エガブロ

“本当にしたいこと”ってなんだろう?俺が不定期に陥る、「全てがつまらない」という状態異常

“本当にしたいこと”ってなんだろう?俺が不定期に陥る、「全てがつまらない」という状態異常

当記事には鬱成分が多く含まれています。そのような内容に耐性の無い方は、絶対に閲覧しないで下さい。

 このブログを更新したのは、もう3ヶ月以上ぶりになるのか。
 メインブログ(EGweb.TV)では2月7日に記事を書いたが、そこから俺の手はピタリと止まった。
 また3週間ほどを無為に過ごしたようだ。非生産的な毎日を送っていると、時間は恐ろしく早く過ぎ去る。


 俺は約2年前から、“闇期(病み期とも言う)”が来る事がある。
 メインブログのSSL化を行い、アクセスと収入が激減した時からその頻度はさらに増した。
Check【完全敗北】メインブログのアクセス動向から判明した、常時SSL化のメリット・デメリット

 こうなると活動意欲を失い、無気力になり、怠惰な生活を貪り始める。
 元来の豆腐メンタルに加え、熱しやすく冷めやすい性格だ。スイッチが入ると周りが見えぬほど集中するが、サボる時はとことんサボってしまう。

 今回は、そういう非常に両極端な人間の話である。

リアルとバーチャルの狭間は、灰色の世界


 闇期に入るタイミングは決まっている。「数日ほど作業から離れた時」だ。
 特に1週間以上の間が空き、それまでのペースを崩すとかなりヤバい。仕事に戻ろうとしても心に強いブレーキが掛かり、作業が手に付かなくなる。
 すると、泥沼にハマるように状態は悪化していく。

 LINEを返したり、電話に出るのもやたら億劫になる(この時は多くの人に迷惑を掛けてしまう)。
 SNSすら煩わしい。Twitterで呟いたり、いいねやRTをしたり、リプやDMを返す気にもならない。
 世の動向に全く興味が湧かず、外界から自分を隔離し、誰からの干渉も受けない世界に染まる。

 そこからは、ただただアニメやゲームに没頭する“究極のニート生活”が始まる。
 そのお陰で好物の鬱アニメはほぼ制覇し、ゲームはネット麻雀や、自由度の高いローグライク系をよくプレイした。

 アニメとゲーム漬けの毎日を送る、完全な1人の時間。
 どれだけ起きようが、遊ぼうが、寝ようが、誰にも咎められる事はない。
 まるで憑りつかれたかのように仮想空間に身を置く。時々、そんな世界へ入りたいとも思う。まさに現実逃避だ。

 また、俺は固定メンバーと月に1回麻雀をするのだが、今年に入ってから全敗している。
 もはや自分に運気すら感じられない。もっとも、今の状態からすると至極当然の結果だろう。
 だが、牌を握っていると少しは気が紛れる。元々勝敗はさほど重視していない(悔しいけど)
 こうして、ひとしきり遊びまくる日々を過ごす。

 しかし、ふとしたタイミングでTwitterなどを開くと、現実が容赦なく流れ込んで来る。
 作業をしている人、記事を書いている人、飲んでいる人など、一画面の中に様々な人たちの行動が詰まる場所。
 そして思う。世の中はこんなに進んでいたんだな…と。

 すると、途端にアニメやゲームは魅力を失い、代わりに空白の時間の重さを痛感する。少し寄り道をしたつもりが、本来の場所の光景は様変わりしている。スケールは全く違うが、さながら玉手箱を開けた浦島太郎のような気分だ。
 だが、作業をしようという気にはならず、やがて全ての物事がつまらなく感じられ、今度は“何もしない時間”に浸り出す。

 リアルとバーチャルの狭間は、まるで灰色の世界のようだ。そこに目を引く色など存在しない。
 実際に文字に起こすと相当ヤバいな、コレ。

『この仕事は天職だ』『エロを極めたい』概念の崩壊


 俺が究極のニート生活を送れるのは、メインブログのお陰だ。冒頭のSSL化により致命傷を負ったが、その広告収入と貯金があるからこそ、今回のようにただ遊んでいても生きられる。
 組織の一員として働いていたらこうはいかない。すぐに解雇宣告を受け、職を失ってしまうのがオチだ。
 その点、日々会社勤めをしている人たちは本当に尊敬する。

