カメキチの目
禅語です。
宇宙無双日 乾坤只一人
(うちゅうにそうじつなく けんこんただいちにん)
口にするだけで心が宇宙に向かってひろがり、日々の悩みがごく小さく感じられ、そのうち泡となって消えてしまいそう。
もちろん、それは「錯覚」というものです。禅語は魔法の呪文ではありません。
でも、となえてみる価値はありそう。
それに、何か気づくことあれば「もうけもの」。
禅の言葉はたいてい漢字ですが、禅語に接すると私は漢字のよさを実感します。
音読みすれば、なんか自分がエラくなったような気分になります(その断言した表現、スパっとした語感が気もちいい)。また、声に出す(音読)と体にいいらしい。
宇宙が無限に広大だとはいえ、お日さま(太陽)は二つとない。
同じように、世界(いや、宇宙)広しといえども、「私」はわたし。ひとりしかいない。
ということは、私は太陽なのだ。
地球上(地球外も)の生き物(無生物だって)も、すべては宇宙と同じ構成要素・元素で成りたっているとどこかで聞いたことがあります。
人間は太陽とは比較の対象にはならないほど小さいし、長生きではないけれど、本質は同じだと思う。
そうはいっても、太陽のように自らが光りかがやく恒星は、宇宙には限りなく存在する。
それに、自分という人間だけが、太陽なのではない。
太陽、つまり人間は地球にいっぱい存在するし、ほかの生き物も無限に存在する。
「無限」だけど「有限」な自分の存在。
一人ひとりが自ら光り輝く太陽。
といっても、自分が中心(不動)で、他人が惑星であるわけではない。
勘違いしないよう気をつけたいです。