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レジェンド 作者:神無月 紅

秋に向けて

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1656/1656

1656話

「この辺りで盗賊達が集まっていると聞いて来たんですが、もしかしてそれは貴方達ですか?」

 そう言ったのは、近づいてきた兵士達を率いているような立ち位置にいる人物だった。
 年齢は三十代半ば程か。
 目には小狡い色があり、明らかにレイ達を見下していた。
 そんな男を見て、レイ以外の冒険者が感じたのは、苛立ち……ではなく、寧ろ感心と呼ぶに相応しい感情だった。
 少なくても、自分はレイやセトがいる状態でこのような偉そうな態度を取ることは出来ない、と。そう理解している為だ。

「さて、貴方達はサブルスタに不利益を生じさせる盗賊。そう考えてもよろしいのですかな?」
「そうだ! こいつらはただ森の中で猟をしていた俺達に、問答無用で攻撃してきたんだ!」

 レイ達に対して問われた言葉に、最初に応えたのは捕らえられた盗賊達の一人。
 すると、その盗賊の声に同意するかのように、他の盗賊達も自分達は何もしてないのに捕らえられたと主張する。
 そんな盗賊達の言葉に、兵士を率いている男は大袈裟な程に驚く。

「ほう! まさか、何の罪もない人を捕らえるような違法な奴隷商人の群れとは! これは、全員捕らえて事情を聞く必要がありますね!」
「そうだ、助けてくれ! このままだと俺達は何の罪もないのに、奴隷として売られてしまう!」

 そんな男の言葉に乗るかのように、別の盗賊が叫ぶ。
 他に捕まっていた盗賊達も、もしかしたら助かるのでは? という思いを抱いているのか、揃って自分達は無実だと、森の中で冒険者に……いや、違法の奴隷商に無理矢理捕らえられたと、そう訴える。

(やっぱり厄介なことになったか)

 この兵士達を見た時、面倒なことになると予想したのが見事に当たったレイは、どうにかしてくれとどこまでも高い青空を見上げる。
 夏も終わりに近づいてきたとはいえ、それでもまだ昼間の太陽は十分に強烈な自己主張をしている。
 森の方から流れてくる風が、少しだけレイの中にあった苛立ちを収め、口を開く。

「黙れ」

 その一言は、特に強く言った訳でもなければ、怒鳴った訳でもない。
 それでも不思議とその言葉は周囲に響き、自分達は無理矢理捕まっただけだと、そう騒いでいた盗賊達を黙らせる。

「ふむ、どうやら今の様子を見る限りでは、貴方が奴隷商人達を率いているようですね」

 警備兵を率いている男が、嗜虐的な笑みを浮かべてレイに声を掛けてくる。
 例え冒険者であっても、自分の言葉には逆らえないだろうと。そう思い込んでいる態度を隠しもせずに。

「奴隷商人? 何の話だ? 俺達は冒険者だ。自分で言うのもなんだが、まさかこの辺に住んでいるにも関わらず、俺のことを知らない奴がいるとは思わなかったな。なぁ、セト?」
「グルルルルルゥ」

 レイの言葉に、頭を撫でられたセトが喉を鳴らす。
 その行為そのものは、セトにとってはよくあることでしかない。
 ただ、見るからにレイに敵対しようとしている相手がいるということが面白くなかったのだろう。
 いつものように甘えるような鳴き声ではなく、威嚇するかのような鳴き声。
 そんな鳴き声を聞き、レイに挑発的な言葉を掛けてきた男は本能的に数歩後退り、後ろにいた警備兵にぶつかってようやく我に返る。
 ……もしこの時、後ろに警備兵がいなければ、恐らくセトの圧力に立っていることは出来ず、尻餅をついていただろう。
 そういう意味では、この男は警備兵に感謝すべきだった。
 だが、その男は寧ろ自分の邪魔をするなと言わんばかりに警備兵を睨み付けると、怯えたように見えた――実際に本能で怯えたのだが――醜態を隠そうと、レイを睨み付ける。
 実際に自分が怯えたセトではなくレイを睨み付けたのは、セトという存在は幾ら従魔であっても結局はモンスターであり、それこそいつ自分に襲い掛かってくるか分からないので、これ以上刺激したくなかったというのがある。
 そんなセトに比べると、レイはあくまでも人間だ。……実際にはゼパイル一党が持つ技術の粋を込めて作られた人造人間というのが正確なのだが、それが男に分かる筈もない。

