2018-02-28
■計算機に絵を描かせるとは言語道断 と言われた時代 
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昨夜は、敬愛する西田友是先生の紫綬褒章受賞パーティだった。
西田研は福山大学から始まり、あるとき突然東大に抜擢されて東大に移り、西田教授が退官するタイミングでUEIリサーチとして民間研究機関に移行し、2年前にUEIリサーチはドワンゴに移管、昨年からドワンゴCGリサーチとして活動している。
西田先生といえば、西田節である。
まあとにかく若い頃からの恨みを忘れない。
学生の頃は「計算機で絵を描くとは何事か」とバカにされたというエピソードは有名だが、他にもいろいろおもしろいエピソードがあったらしい。
白眉なのは「議員から、軍事利用の可能性のあるCGの研究には反対」とかはかなり笑える。確かにCGはフライトシミュレータなどで実際に軍事利用されていたし、テクスチャマッピングなどの技術はNASAのジェット推進研究所で開発された。
「ソフトを東京に売り込むが、地方で先端技術はできるはずないと言われた」
ほんとにそこまで言う失礼な人がいるかどうかわからないが、まあ時代を考えるといたとしてもおかしくない。
出版社主催のツアーの引率者の件とか、査読拒否の件とか、国際会議の旅費に科研費が使えないから全部自腹だったとか、どこかに記録してあるのかというくらい細かく恨み節が書いてあって、素晴らしい。
西田先生のある種の原動力は常に「コノヤローいつか見返してやるぞ」という負のモチベーションであり、なにか人と違ったことをやってやろうという不屈のチャレンジ精神である。
西田先生の探究心の始まりは計算尺だったそうである。
僕も実物を見たことはあっても使ったことはないが、対数の原理を応用したもので、本来は加減算には使えないらしいが、若き日の西田少年は自力で加減算に使う方法を編み出してしまったのだという。
このあたりの話を聞いていてピンとくるものがあった。
西田先生と初めてお会いしたのは、1999年の春頃のはずだ。
当時、隆盛を極めていた日本のゲーム業界だったが、94年のプレイステーション以来、急激にゲームのCGが高度化し、もともと数学力の低い人の集まりだったゲーム業界(というと怒られるが、今はともかく、この当時はゲームプログラマーというのは高卒か専門卒が普通で、大卒はほとんどいなかった)に、突然やってきた4×4行列の積和演算に四苦八苦するプログラマーの諸先輩方はまるでペリーの乗った黒船を迎えるお相撲さんのように見えた。
22歳の僕は、今後日本のゲーム業界の技術力が海外に比べて著しく衰退していく予想を立てていた。当時、これを信じる人はほとんどいなかった。今思えば、信じたくなかったのだろう。
その頃読んだ本の中にひとつ、とても印象的な本があった。手頃なサイズであるにも関わらず、コンピュータグラフィックスについて非常に広範囲について書かれており、なおかつ挑戦的な内容の本だった。
CESAが主体となって、日本版GDCをやろう、という企画が立ち上がった時、僕は第一回CEDECのプログラムの大部分の企画をやることになった。そのときにぜひとも入れたいと思ったのが、「ちゃんとした」コンピュータグラフィックスの講義を盛り込むことである。それには、この本を書いた人物がうってつけだと思った。
その人こそが西田友是先生なのだが、僕が驚いたのは西田先生が当時まだ発売されたばかりのiモードを持っていて、なおかつ自作ツールでスケジュール管理をしていたことである。それが彼にとって、なにも特別ではないという、ごく自然体でそうしていたのだが、自分としては、そんな大人を初めてみたので物凄く驚いたことを覚えている。
1999年といえば、2月22日にiモードが発売されたばかり。
西田先生にお会いしたのは遅くとも7月だから、まだ発売されて半年も経っていない新しいデバイスを使ってプログラミングしていたことになる。しかもこの頃、携帯電話用Webを作ってる人なんて数えるほどしか居ない。ましてやスケジュール管理をさせようなんていうのはぶっ飛びすぎた発想だ。
