年間30日以上学校を休んだ場合、文部科学省の定義では、おおむね「不登校」と判断される。しかし、秋田県に住むNPO法人代表の松浦真さん(36)の長男の駿くん(9)は、あえて小学校を年70~100日欠席し、全国出張のある父親の仕事に帯同して自分のペースで学ぶ。松浦家の教育方針を学校や教育委員会も受け入れている。

 真さんは学校と学校外の学びを組み合わせた教育方法を「ハイブリッドスクーリング」と呼び、学校に合わない子どもに向けた一つの選択肢として普及を目指している。松浦さん親子の暮らし方とは。学校や教育委員会の理解をどのように得たのか。まずは生活の様子を動画(約8分)で見てほしい。

【連載】多様な学びの形

車内でごはんを炊く松浦さんと駿くん

 秋田県五城目町(ごじょうめまち)に住む松浦さん一家の長男・駿くんは、町内唯一の小学校、五城目小学校の3年生。ただ、その通い方はかなり特殊だ。自宅で勉強したいときには自分で学校に電話をし、欠席する。その時間を使って図書館へ行って読書に没頭したり、自宅で自習をしたりする。

 また、全国出張のある父親の真さんに家族で帯同し、1~2か月、まとめて学校を休むこともある。2017年12月中旬から2018年1月の約1か月、松浦一家は学校を休んで、全国を転々としていた。自治体などに向けた教育プログラム開発を手がける真さんの仕事は、大阪や香川、東京など全国各地で打ち合わせが生じる。そこに駿くんや長女の千尋ちゃん(6)はいつもついていき、父親の仕事ぶりを見たり、現地の博物館などへ行ったりして過ごしている。

 仕事で全国へ行くとき、家族は電気自動車(軽自動車)の屋根にテントをつけたオリジナルカーで移動し、暮らす。移動が長くなるときは、高速道路のパーキングエリアで一夜を明かすことが多いという。食事は車内に炊飯器を持ち込んで、ごはんを炊き、行く先々で漬物や佃煮などの「ごはんの友」を購入し、楽しむという。

 取材の日、ごはんがうまく炊けないトラブルがあった。この日ごはんを炊いたのは真さんだが、駿くんは「ごはんが硬い」と顔をしかめた。旅にトラブルはつきもの。妻の智子さん(37)は、「旅で起きるトラブルにどう対処するかも立派な勉強。粘り強さを身につけてほしい」と話す。

 松浦家の考え方は、学校外でする様々な体験すべてが「学び」だ。テストの点数で学力を測れるような教育だけが学びではないという。しかし、このような教育法で、学力的に大きな遅れは生じないのだろうか。

真さんが仕事の打ち合わせをしている横で算数のテキストを解く駿くん

 「算数は得意な教科なので、今は小学校5年生ぐらいの問題まで進んで、ドリルを自分で解いています」と話す真さん。思えば、真さんの仕事の打ち合わせの横や、パーキングエリアの空きスペースで、言われなくても算数のドリルを取り出し、勉強する駿くんの姿があった。

 そのほかの教科についても、学習塾の実施する全国模試などを活用し、大きな遅れがないかチェックをしているという。自宅の壁には得意な算数の科目で、3年生レベルを終えた、とする算数検定の賞状が飾ってあった。「合格するためにたくさん勉強した」と話す駿くん。

 「学校外で学ぶことのメリットは、一方的に教えられるのではなく、自主的に学んでいく姿勢を育んでいけることだ」と真さんは話している。

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インタビューに答える真さん

 そもそも、なぜこのような学び方を選んだのだろうか。真さんはいくつか理由を挙げた。

 「学校のペースというのが駿に合わなかった。例えば小学校は1コマの授業が45分で区切られてしまうが、駿によると、もっと学びたいな、と集中してきたころに授業が終わってしまうことがあった。また、先生の話した言葉を理解するのに、少し時間がかかる子なので、よくわからないまま、先生の『わかった?』という問いかけに『うん』と言ってしまうことがあった」

 駿くん本人も理由をこう説明した。「算数の授業があるとき、私はもう答えがわかっているので、面白くないなと思って、学校に行きたくないなと思った」

インタビューに答える智子さん

 一方で、真さんや智子さんは学校という場所に魅力を感じる部分も大きいのだという。

 「学力を伸ばす、という点で言えば、これだけインターネットが発達した時代に、必ず学校で学ばなければならないという状況ではなくなっている。しかし、地域の歴史や文化・伝統を学ぶといった点では学校が受け継いできたものがある。また学校でなければ入れない場所に行けるといったこともある。地域とのつながりを学ぶ場として、学校に通う時間は大切にしたい」(智子さん)