 約6年前、自由を手にする為に収入ゼロ・知識ゼロでアフィリエイト(以下、アフィ)業界へ飛び込んだ。
 人は、自分の能力と向き合いながら生きる必要がある。俺はアホだが、出来ることと出来ないことが分からないほどアホじゃない。
 学生時代から文章を書くことだけが得意だった。そして出会い系アフィに挑戦したら稼げた。だから本格的にエロブログを始めた。
 今の仕事をしている理由はそれだけだ。元から性欲が薄く、エロジャンル自体に特に興味はなかった。

 が、生きるために文字通り死に物狂いで記事を書き、更新していた。誰との交流も無く何かしらの反応すら得られない、そんな暗闇の中で光を求めてあがき続けた。
 この時の俺は、危機感から生じる無尽蔵のエネルギーで動いていた。絶望と沈痛が引き出した、火事場の馬鹿力だろう。
 当時の極貧時代のほうが、よほど精気に満ち溢れていた。今より環境は遥かに悪いにも関わらず。
 そんな過去の自分は、どこにも居ない。

 普通独立しようと決めたら、「好きなこと」を仕事にするハズだ。新しい環境は怖い…が、考え得るリスクを上回る魅力を感じるからこそ、自分の力だけで生きることを選ぶのだろう。
 実際に降り立った道がどんなに悪路だったとしても、覚悟が恐怖を塗り潰し、歩みは止まらない。そこで心が折れるようなら、「その程度のこと」というだけの話だ。
 好きなことに携わるとは、フリーランスになるとは、そういうことだと思う。

 しかし、俺は真逆だった。「特に興味のないこと」を始めた結果、たまたま金が稼げると知り、なまじそれがメインの収入源となってしまった。
 ピーク時は、一部の業界のトップに立ったとも自負している。多くの読者や同業者たちに恵まれた時、俺が目指した場所はここだ…そう錯覚した。

 だが、なぜか満たされない。心の底から嬉しいと思えない。何より、やりがいを感じられないのだ。
 理由は明白だった。俺は金のために、特に興味のないことをしていただけだから。そのやる気を維持しようと、『この仕事は天職だ』とか、『エロを極めたい』とか、エロ業界に居るワケを後付けしていたに過ぎない。

 もちろん、嫌いなことをしているうちに、好きなことに変わるケースもあるだろう。
 ただ、俺はそうはならなかった。ふと気付いた時には、エロブログを運営する意味が分からなくなっていた。
 事実、努力したと言えるのは最初の2年間だけで、その後は特に頑張ってはいない。それほど、俺の熱は冷め切っていたようだ。

 この感覚は、約2年前からずっと抱えていた。得体の知れぬ違和感が、心の中に沈殿し続けていた。
 自由を求めた俺が迷うとは、なんとも皮肉な話なのだが。

命より軽い、ただの“紙切れ”と化した金


 突然だが、あなたには欲しい物があるだろうか?
 俺は特に思い浮かばない。元々物欲が無い上、なんとなく稼いだ「あぶく銭」では使い道が見つからないのだ。

 今までにした一番大きな買い物は、外車を購入したことくらいか。しかも、自分の実績を周囲に認めさせたいが為のただのエゴだ。実際に乗る機会は少なく、その車には本当に申し訳ない事をしたと思っている。
 ただ、作業に関係する物は定期的に買う。最近は新しいノートPCを注文したが、ニート生活に使用するのでは宝の持ち腐れだ。

 極貧時代は、とにかく金だけを欲していた。それを手にした者が勝つと考えていた。
 が、今実感していることがある。金の価値は、費やした時間と労力の質に比例するのだ。

 極端な例だが、詐欺行為をしたり、俺がクソ嫌いなボッタクリ店などが得る金は無価値に近い。
 誰かが悲しみ、苦しんで吐き出した金の行方は容易に想像できる。文字通りただの“死に金”になるだけだ。

