写真はイメージ=123RF 目指すは収支盤石な「安泰家計」、しかし現実は日々のやりくりに四苦八苦――。そんな「お困り家計」でも、プロから見れば打つ手はある。本コラムでは、実際にあった家計相談を基に、金融ITに強いMILIZEがシミュレーションを用いて改善に必要な金額を逆算。ファイナンシャルプランナー(FP)の前田晃介氏が具体的な改善策を提案する。3回目は、遺産相続で1億円を手に入れた40歳独身男性の相談。「仕事をやめて好きなゲームだけして生きていきたい」――。果たして望みはかなうのか。
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「まとまった遺産が入ったんですが、これで残りの人生、働かずに暮らせないでしょうか?」
今回、私(FPの前田晃介)の事務所にやってきたのは、チェーンストア大手に勤める独身サラリーマンのEさん(40歳男性)です。聞けばEさん、遺産相続で約1億円(相続税を支払った後の手取り金額)を手にしたとのこと。「サラリーマンの生涯年収は3億円くらいですよね。ならその3分の1があれば、もう働かなくてもいいんじゃないかなって……」とEさん。なるほど、お気持ちはよくわかります。
「それで1億円を元手に増やしてみようと、スマートフォン(スマホ)の広告に出ていたFX(外国為替証拠金取引)や仮想通貨に投資してみたんですよ。最初、100万円ももうかったんで『これならいけるかも?』と投資額を増やしたら、あっという間に1000万円の損失が出ちゃいまして」。なるほど、すでに1000万円の損失ですか……(この時点で少し頭が痛くなりました)。
「残り9000万円と貯金で500万円、合計9500万円が手元にあります。話は戻りますが、これでなんとか働かずに暮らしていけないでしょうか?」とEさんは聞きます。私は、「残念ですがEさん、老後を迎えた途端に資金が尽きてしまいそうです」とお話しせざるを得ませんでした。
■9500万円あっても66歳で赤字に
Eさんは東京23区内の賃貸マンションで一人暮らし。年収は約600万円で、結婚する気はなく、収入の大半を趣味のゲームに費やしているそうです。「仕事をやめたい。つらい」と繰り返すEさんに理由を聞くと、仕事の内容に興味が持てない、職場の人間関係も悪い、出世コースに乗れず先の展望もないとのこと。そんな中、遺産でまとまった金額が入ったことから、「仕事をやめてゲーム三昧の人生」という夢をお持ちになったようです。
確かに1億円(既に1000万円も目減りしていますが)という大金があれば、早期リタイアも夢物語ではありません。私もこれが50代半ばの方なら「早期リタイアしても問題ありませんよ」と背中を押すところですが、いかんせんEさんはまだ40歳。1億円を元手にリタイアするには若すぎるのです。
Eさんの家計状況を聞いてみると、月の支出は35万円ほど。つまり年間支出は420万円です。独身の気安さからか、全体的な支出も多め。都心住まいで住居費が高めなのは仕方ないところもありますが、趣味娯楽費が突出しているのが気になります。
月に6万4000円ものお金を費やす趣味とは何なのか聞いてみたところ、「ゲームです」とうれしそうに答えるEさん。「毎月、新作のゲームソフトを買ったり、スマホゲームの課金につぎ込んだり……。課金だけで月に1万~2万円は使ってますね。あと、ゲーム仲間と集まって遊んだりする『オフ会』にもお金がかかります」と話します。なるほど、Eさんの生活が見えてきた気がしました。
図1 Eさんの家計状況。趣味のゲームにお金をつぎ込んでいる(支出の平均額は、収入が同程度の家計の平均。総務省の家計調査を基にMILIZEが算出) 次にEさんに、仕事をやめた後にどんな生活を送りたいかを聞いてみました。「ゲームに費やすお金は絶っっっ対に減らせません。むしろ増やしたいくらいです!」と力説します。そのほかの生活費については、多少なら削ってもいいが、今の生活をあまり変えたくないとのこと。そこで、趣味娯楽費はそのまま、住居も現在の賃貸マンションに住み続けるとして、そのほかの支出(基本生活費)を65歳までは8割、それ以降は7割に減らしてシミュレートしてみました。物価の上昇なども考慮すると、年間支出は390万~410万円ほど、月に31万~33万円ほどで暮らしていくことになります。遺産の1億円については、ひとまず資産運用はしないものとして、その運用益もシミュレーションから外しました。