実際、この頃携帯電話で今で言うクラウドを使ったスケジュール管理ツールを作っていたベンチャー企業PIMは、ソフトバンクに買収され、後にYahoo!Japanという会社になった*1。
要は最先端のベンチャービジネスマンと同じレベルの感性を当時の西田教授は持っていたことになる。
ちょうどその頃、僕もiモードを買って夢中になってゲームをつくり、どうやら携帯電話とインターネットの相性は抜群に良さそうだと確信していたときだっただけに、目の前の人物が東大教授という権威を超えた、なにか恐ろしい迫力を感じたのをよく覚えている。
当時、携帯電話でゲームを作るなんていえば、それこそ笑われたものだ。
「超リッチなプレステ2と大画面TVがあるるのに、なんでモノクロでちまちまゲームなんかやんなきゃなんないの?」
あるとき、セガから転職してきた企画職の部下に、ほとんど出会い頭に
「私、ケータイのゲームを作らされるなんて聞いてません。そんな格下の仕事をするために来たんじゃありません」
と言われたことがある。これも恨み節っちゃあ恨み節だろうか。
その前は「リアルタイム3Dのゲームなんて誰も遊ばない」と言われたこともある。
僕にしてみれば、時代の潮目を感じ取る力のない、鈍い人の発言と笑って受け流していたが、同時に「いつか(鈍いあんたにも)いやんなるくらい分かる日が来るだろう」と思っていた。
ただ、僕の場合は幸運にも、それほど時間を待たずに予感が現実になることが繰り返されたので、西田先生のように何十年も鬱憤を貯めるようなことはなかったが、西田友是という人物の生き方やパッションに、僭越ながら強烈なシンパシーを感じてしまったのは事実だ。
計算尺、計算機、iモードといった道具と、西田先生との関わりを考えると、ひとつの関わり方が見えてくる。
それは「本来の目的とは違う使い方の発見」である。
iモードは、別にスケジュール管理をするために設計されたわけではない。計算機は、絵を描くために設計されたわけではない(だいたい、西田先生の時代はディスプレイそのものが発明されていない)。計算尺も加減算のために開発されたわけではない。
けれども、そこで光るのは、「本来とは違う使い方」を考えてみようという「遊び心」が実は重要だということだ。
学部生の頃の西田少年にとって、大学の計算機で絵を描くというのはとてつもない遊びだっただろう。彼は否定も肯定もしないが「遊んでやろう」という気持ち、「もしも計算機で絵がかけたら凄いじゃないか」というワクワク、ドキドキする気持ち、そういう気持ちがどこにもなかったら、何十時間も書けて複雑な計算を行い、隠れ面処理や隠れ線処理のアルゴリズムを考案するといったことに情熱を傾けることはできない。
祝賀会の会場にはゲーム会社やエンジニア、プレステの黎明期の伝説的なエンジニアも多数参加した。今でこそ3DCGはゲーム開発になくてはならない基礎教養だが、我々はこれを最初にやろうとした男が「遊ぶな」と怒られたことは深く記憶に刻まなければならない。
「それを使って遊ぶな」と怒られて、シュンとしてもう二度としない、というようなものは、その人にとって所詮その程度のものだったのだ。
「それを使って遊ぶな」と怒られても、「なにくそ、おまえにこの値打ちがわからんのか。しょうがねえな。おまえはボンクラだからな」と自分の信念を曲げず、立ち向かっていくとき、たぶんその挑戦には単なる遊び以上の価値があるだろう。
僕はAI時代の子供に必要な能力は、「余計なことをする」能力だとときおり主張している。
ある道具を目の前にした時、心を無にして、その道具が作られた目的を一旦忘れ、その道具を関数y=f(x)に見立て、どんなxに対してどのようにyが返ってくるか想像する。そしてそのような性質は、他にどのようなことに使えるか想像する。
こういう発想は、本来は「余計なこと」だが、人間は「余計なこと」をするから新しい世界が生まれる。
「そんなことをやってなんになる」と言われるようなことをもっとやれる人間でありたいし、そういう人間を応援する人間でありたいと僕は思った。
*1:蛇足だがPIMの社長だった松本さんは今、僕とギリア株式会社という会社をやっている。縁は異なものである
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