良かった…!
でもおかしいなあ。ここは始まりの街なのに…
ふと、周りも見渡すと、平均レベル70のモンスターがうじゃうじゃといるのに気が付いた。
一体どうなってるんだろう?でもまあ、考えても分からないから、まっいっか。夫が何とかしてくれるよね!
「それでは、殴りビショップのトモちゃん、いっきまーすw」
そう言ってにっこりと微笑むと、次の街に向かって殺戮の天使(種族は悪魔)は血塗れの道を歩き出したのだった。
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