Eさんが老境に入ってもゲームを続けているのか疑問もありますが、まずはこの条件で試算してみます。結果、65歳時点での金融資産残高は約149万円で、66歳から赤字に転落します。65歳からは年金として年間99万5000円の収入も発生しますが、支出をカバーするには到底至りません。といいますか、9500万円を想定支出の約400万円で割れば23.8年ですから、詳細なシミュレーションを出す以前に資金不足は一目瞭然でした。
図2 Eさんが41歳で早期退職した場合の生涯資産シミュレーション結果。66歳で赤字に転落する この結果を伝えると、「そうですか……やっぱり無理か」と肩を落とすEさん。ただ、どこか腑(ふ)に落ちない顔をしています。聞いてみると、「思ったよりも、受け取れる年金が少ないように思いまして」と言います。なるほど、ここに誤解があったのか、と私は気づきました。どうやらEさん、早期リタイアすると受け取る年金が減ることに思いが至っていなかったようなのです。
Eさんが定年(60歳)まで仕事を続けた場合、65歳から受け取る年金は年間195万円になります。ですが、仮に41歳で退職した場合の受給額は、前述したように年間100万円弱。半分ほどしか受け取れないのです。仮に90歳まで生きるとすると、生涯を通じて受け取る金額の差は実に2400万円近くになります。さらに、これまでは会社が一部負担してくれていた社会保険料も、早期リタイアすれば全額自腹です。つまり、年金は減り、支出は増える。早期リタイアするのであれば、この点も踏まえてライフプランを組み上げなければいけません。
■地方移住したら何とかなる?
この結果を伝えると、「年金が減るとは考えてもみませんでした」とEさん。すると、ふと気づいたように「生活コストの安い地方に移住したら、何とかならないでしょうか」と聞いてきます。確かに、地方は都心よりも生活コスト(特に住居費)を低く抑えられます。ただし、総務省統計局の家計調査(2016年)によればせいぜい1割減がいいところ。また、地方では車を保有しないといけないケースが多く、思った以上に生活コストが下がらないこともあると聞きます。
確かに、居住費の安い山間部など、場所を選べば生活コストをもっと大きく減らせるかもしれませんが、「ゲームが好き」「ゲーム仲間とのオフ会に行くのが楽しみ」というEさんが不便な場所で暮らせるとは思えませんでした。ちなみにEさん、東京近郊の出身だそうで、Uターンする地元があるわけでもないそうです。地縁もなく、生活コストを下げたいというだけでの移住は、かなりの確率で失敗しそうに思えました。
あまりお勧めできないなと考えつつ、参考データとして、とある地方都市に移住した場合のシミュレーションも算出してみました。条件は上記とほぼ同様で、趣味娯楽費はそのまま、基本生活費は当初8割に、65歳から7割に削減するとしました。大きく変わるのは住居費と自動車関連費用です。住居費は、その都市の家賃相場から現在の半額の月額5万円に設定。他方、移住後に自動車を150万円で購入し、維持費は年間30万円と見込みました。車の買い替えは15年ごとに150万円を費やし、75歳まで運転するとします。買い替え頻度を長めにとることで、資産をあまり削らない設定としました。
さて、結果はどうだったでしょうか。残念ながら、こちらでも68歳で資産を食いつぶし、赤字に転落します。家賃こそ安くなりますが、車の保有コストが重く、赤字となるまでの期間を2年しか延ばせませんでした。このほか、基本生活費を7割にして都心に住んだらどうか、地方でもっと生活コストを下げたらどうかなど幾つかの条件を検討してみましたが、いずれも「安泰老後」とは言いがたい結果になりました。
図3 地方移住した場合の生涯資産シミュレーション結果。家賃は半額になるが、車の購入・維持費がこれを打ち消す。68歳で赤字に転落する もちろん、ギリギリまで生活コストを削れば、手持ちの1億円弱で天寿を全うできるかもしれません。とはいえ、生活コストの削減はすなわち「余裕」を削ることを意味します。Eさんが望む「楽しいゲーム三昧の生活」は厳しくなるでしょう。また、年を取れば病気にかかりやすくなります。思った以上に医療費がかかったり、急な入院で出費がかさむといった状況も考えられます。人生には何が起きるかわかりません。余裕のない生活を前提に設計したライフプランは、あまりにもリスクが高くお勧めできないとお話ししました。