「わ、私を脅すつもりですか!?」
「うん? 脅す? 何でそういう話になるんだ? セトは、ただ俺の言葉に同意しただけだろ? 実際、お前に何か攻撃をした訳じゃないしな。お前にとっては、犬や猫が吠えただけで脅したと感じるのか?」

 犬や猫に怯える臆病者。
 暗にそう揶揄された男は、恥を掻かされたとことに顔を真っ赤にしながら口を開く。

「お前!? お前ですって! 私を誰だと思っているのですか! 貴方如きがそのような口を利いてもいい身分ではないのですよ!」
「そう言われてもな。残念ながら、お前の名前は俺には分からないしな。まぁ、どうやらそっちは俺の名前を知らないようだから言っておくが、俺はレイだ。一応、深紅の異名を持っている」
「ふんっ、異名持ち如きが何を偉そうに。ですが、私の名前を聞く前に自分から名乗ったのは褒めてあげましょう。私はタラニア。サブルスタの代官に仕えている者です」

 タラニアと名乗った男は、自分の名前と立場を言えばレイ達が退くと思っているのか、どうだ、といった様子で視線を向ける。
 だが、その視線を向けられたレイには、特に気にした様子もなくタラニアを見ていた。
 元々相手が貴族であっても、揉めれば全く手加減をすることがないのが、レイという人物だ。
 貴族ならともかく、貴族が派遣している代官の……その部下という立場のタラニアが名前を出してきたからといって、それで驚く筈も……ましてや、退く筈もない。

「で? 代官の部下のタラニアが俺達に何の用件だって?」

 名乗ったにも関わらず、タラニアと呼び捨てにされたこと……それもレイのような背丈の相手にそのような対応を取られたこちに、タラニアの顔は再度赤く染まる。

「な、何のつもりですか! 私は代官の直属の立場にいる者なのですよ! それが、冒険者風情が……自分の立場を理解しなさい!」
「そう言われてもな。俺はそもそもギルムに所属の冒険者で、サブルスタに寄ったことは、ない訳じゃないが、取りあえず今日は関係ない。であれば、ここでタラニアが出て来たからって、どう対応しろと?」

 当然といった風に告げるレイの言葉に、タラニアは怒りのあまり、これ以上言葉を発することが出来ない。
 今までであれば、サブルスタの中では自分の言葉は代官の直属の部下として、絶対的な力を持っていた。
 だというのに、目の前の男が自分を前にしても全く平然としている態度を取っており、それが何よりも不愉快だった。

「きっ、貴様! たかが冒険者の分際で……」
「へぇ? たかが? 今、お前はたかがといったのか? なるほど。サブルスタの領主やその代官は、冒険者をたかがと、そういう存在だと認識しているのか。これはいいことを教え貰ったな」

 ヒク、と。
 レイの言葉を聞いたタラニアの頬が引き攣る。
 本心でどのように思っていたとしても、それを直接口に出すような真似をしてしまえば、それはその人物の……そして場合によっては、自分の上司にとっても公式見解となりうる。
 ましてや、タラニアは自分が代官の直属の部下だと、そう口にしてしまっているのだ。
 これで言った相手が本当にただの冒険者であらばよかったのだが、今回言った相手は異名持ちの冒険者のレイだ。
 客観的に見れば、かなり不味いことを口にしたというのを理解したタラニアは、小さく咳払いをする。

「いや、私も少し言いすぎたようだね。けど、君も悪い。年上の相手は敬うものだよ?」
「そう言ってもな。尊敬すべき相手なら尊敬してもいいけど……」

 それは、暗に……いや、半ば直接的にタラニアは尊敬するべき相手ではないと言ってるも同然だった。
 その言葉に再び顔を赤くしたタラニアだったが、今度は迂闊な言葉を発するようなことはせずに黙り込む。
 そんなタラニアの様子を眺めつつ、再びレイは口を開く。

「さて、話を戻そうか。お前達が引き連れているのは、俺達が捕らえた盗賊を運ぶ為にやって来た連中だと思うんだが、何故一緒にいるのか聞いてもいいか?」
「盗賊? 何を言ってるんですか? 私は先程言いましたよね? 違法な奴隷商を捕らえに来たと」

 そう言ったタラニアは、ふと何かに気が付いたかのように、ニチャリとでも表現出来るような粘着質な笑みを浮かべる。

「そう、つまり貴方達は冒険者……それも異名持ちの冒険者でありながら、何の罪もない一般人を奴隷として捕らえたと、そういうことになりますねぇ?」

 タラニアの言葉に、レイは他の冒険者達が捕らえた盗賊達に視線を向ける。
 自分達は何もしていない、森の中で狩りをしていたら無理矢理捕らえられた。そのように主張している者達だ。