 一方、例えば自分の仕事に誇りを持ちつつ、誰かを笑顔にして得た金は非常に価値がある。
 ブロガーなら読者の役に立つ記事を書き、手にする広告収入や原稿料などだろう。そういう金はブログのデザインを変えるだとか、取材費にするだとか、メルマガを導入するなどの“生き金”になり、選択肢も広がるものだ。

 俺が今持っているのは、言うまでもなく価値の低い金。自分のしていることに熱がなく、ただなんとなく得た金は呼応するように冷たい。
 現在、数種類の仮想通貨を保有中だが、仮に投資金を全て失ったとしても特になんとも思わない。本当に努力と苦労を重ねて得た金は使い方をよく考えるし、失った時に恐怖を覚える。
 つまりはそういう事だ。俺の金は、生活必需品を仕入れるための引換券に過ぎない。

 もし読者に多額の借金を背負っていたり、当初の俺のように極貧生活をしている人がいたら、

コイツは何を言ってるんだ?
それはお前に余裕があるからだろ?
と思うだろう。
 だが、あなたが奮起して生活に困らない収入を手にした時、金に対する価値観は変わるハズだ。
 金の価値は、決して絶対的なモノじゃないのだと。

 好きなアニメのカイジに、「金は命より重い」という利根川の名言があるが、俺にとっての金は命より軽い。
 使い道が無ければ、ただの“紙切れ”も同然だ。

上るのか下るのか、永久に続く螺旋階段


 人は誰しも“本当に好きなこと”に触れた時、ストレスから解放され、楽しさを感じるもの。
 だからこそ飽きもせず、時間を忘れるほど夢中になれる。そして一部の人は専門家、いわゆる「プロ」となり、さらに己の道を突き進んで行く。
 何故なら、したいことをしている喜びと充実感が原動力となる上、それを通じて到達したい場所があるからだ。そういう人たちのエネルギーは、例外なく凄まじい。

 が、中には息切れを起こし、路頭に迷う者もいる。エロブログで稼げた結果、自分という人間を錯覚した俺がそうだ。
 今まで抱いた信念が、掲げた目的が、取り巻く世界が、何らかのきっかけにより幻想だったと知る。その事実を直視した時、理想と現実のギャップに襲われ、身体中から力が抜けていく。
 じゃあ、俺が本当にしたいことってなんだろう…と。

 話は変わるが、アフィリエイターに「アフィ自体」をやりがいとする人は少ないだろう。
 やる事は広告を選び、サイトを制作して記事を更新するだけ。作業自体は極めて単調だ。実際、俺はこのルーチンワークに全く魅力を感じない。
 もちろん、報酬額を伸ばすのが楽しいと言う人や、自サイトが検索エンジンに上位表示されることに喜びを感じる人もいる。

 だが、大半の人はアフィ(あるいは報酬)を介して他者と食事をしたり議論をするなど、「交流」に楽しさを見出している。
 最終的には世間に存在をアピールし、承認欲求を満たそうとする人も珍しくない。
 金だけではモチベが続かないことは身に染みている。俺がこのブログを立ち上げたのがいい例だ。
 皆、『誰かに認めて欲しい』という思いがある。自分が稼ぐ意味、今していることの結果を確認したいから。

 人はなんのために己の義務を果たすのか。日々の労働に勤しむのか。
 金のため、名誉のため、家族のためなど様々だろうが、俺は道中からその理由を見失った。
 まるで目の前に、永久に続く螺旋階段があるかのようだ。上ればいいのか、下ればいいのかが分からない。どこかに辿り着くのかどうかすら定かじゃない。
 …目的が無いから、ゴールが見えない。

 コレが、闇期の根源である。

俺の周りの同業者たち


 一方、他の同業者はどうだろう。彼らは現状に満足しているのだろうか。
 ここで、周囲の人たちの短いエピソードを紹介したい。

夢も希望もない

 俺の相互フォロワーに、定期的に「夢も希望もない」と呟く人がいる。
 専業アフィリエイターの彼は個人サイトにて収入を公開しており、その額は直近で約100万円(ピーク時はそれ以上)だ。
 それだけ稼げたら、自分の食いぶちには全く困らない。事実、彼は都心のタワーマンションに住んでいる。