 こういった思いから、学校に行く時間をゼロにはしたくないと考えている松浦さん夫妻。始業式には必ず出席する、運動会などのイベントに出ると決めたら、周りへの影響も考え、運動会が終わるまでは学校に通い続ける、などと、メリハリをつけて学校に通わせている。

五城目小学校の戸部校長

 松浦家の教育方針を学校はどう捉えているのだろうか。

 駿くんの通う、五城目小学校の戸部裕隆校長は「本人が学校に行かないことへの思いや、松浦さんの考えを聞いたので、一番いい形で駿くんが成長できればと思い、学校に来ない日があることについてどうのこうのとは思わなかった。子どもの発達の状況をみて自然な形で来る日が増えることが望ましい」と説明する。

 他の先生に対しても状況を説明し、理解を得ているという。学習の進度についても担任がフォローしており「今のところ困った状況にはない」と話す。「休んでいる間も、だらだらとしているのではなく、目的を持って休んでいると聞いている」と言い、松浦さんとの信頼関係があると感じられた。

 松浦さんの教育法について理解できるかたずねると、「10年後、20年後、30年後の日本の社会を見据えた上で、目の前の子どもをどうやって育てるかといったときに、正解を固定化しない柔軟性は必要」だとし、「(保護者と)一緒に考えていく教育が大事だと思っている」と受け止めていた。

 

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五城目町教育委員会の川村係長

 教育委員会も同様の意見なのだろうか。五城目町教育委員会の川村拓・学校教育課係長は「駿くん自身がどう思うか、というところに重きをおいている。経過的な部分や見なければならないデータはもらっているが、問題ないと思っている。保護者との関係もスムーズで、正直な言葉を交わしているので、非常に順調にいっているという印象だ」と話す。他の保護者や児童からも「駿くんだけ学校に行かなくていいのはずるい」といった反発も起きていないという。

 ただ、これから学年が上がっていき、成長の過程で駿くん本人の意向も変化するかもしれないと思っているといい、「今後も本人の気持ちを第一にサポートしていく。教育委員会からこうしてほしいと押し付けることはない」と話した。

 学校・教委ともに、保護者や本人の意向を最大限尊重しようとする姿勢が伝わってきた。

平日に秋田市内の図書館で過ごす駿くん

 学校教育法では、「保護者は、子の満六歳に達した日の翌日以後における最初の学年の初めから、満十二歳に達した日の属する学年の終わりまで、これを小学校又は特別支援学校の小学部に就学させる義務を負う」と定められている。子供を小学校に行かせることは親の義務だ。

 一方で、2017年からは「教育機会確保法」という法律が新たに施行されている。教育機会確保法では「不登校児童生徒が行う多様な学習活動の実情を踏まえ、個々の不登校児童生徒の状況に応じた必要な支援が行われるようにする」ことを基本理念としている。

 この流れの中、2017年に出された新しい学習指導要領(小学校)の解説には「不登校児童への配慮」という項目が設けられ、以下のように明記された。「不登校児童については、個々の状況に応じた必要な支援を行うことが必要であり、登校という結果のみを目標にするのではなく、児童や保護者の意思を十分に尊重しつつ、児童が自らの進路を主体的に捉えて、社会的に自立することを目指す必要がある」
 

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車の上のテントで笑顔を見せる駿くん(左)隣は妹の千尋ちゃん(6歳)

 2016年度の問題行動・不登校調査によると、不登校の子どもは小中高合わせて全国で18万人いる。不登校の要因は、「不安」や「無気力」が小中ともに約3割と高く、いじめや先生との不和などの「人間関係」のほうが割合は低くなっている。不登校というといじめなどの要因が浮かびやすいが、学校に「合わない」ことで不登校となっている子どもも多いかもしれない。

 真さんは次のように話す。「学校に合わないからだめとか、学校というシステムに違和感はあるけど他に選択肢がないから、行くしかないって思っている人も多いと思うんです。でも学校以外での学び方が確立されていくともっといいなと思います」

 子どもが「学校に行きたくない」と行ったとき、うろたえたり、なんとかして行かせようとしたりする保護者や学校はまだ多い。ただ「学校に通うのが義務」という考え方に固執せず、不登校となったことを生かし、学校や教委と連携すれば、現在の法制度の下でも工夫次第で多様な学びを実現できる━━。松浦さん一家と秋田県五城目町の新たな取組みからは、そのような可能性が感じられた。

(取材・文・撮影/高山千香)

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