「……一般人? あれがか? それはちょっと無理があると思うが」
「っ!?」

 レイの言葉に、タラニアは一瞬言葉に詰まる。
 タラニアも、捕らえられた盗賊達を見て一般人だと呼ぶには無理があると、それは理解しているのだろう。
 だが、それでもタラニアの立場としては、盗賊達をレイに……いや、レイ達に連れていかれる訳にはいかなかった。

(不味いですね。どのような屁理屈をつけてでも、とにかく盗賊をあの者達から奪い返さねば。よりにもよって……という奴ですか)

 タラニアの視線は、冒険者達に捕らえられているうちの何人かに向けられる。
 最低でもその者達こちらに渡して貰う必要があり、最悪でも口を封じる必要があった。
 自分達との繋がりを知られる訳にはいかないのだから。

(サブルスタの冒険者達であれば、何とでも理由を付けられたものを。よりにもよって、ギルムからとは……厄介な真似をしてくれますね)

 今回の一件を仕組んだのは、ギルム……それも、おそらくは……いや、ほぼ確実に中立派の中心人物たるダスカーの筈だった。
 そのような人物に、自分達がやってきたことを知られ、その証人とも呼ぶべき盗賊達を確保されれば、待っているのは確実に破滅でしかない。
 であれば、タラニアとしてはここで退くという選択肢は一切ない。
 それこそ、この場で冒険者達と戦うようなことになってもだ。

(ギルムの冒険者を相手に、勝てる筈はない。それは分かっています。ですが、別に私は勝つ必要はありません。連中の口を封じれば、それで良いのですから)

 今回タラニアが引き連れてきた警備兵の中には、暗殺者として使っている者が数人混ざっている。
 いざという時は、冒険者達と揉めた風に見せかけつつ、その者達が仕事をする手筈となっていた。
 その為には、とにかくここで向こうの言葉に従って大人しく退くということはせず、寧ろ挑発して戦いに持ち込むべきだった。
 勿論最善の選択肢としては、戦うこともないままに盗賊を引き渡して貰うことだったのだが、現状でそのような真似は出来ない。
 戦うのは最後の……そして最悪に近い選択肢である以上、出来るだけ避けるべきことではなあるのだが、それでも手を抜かない辺り自分は有能だ、と数秒の間自画自賛していたのだが、すぐに咳払いしてから口を開く。

「貴方達が違法に奴隷を捕らえた訳ではないというのであれば……そうですね。そちらで捕まえた者の何人かをこちらに引き渡して貰いましょうか」
「は? 何でだよ?」

 いつの間にか……本当にいつの間にか、レイがこの場にいる冒険者の代表という形でタラニアと交渉をしているのだが、ここにいる冒険者の中にそれを不満に思っている者はいない。
 いや、心の奥底ではどう思っているのかは分からないが、現状では表情に出して不満を露わにしている者はいなかった。
 寧ろ、早く交渉が終わってこの暑い場所からとっとと移動したいというのが、正直な気持ちだろう。
 ……だからといって、因縁を付けられて捕らえた盗賊達を奪われるような真似は絶対に許容出来なかったが。
 そんな冒険者達の前で、交渉は続く。

「君達が違法なことをしていないと、そう主張するのであれば、こちらでも情報を得る必要があるからですよ。ああ、言っておきますがそちらで得た情報をこちらに流す……というのは、そちらに都合の良い情報だけを流す可能性があるので、認められません」
「それを言うなら、お前達が連れていった奴の口から出た情報も信じられないということいなるんだが?」
「ほう。冒険者と代官直属という私の立場が同じだとでも?」
「それを言うなら、ギルムの警備兵が調べた情報も信用出来ないってことになるが? それとも、ギルムの人間は全て信用出来ないと?」
「それは……」

 小賢しい真似を。
 そう、タラニアは心の中で吐き捨てる。
 ギルムの警備兵が精鋭揃いだというは、既に常識だ。
 ここでギルムの警備兵も信用出来ないと言えば、後日色々と不味いことになる。
 かといって、本当に自分達と繋がっている盗賊達を引き渡す訳にもいかず、どうするべきか……そう考えているところで、唐突に声が聞こえてきた。

「これは一体どういうことだ?」

 そう告げたのは、太陽の光そのものが形になったような、黄金の髪を持つ美女……エレーナだった。

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