 ただ、先の呟きが止まる気配はない。彼もまた“違う何か”を欲しているのだろう。
 その何かは分からないが、おそらく似たような思いを抱いていると感じる。

楽しくない。虚しいだけだよ

 また、俺がよく絡むとあるアフィリエイターが居る。彼は知り合った当初、かなり無口な印象があった。
 同業者として交流を深める過程で、ネットナンパに精通しており、女を喰いまくっている事を知る。
 ふと、率直な感想を言った。

江川
凄いなぁ。それだけヤれたら人生楽しいでしょ?
いや、楽しくない。虚しいだけだよ
 ほとんどの男からすると純粋に羨ましいし、楽しそうだと感じるハズだ。無論、俺もその中の1人だった。
 だが、本人はつまらないらしい。意外な答えに衝撃を受けた。

 しかし、それでも女狩りをやめる気はないと言う。
 表現するなら「ネトナン依存症」だろうか。

簡単にヤれないコを彼女にしたい
と言いつつ、矛盾した行為を続けていた。

 昨年末、そんな彼からなんと本命の彼女が出来たと報告を受けた。
 どうやら“初日にヤれないコ”に巡り合ったようだ。純粋にめでたいし、本心から末永く爆発しろ良かったと思った。

 以降は出会い系を全て解約し、ネトナンは卒業。彼女以外とはセックスしていないと言う。あれだけヤりまくっていた男がだ。
 人は目的を成就した時、根本的に変わるのだろう。

彼女と別れて月収8ケタ

 彼女が出来た人がいれば、別れた人もいる。
 俺がアフィを始めるきっかけとなり、永遠の師匠でもある高校時代の親友がそうだ。
Check管理人プロフィール(大学生時代を参照)
 
 彼には結婚も見据えて付き合っていた彼女がいたが、本人から電話があり別れたと聞いた(時期は不明)。理由はお互いの価値観の不一致だと言う。
 親友の彼女とは何度か面識があり、円満なように見えた為かなり驚いた。

 そして昨年末に帰省した際、俺は親友と約1年ぶりに再会する。
 彼は以前から月収7ケタを稼ぐ凄腕アフィリエイターだったが、作業に没頭し続けた結果、なんと月収8ケタに到達したと言う。
 件の彼女と別れたにも関わらずだ。

 俺なら、そういう事があったら秒速で闇期に突入する自信がある。
 何が親友をそうさせたのだろう。単純にアフィが楽しいのか、大きな目的があるのか、それとも彼女と決別したからなのか。
 残念ながら、当時その理由は聞きそびれてしまった。次回会った時に確認することにしよう。










 ちょうどここを書いてる時に、親友から「彼女が出来た」と電話があった。

 タイミング凄いなw
 何にせよめでたい。末永く幸せになってくれ。



 本項で紹介したのはほんの一部の人に過ぎないが、皆それぞれ理由があり、自分のすべき事をしているのだろう。

 特に感銘を受けるのは風俗ブロガーたちだ。このジャンルはマネタイズに限界があり、想像以上に稼げない。それは俺が一番よく知っている。
 にも関わらず、彼らは店に通い記事を書き続ける。道中からその推進力が不思議でならなかった。
 …いや、きっと本当に好きなのだ。風俗という業界も、自分がしていることも。まさに俺が求めているモノだ。

 誰かが義務を果たし、誰かが権利を行使することでこの世界は回っている。
 どんな人だろうと、どんな場所だろうと、どんな仕事だろうとだ。
 少なくとも周囲を見る限り、作業をサボってる奴は俺しかいない。

とりあえず歩いてみよう。この道を


 この記事を書きながら1つの結論に至った。
 それは、メインブログの運営をやめる事だ。一度完全に離れ、気が向いた時にだけ戻ろうと決めた。

 俺はやはりエロが好きじゃない。もはや関心はとうに消え失せた。つまらないのだ、全てが。
 性欲が無いのに、何より興味が無いのに、そこに触れても楽しいハズがない。

 誤解なきよう書くが、業界自体を卑下しているワケではない。ただ自分には合わなかったというだけの話だ。
 また、今までメインブログに記事を寄稿してくれたライター、そして読者には心から感謝している。
 特に店舗やライターには、俺が無能ゆえに多大な迷惑を掛け続けた。改めて謝罪と礼を述べたい。

