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メルル薬味草店
「この辺からずらーっと棚を並べて、こことここに作業台を置くの!立派な工房でしょ?」
「いいね。寝室は?」
「作業台の隣!疲れたらすぐ寝れるでしょ!」
「マリエラの寝室は、工房の、隣の部屋、な。」
「えー、移動するのメンドウ。」
「大丈夫。俺が、運ぶから。」
「荷物か。ジークの部屋は?」
「マリエラの、隣。」
「階段上がってすぐの部屋のほうが広いよ?」
「客室に、したらいい。ベッドが、二つ置けるから、客室向きだ。」
そんな会話をしながら部屋割りをしていく。
2階の部屋割りはすぐに決まった。一番奥、東側の広い部屋を工房にして、工房から西にマリエラの寝室、ジークの寝室、客間という割り振りになった。
逆に1階のリビングと奥のシガールームについては良い案が出ない。リビングはドアから見て幅6m×奥行14mと横長で突き当たりに暖炉がある。お貴族様はこういった部屋に細長い机を並べて、ずらーっと座って食事をすると聞いたことがあるが、マリエラはジークと2人暮らしだ。こんなに広いリビングは要らない。
ただ、暖炉はステキだと思う。冬になったら暖炉の前で甘いココアでも飲んでぬくぬくしたい。
「こんなに広いんじゃ、暖炉焚いてもぬくもらないよね。」
「部屋を、区切っても、いいかも、しれん」
「区切った部屋は何に使うの?」
「客室?」
「2階にも客室あるじゃん。誰が来るのよ……」
2人して碌なアイデアが出ない。厨房も店舗も小屋に住んでいたマリエラには縁遠すぎてイメージが湧かない。ジークも似たようなものらしい。買うべき物もたくさん出てきたけれど、ありすぎて何処から手をつけるべきか、何処で手配したらいいか分からない。
「大工さんに相談しよう」
と、しょっぱなから丸投げムードの2人だった。
とりあえず、今日明日に必要なものを買いに行き、色んなお店を見ることにする。
ジークの着替えや外套も必要だし、マリエラだってチュニックとズボンは1枚ずつしかない。靴も鞄もぼろぼろだから、エルバ靴店で新調しよう。採取用や調理に使えるナイフに裁縫道具、必要なものはたくさんある。
新居付近の店舗を中心に見て回る。買物の途中で「メルル薬味薬店」という看板を見かけた。
メルルというのは看板娘の名前だろうか。『ヤグーの跳ね橋亭』のエミリーちゃんみたいな可愛い女の子を想像しつつ中を覘く。どうやら香辛料やお茶を扱うお店らしい。見たことも無い香辛料が大量に並んでいる。
「うわぁ、珍しい!」
「おや、見ない顔だね。外から来た人かい?」
樽のような体系の、愛想の良い中年女性が接客してくれた。大半が迷宮で取れたものらしい。薬草もそうだが、迷宮は階層ごとに気候が異なるから世界中の植物が手に入る。こういった薬効の低い香辛料は浅い階層に生えているらしく、薬草採取と併せて新人冒険者の小遣い稼ぎに丁度いいらしい。おかげで迷宮都市では香辛料が流通していて、露店の串焼きでも塩胡椒がきいていておいしい。
「砂糖はちょっと高いんだ……。」
「砂糖かぶらを加工するのが手間だからね。料理に使うんだったら、こっちの『粗漉し糖』で十分だよ。あたしゃお茶でも粗漉し糖だけどね。」
『砂糖かぶら』はこの辺りで栽培されている農作物で、煮汁から砂糖が作られる。煮出した砂糖かぶらの粕は家畜の餌に、煮汁からは少量の砂糖と『粗漉し糖』がとれる。処理技術が未発達なため、砂糖の精製量は少なく値段も高い。粗漉し糖は不純物と糖分が含まれていて、味にクセがあるから料理用など用途を選ぶが安価な庶民の味として親しまれている。200年前に比べて砂糖の精製技術は進んでいるようだが、まだまだ粗漉し糖に含まれる糖分は多い。
ちなみに砂糖かぶらはオークの好物で、収穫期には臭いをかぎつけてやってくる。当然畑の周りには罠が仕掛けられ、衛兵や冒険者がオーク狩りを行なう。砂糖かぶらの収穫期にはオーク肉が大量に出回り、冬の備蓄食料として迷宮都市を潤してくれる。
「オバちゃん、粗漉し糖食べすぎだヨ、だからオークみたいになっちゃうんだヨ」
店員らしき少年が、樽体型の中年女性を揶揄する。
「うるさいね。店じゃメルルさんて呼んどくれ。ホラ、さっさと配達に行ってきな。」
樽女性がメルルさんだった。時間の流れは残酷だ。
粗漉し糖を2kgほど買って店を出た。
