ミーガン法の現在
ミーガン法の効用
比較的新しい制度であることもあり、ミーガン法の効用を検証した研究は少ない。唯一入手が容易なものとしては、ワシントン州エヴァーグリーン州立大学が1995~97年に発表した報告書がある。ワシントン州では、ミーガン法という言葉が出来るよりずっと前の1989年に全米に先駆けて「特に危険の高い性犯罪者」についての情報の一般告知をはじめており、この調査では一般告知開始後に釈放された(つまり、情報が告知されている)元受刑者のグループと、一般告知が開始される前に釈放された元受刑者のグループ(両者とも前科の重さは同程度になるように調整されている)を比べ、それぞれ出所後54ヶ月のうちに再犯する確率を比べた。結果は、両者のあいだに統計学的に有意な差は認められなかった。すなわち、ミーガン法によって性犯罪者の再犯率が減るという効果は一切認められなかった。(Schram and Milloy, 1995; Matson and Lieb, 1997)
面白いことに、再犯率に違いは見られなかったにも関わらず、両グループには1つだけ統計学的に有意な違いがあったと報告されている。その違いとは、再犯に至るまでの潜伏サイクルの期間で、一般告知開始後の方が「より早いうちに」再犯していることが分かった。この報告だけではその理由までは分からないが、もしこれがミーガン法の効果であったとすると、もともと意志が弱くて再犯の危険が高い人が、一般告知によって精神的に追い込まれて犯行に走ったという説明ができそうだ。
ミーガン法の弊害
一方、ミーガン法によって起こされた弊害については、多くの調査が行われている。最初に紹介するのは、米連邦司法省の一部門である National Institute of Justice が2000年12月にまとめた報告書だ。この報告書に含まれるミーガン法によって個人情報を登録されたウィスコンシン州の元受刑者への聞き取り調査によると、対象となった前科者のほぼ全員がミーガン法によって社会復帰がより困難になったと答えている。以下にあげるのが、彼らが被ったとされる具体的な困難のリストである。
83% 住居から追い出されたり、入居を拒否されたりした
77% 脅迫や嫌がらせを受けた
67% 家族が心理的に傷つけられた
67% コミュニティや知人から仲間はずれにされた
57% 職を失った
50% 保護観察員からの圧迫が強まった
3% 暴行を受けた
常識的に考えて、元受刑者から住居を奪い、職を奪い、コミュニティや仲間から疎外し、脅迫や暴力や嫌がらせの対象とすることは、彼らによる再犯を防ぐためにならないだろう。 (Zevitz and Farkas, 2000)
新聞報道や各種研究から、ミーガン法によって起こされた具体的な弊害のパターンを収集しているのが、Safer Society Foundation という非営利団体のメンバーでもあるロバート・フリーマン=ロンゴという人物だ。彼は1996年に学術誌で発表した論文と、ネット上で公開されているそれをアップデートしたものにおいて、ミーガン法が起こす弊害を具体例を交えたリストの形式にしている。そのうち、重要と思われるものを以下に紹介する。(Freeman-Longo, 1996; Freeman-Longo, 2000)
【有効性が証明されていない】 上記の通り、ミーガン法が再犯率を低下させるという効果はいまのところ確認されていない。実際に性犯罪者が逮捕された時、やっぱり周囲は「そんな人とは知らなかった」と言うのが普通である。
【被害者が通報しなくなる】 家族内のレイプやインセストの場合、一般告知によって家族全体が嫌がらせを受けるなど苦しむことをおそれ、被害者が通報を避けるようになる。あるいは、通報するなという家族内のプレッシャーが強まる。
【経済的格差によるしわ寄せ】 情報を調べて前科者入居への反対運動を起こすことのできる比較的裕福なコミュニティだけ安全になるが、結果的に貧しいコミュニティに多数の元受刑者を集中して住ませることになる。