 やはりSSL化は、良くも悪くも大きな転機だったのだろう。
 思えば、以前から感じていたことを行動に移すのが遅すぎた。この腰の重さは早急に改善すべき課題だ。

 元々、二足のわらじを履けるほど器用じゃない。俺の性格上、どれも中途半端になる事は分かっていたハズだ。
 自分の能力を過大評価したツケは大きい。凡人には凡人なりの立ち回りがあるものだ。
 ならば、今後はこのブログに集中してみよう。今日でエロ業界と決別しよう。さよならだ。

 だが、これまでのように「本気を出す」とか、「必死に頑張る」などと薄っぺらいことを言うつもりはない。
 好きな時に好きなことを書く。今はそれだけで十分だ。
 自分のペースを崩さず、このブログとの接し方をゆっくり考えていけばいい。

 メインブログの更新停止により収入はさらに落ち込むだろうが、今はそんな事は気にならない。
 むしろ、特に興味のないことから自分を解放し、気分がかなり楽になった。
 しかし必然的に、このブログを収益化する必要がある。まずはそれを当面の目標にすることにしよう(アドセンス審査1回落ちたけど)

 無い頭で考え抜いたが、俺が得意なことは文章と麻雀だけだ。
 もしこのブログがダメだったら、古巣の雀荘に戻るか?いや、あんな淀んだ場所は二度とゴメンだ。
 どちらにしろ、堕ちる所までは堕ちた。ならば後は這い上がるだけだ。
 幸いネタのストックはまだある。未だに人生の目的は分からないが、少なくともやるべきことは定まった。

 現在の【エガブロ】は月間約3,000PVの超弱小ブログだが、もし10万PV、100万PVとアクセスを伸ばすことが出来たら、違う世界が見えるだろうか。このブログで初めて得た広告収入は、“生き金”となるのだろうか。
 そこに、俺の求めている答えがあるのかもしれない。

 ありがたいことに、当ブログはこの記事を含めて11記事しか無いが、比較的多くのコメントを頂けている。
「役に立つ記事」を書いたなどとは思っていない。だが少なくとも、「反応したくなる記事」は書けているのかもしれない。
 いずれにせよ、読者には本当に感謝しかない。

 もし俺に書いて欲しいテーマなど(エロ以外)があったら、TwitterのDMや問い合わせなどから気軽に依頼して欲しい。
 その時は、可能な限り読者の要望に添いたいと思う。

 出来ることなら、以前のようにもっと笑いながら日々を過ごしたい。
 だが、長年により培われた今の根暗な性格は簡単に治るものじゃない。人生に目的を見出した時、俺という人間はどう変わるのだろう。我ながら興味がある。

 だから、とりあえず歩いてみよう。この道を。
 30歳から、人生の再スタートだ。

最後に

 改めて思う。俺にとってブログとは一体なんだろうと。
 広告収入による収益源?知名度向上のためのツール?
 人それぞれ用途は異なるが、誰にも強いられず、何にも縛られず、自分の主張を発信する場所。
 それが本来の姿だと思う。

 その上、文章は脳が死なない限り書き続けられる。
 何歳でも、どんな状況でも、文字さえ打てるならすぐにでも始めることが出来る。
 そんな便利なブログをどう活かすかは、本人の意思次第だ。

 あなたには、人生の目的があるだろうか?そして今、“本当にしたいこと”をしているだろうか?
 一度立ち止まってじっくり考えて欲しい。自分を偽る人生は本当に疲弊する。俺がそうだったように。

 もし読者に「人生がつまらない」と言う人がいたら、現状から勇気を出して脱出し、新しいことを始めてみてはいかがだろうか。
 もしかすると、そこに本当に求めているモノがあるかもしれない。

 ブログを始めたばかりの人、そして迷える全ての人。少しずつでいい、共に歩いて行こう。
 自分に正直に生きる為に。

URL :
TRACKBACK URL :

コメントする(承認制です)

*
DigiPress

Facebookでコメントする

“闇のアフィリエイター”が、“光のブロガー”を目指して己の記事で成り上がる。
Return Top