『ヤグーの跳ね橋亭』に帰る前に『ガーク薬草店』に立ち寄る。店は開いているのに誰も居ない。無用心だな。
「こんにちはー。ガーク爺さんいませんかー」
「おるぞー、裏じゃー。まわってこーい」
まだ3回目なのに裏庭に呼ばれた。行ってみると巨大な豆の莢を吊るした下で、鍋で湯を沸かしている。横には同じような莢が5つほど積んである。
「これって、クリーパーの種子じゃないですか!」
「おう、大漁だろ。もうじき迷宮の遠征だからな。便乗する冒険者連中のために採って来たんだ」
クリーパーは蔓をもつ吸血植物の魔物で、蔓内部の粘液からクリーパーゴムという高級ゴムが作られる。弱くて安価な子株から作られた使い捨てのクリーパーゴムは迷宮都市に広く出回る商品だ。
このクリーパーが成熟して実った種子がこの莢に詰まっているのだが、種子をつけるまでに成熟したクリーパーの討伐は親株から粘液を取るよりはるかに難易度が高い。
なにしろ種を実らせたクリーパーには、知能があるのだ。植物の分際で。クリーパーの種子は、遠くに播種するため莢から飛びだす。莢の先端から石つぶてのようにダダダダダと。クリーパーの親株は、この種を飛び道具のように獲物に撃ち放つ。種子1粒1粒の攻撃は小石をぶつける程度だが、莢には100~200粒の種が入っているから、連射されればたまらない。種の連射で誘導されて蔓の毒棘に捕まって麻痺、吸血されてクリーパーの餌になる、という悪魔のコンボが炸裂する。
しかしこの種、薬効も栄養価もすこぶる高い。本来の回復力を格段に上げて継続的回復効果をもたらす『リジェネポーション』の原料になるだけでなく、そのまま食べれば1粒で1食の栄養がまかなえる完全栄養食である。
「どうやって、こんなに……」
「種もちのクリーパーは知恵がまわんだろ?だから酒も回るんだ。」
睡眠薬を混ぜたアルコールを根元にかけて、寝込んだスキに莢ごと切り落とすのだそうだ。
「そんな方法が。」
目から鱗である。まだまだ知らないことが多い。今までクリーパーの生息地帯周辺に落ちている種をちまちまと拾い集めていたのはなんだったのか。
「いちち……。今回はちいとばかし、しくじっちまってな。まったく、草っころのクセに大酒のみが居やがった。」
被弾の痕だろう、左腕の防具の継ぎ目辺りに赤黒く内出血している。見えたのは服の隙間からちょこっとだが、あちこち被弾したに違いない。
「たいへん!早く治療しなきゃ!ポ……薬、薬」
「これくれぇ、どうってこたねぇ。ただの打ち身だ。薬もあるから心配すんな。それよか種を乾かしちまわねぇとな。」
「なに言ってるんですか!治療が先でしょう!乾燥は私がやっときますから!」
慌てふためくマリエラに、「おう、そうか?」と折れるガーク爺。意外と押しに弱いようだ。
「種が割れちまわねぇように、莢ごと湿気た空気で乾かすんだ。湯をきらさねぇように、そのまま見ててくれや。」
そう言って、家の中に入っていった。
マリエラとジークは言われたとおり、しばらくの間、鍋を眺めていたのだが。
(まどろっこしい。こうしてる間にも他の莢が劣化していく。もったいない。)
「ジーク、人目があるか、わかる?」
「ない。だが、」
《練成空間、湿度調整60%、温度調整40度、乾燥》
ジークが「止めたほうがいい」というより早く、横にある5つの莢に錬金術スキルを使う。
見る間に乾いていく莢を見て、ジークは頭を抱えてた。
「はぁ、何をやって、いるんだ……」
「『命の雫』使ってないし。これくらいなら外から来た錬金術師ならできるもん。」
5つの莢が乾燥し、鍋の上に吊ってある莢も乾かそうかという頃合にガーク爺さんが戻ってきた。乾燥した莢と、中の種がひとつも割れること無く芯まで乾燥しているのを見て、
「この短時間で、何しやがった……」
とつぶやいた。
「乾かしといたよ」
えへっと笑ってごまかすマリエラに、ゴツンとガーク爺の拳骨が落ちる。
「いったぁー」
涙目になるマリエラ。
「ばかやろう、人前でこんなマネ絶対すんじゃねぇぞ。イテェじゃすまねぇ場合だってあんだ。分かったか。オイ、そこの兄ィちゃん、このバカしっかり見張っとけ!」
ガーク爺の剣幕に、しょんぼりとうなだれるマリエラ。
「ご、ごめんなさい……」
調子に乗って怒られてしまった。ジークも呆れているだろう。
すごすごと帰ろうとするマリエラに、ガーク爺は乾いた莢をひとつ押し付けた。