■51歳まで働けば「安泰老後」手中に
Eさんはしばらく押し黙った後、「すぐに仕事をやめるってのは、どうやら無理みたいですね」と納得したようにつぶやきました。そこで改めて、Eさんとともに想定する「ゴール」を考えることにしました。
Eさんの希望ははっきりしており、「早く会社をやめたい」「趣味のゲームにお金をかけたい」の2点に尽きます。ですので、「今の生活を続けながら、可能な限り早くリタイアする」をゴールに設定しました。生活費を切り詰めれば早くリタイアできますが、その分、趣味にお金を使えなくなります。ということで、当初より10年先――Eさんが51歳の年にリタイアできるかどうかシミュレートしてみました。
51歳でリタイアした後の想定支出は、41歳リタイア時の設定と同様としました。つまり、趣味娯楽費と住居費はそのまま、基本生活費はそれまでの8割、65歳以降は7割です。この条件でシミュレートすると、51歳の時点での貯蓄は1億1677万円と、十分なほどの金額がたまっています。以降はこの1億円強を取り崩しつつ生活していくことになりますが、65歳以降は年金として年間153万円が入ります。これにより、かなり「羽振り良く」お金を使っても、90歳までは十分な資産が残る結果になりました。
図4 51歳まで働いた場合の生涯資産シミュレーション。退職後に「ゲーム三昧」の生活を送ったとしても、90歳まで十分な資産が残る なお資産運用に関して、FXや仮想通貨は絶対に手を出さないようにアドバイスしました。これらは金融商品の中でも最もハイリスク・ハイリターンなもの。プロですら勝つのが難しいのに、「投資の勉強なんてしたことがない」というEさんのような初心者が手を出していいものではありません。「これから勉強して、無理なく資産を増やせるものに投資します。FXや仮想通貨からは手を引きます」とEさん。今後の投資先としては、債券投資や投資信託など、長期かつ分散投資が可能な金融商品をお薦めしました。
Eさんは、「10年は長いような気もしますが、それでも『ここまで働けばやめてもいいんだ』という目標ができたので、しばらく頑張っていこうと思います」と前向きになったようです。また、「仕事をやめた後は、好きなゲーム関係の仕事やアルバイトを探して、『半リタイア』するのもありかな」とEさん。趣味のゲームを仕事にできれば、それはきっと楽しいですよと話して、今回の相談を終えました。
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Eさんが帰った後、仮に自分がEさんの立場だったら早期リタイアするだろうかと考えてみました。答えは……「ないな」です。おそらく、最初の数年は楽しいでしょうが、それを過ぎたらやることがなくなってしまいそうです。確かに忙しい毎日ではありますが、人との関わりの中で生きている今の方が、私には魅力的に映ります。
あ、でも、実際に1億円もらったらわからないかも……。
前田晃介 株式会社マネープランナーズ代表取締役。不動産賃貸管理業を経て、ファイナンシャルプランナーに転身。独立系FP会社でライフプランニング、資産運用、不動産購入等のコンサルティング業務に従事したのちマネープランナーズを設立。年間100件以上の個別相談を受ける。CFP、1級FP技能士、宅地建物取引士、貸金業務取扱主任者。 MILIZE(協力)
金融機関向けのソフトウエア開発やコンサルティング業務を手掛けるほか、個人向けの人生シミュレーションプラットフォーム「MILIZE」(https://milize.com/)を提供。給与や生活費のデータを入力すれば、現時点の生活費などの診断に加えて、将来の収支予測なども提示する。2017年11月に社名をAFGからMILIZE(ミライズ)に改称。
(マネー研究所 川崎慎介)
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