【情報が不正確】 多くの州や地域では、元受刑者が自宅の住所を登録したところで、それが本当にその本人の住所なのか確認するだけの予算すらない。つまり、嘘の住所を記述した場合、たまたま登録された住所に住んでいる全くの他人が「性犯罪者」と決めつけられる危険がある。調査によると、正確な住所を登録している元受刑者は8割に満たない。また、情報が印刷されたり CD-ROM に記録された場合、古くなった情報がいつまでも流通し、前科者が以前住んでいた家に後から引っ越した無関係の人が嫌がらせを受ける可能性がある。
【付近住民による暴力】 これによって犠牲になるのは元受刑者本人だけではなく、その家族や友人や隣人であったり、あるいは元受刑者によって不正に住所を登録されてしまった赤の他人も含まれる。ある事件では、元受刑者が住んでいるとされた家が放火され、無関係の子どもが中で焼死した。
【被害者についての情報が流れる】 特に身内の子どもに対する虐待だった場合など、罪名とともに氏名と住所が告知されれば被害者のプライバシーも侵害される。
【住居や職を奪われる】 本来、コミュニティ内にいる元受刑者とどう共存するかという問題であるはずだが、自分たちのコミュニティから出て行けという方向に世論は傾きがち。これにより、真っ当に社会復帰する機会が失われ、最悪の場合自殺に追い込まれる。あるいは、一生名前を変えながら逃げ続けることになる。
【学校における告知の問題】 地域に危険な人がいるとして学校で告知するとき、その元受刑者の子どもや親族も学校に通っている場合がある。そうした場合、子どもがいじめにあったりして学校にいられなくなる。
【コスト分配が非効率的】 一般的に、問題が起きる前に予防するプログラムに出資するほうが、問題が起きた後に処罰や監視するよりずっとコストが安くつく。ミーガン法は後回りの施策であり、同じ資金を別のプログラムに回した方がより効率的に性犯罪を防ぐことができるのではないか。
【誰が危険度を判断するのか?】 どの程度の範囲に情報を告知するか決定するために元受刑者の危険度がランク付けされるが、そのランク付けが必ずしも医学的な根拠に基づいていない。黒人や精神障害者への差別的なランク付けが問題視される。
【実際の危険度を過大評価】 近所に元受刑者が住んでいると知ると、実際に周囲で問題が起きていなくても住民が不安になってしまう。そのため不動産の価格が下がるなどの経済的被害も有り得る。
【偽の安全】 嘘の住所を登録する元受刑者が多いというのに、近所に登録された性犯罪者がいないからと安心するのはかえって危険。また、家族や教師といった身近な人が一番虐待の加害者となる危険が高いという事実を忘れがちになる。
【容疑者による否認が増える】 一般的に、性犯罪の立証は他の犯罪に比べて難しい場合が多く、容疑者が全面的に否認すれば立証が困難になる。性犯罪の犯歴は他の犯罪と違って一生公開されると認識されれば、容疑者が罪を否認する動機が強まる。
【本来の意図とは違った方向に運用されている】 ミーガン法は特に悲惨なレイプ殺人や幼児虐待をきっかけに提案されたはずだが、登録されている性犯罪者のうちそうしたサディスティックな犯罪をおかした人は3%でしかない。また、他の犯罪にまでミーガン法的な監視体制を拡大しようとする動きもあり、まず売買春で逮捕された人の情報を公開する制度が広まっている。
これらの問題の一部は、元受刑者の危険度をランク付けする方式や告知方法などを洗練させて全国共通にしたり、間違った情報がないようにきちんと確認する予算を付けるなどの方法で防げるかもしれない。また、住居や職を奪われるという問題についても、社会復帰のための施設を設けるなどして住居と最低限の生活を保証すれば解決できるかも知れない。というより、ミーガン法を推進するのであれば、上に挙げたさまざまな問題への対処策も含めたパッケージとして提案するのが良心的であろう。しかし、前科者がひっそりと近所に入居することすら容認しないようなコミュニティが、そうした施策に必要な資金を税金で負担することを容認するかどうかという点が不安だ。