「おぅ、手間賃だ。とっとけ。その、なんだ……。まぁ、助かった。また来いや」
ぶっきらぼうに、そう言ってくれた。
「ガーク爺に怒られちゃったね。」
帰り道でマリエラがジークに話しかける。
「俺も、怒ってる。不用意、すぎる。」
「うん。ごめんね。心配してくれて、ありがとう。」
ゲンコツを貰ったのに、うれしくなってしまった。弾む足取りにあわせて、乾いた莢の中でたくさんの種が弾んでシャラシャラと鈴のような音を立てた。
「丁度良かった、マリエラさん」
『ヤグーの跳ね橋亭』に戻り、自分の部屋に入ろうとするマリエラをマルロー副隊長が呼び止めた。そういや、マルロー副隊長は隣の部屋だった。迷宮都市内に自宅があるのに、ずっと部屋を押さえているらしい。金持ちか。
一旦部屋に荷物を置いてから、ジークと二人でマルロー副隊長の部屋に向かう。部屋の長椅子にはいつものようにディック隊長が座っていた。
「すまん」
いつも最後までしゃべらないディック隊長が、しょっぱなから声を出したと思ったら開口一番謝った。マルロー副隊長も申し訳なさそうな表情で、トレイに金貨の小山と書類を載せて持ってきた。一体何事か。
「迷宮討伐軍への領収書の写しです。」
そんな物を見てもいいのかと驚いたが、どうぞと差し出されたので手にとって読む。低級ランク3種各10本は、黒鉄輸送隊が買い取ったそうで、残りの明細と本数が書かれている。金額は下にまとめて『以上、一式 金貨70枚也』。
「遠征予算の都合ということで。こちらも粘り強く交渉したのですが、将軍の個人資産からも捻出して頂いて、これ以上はどうしてもと。」
「俺が、『多少の値引きにも応じる』等と、うかつなことを言ったばかりに。」
ディック隊長がうっかりさんなのは分かったというか、知ってたけど。
『買い叩かれてごめんなさい』ということだろうか。安くてもいいと言ったんだけど。
「えぇと、中級以下の契約価格を差っぴくと、上級ランク15本で金貨52枚、1本当たり3枚半くらいですか?」
マリエラがたずねると、
「申し訳ない」とディック隊長に続けて、マルロー副隊長が、
「一旦、話を白紙にとも思ったのですが、強硬手段をとると言われて致し方なく。あのような方ではなかったのですが……。」
と説明してくれる。平謝りされてしまった。
「かまいませんよ。頭を上げてください。」
え?いいの?という表情で顔を上げるディック隊長と、何をたくらんでいるのでしょうという表情のマルロー副隊長。
「将軍様が、自腹を切ってまで買ってくれたんですよね。遠征にポーションが必要だから。今度はもっと沢山用意しますね。」
マリエラは思ったままを口にした。
「マリエラさん、本気で言っているのですか?あのポーションにどれほどの価値があるか、分かっているのですか。」
マルロー副隊長の目に剣呑な光が宿る。初めて見る真剣な表情かもしれない。
「ポーションは薬で、消耗品です。少量を高く売るものじゃないです。お金が必要なら、たくさん売ればいいんです。」
これはマリエラのポリシーでも有る。師匠はマリエラに『お前はポーションをたくさん作れ』と言っていた。師匠の真意は分からなかったが。200年前はポーションなどありふれていて、マリエラのポーションは赤字ぎりぎりの安値で買い叩かれていた。独立してからは魔の森で一人ポーションを作り、防衛都市で売りさばく毎日。マリエラのポーションのおかげで助かった、とごく稀に掛けられる感謝の言葉に、何度も支えられていた。『お金が必要な分だけ、たくさんポーションを作る』のは、マリエラにとって当たり前のことで、自分のポーションで助かる人がいることが、彼女の行動を動機付けていた。
「ポーションは資産だ。子孫に残すこともできる。」
マルロー副隊長が、真意を探るようにマリエラの目を見る。
(たしかに。私に何かあったらジークが路頭に迷っちゃう。)
「残された人が困らない程度の資産を、家やお金で残せばいいのでは?」
今日は家を契約した。上級ポーションの売上をあわせても10年ほどしか住めないが、まだ、たった100本ほどしかポーションを売っていない。何万本でも作って売ればいい。
「欲の無い人だ。」
納得しかねる、と言った表情で、マルロー副隊長はつぶやいた。
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