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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい 作者:のの原兎太

第一章 200年後の帰還

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注文と納品と

重い感じのお話と、ポーションを作っているだけなので、面倒な方は読み飛ばし推奨です。
『ヤグーの跳ね橋亭』には、ジークより先についた。採取した荷物は部屋に入れてあったから、ヤグーを返却してじきに戻ってくるだろう。食堂のカウンターで待っていると、店の女性がやってきた。

「ねぇ、アンタ、薬師なんだろ?薬売ってくんないかい」

 年のころはマリエラと同じか少し上程度。アンバーさんほどではないが、マリエラとは比べようがないほど色っぽいお姉さんである。

「もうすぐ迷宮遠征があるだろ、遠征後は繁盛するんだよ、アタシたち。だから準備しときたいんだけど、どこも品薄らしくってさ」

 どうやら避妊薬をお求めのようだ。オッケーまかせとけ!得意分野だ!と言いたいところだが、マリエラが造れるのはポーションだ。たぶん効き目が強すぎる。今までどんなものを使っていたのか聞いてみる。

「え?ナントカって薬草の粉末だろ?あれを飲むか、煎じて洗浄液にしてたんだけど……」

 思った以上に酷かった。そんなんじゃ、たいして防げないんじゃないかと聞くと、その時はその時と笑って言われた。何でも人口が伸び悩む迷宮都市の政策で、奴隷が妊娠した場合、産前産後の一定期間は仕事を免れ孤児院で過ごすらしい。生まれた子供は一般市民として孤児院で育てられる。母親は主の下に戻されるが、休みがもらえた場合には会うこともできるし、借金奴隷の場合、任期が終われば引き取って一緒に暮らすこともできるそうだ。

 マリエラも孤児院で育った。母には会ったことがない。母親に会える可能性がある分、迷宮都市の孤児たちは幸せなのだろうか。子供と暮らせる日を頼りに生きる母親もいるだろう。でも、そもそも望まぬ子ではないのか?過酷な日々の中、血のつながりにすがるしかない者もいるだろう。

 マリエラはなんともいえない気持ちになった。良いことなのか悪いことなのか、残酷なのか慈悲があるのか。

「どうしたんだい?」
 マリエラが黙りこくっていると、アンバーさんがやってきた。

「や、なんかごめん。ムリ言っちゃったみたいでさ。」
 薬を頼んだお姉さんが、アンバーさんに事情を話す。

「もう。マルローさんから、よろしく頼まれているお客さんなんだからね。
 マリエラちゃん、この子が変なこと頼んじゃったみたいでごめんね。気にしないどいてくれるかい?」

「いえ、私こそごめんなさい。お薬作ります。効果は100%とはいかないけれど」
「そりゃ助かるよ。」「ありがとね、マリエラちゃん」

 マリエラにできることは少ない。善悪の判断だって満足に行かない。
 でも、今よりマシな避妊薬は作れる。ポーションではないから100%とはいかないけれど。(注1)
 子がほしいなら飲まなければいい。
 何事もままならない彼女らに、僅かに残された自由だと思う。
(錬金術師だってばれない範囲で、なるべく効く薬を作ろう。)
 マリエラはそう思った。



「ただいま、戻りました。」

 ジークが帰ってきた。保証金の大銀貨2枚をマリエラに差し出す。マリエラは1枚だけ受け取って、1枚をジークの手に残した。

「それはジークが持ってて。何か必要なものがあったら使って。あ、着替えとか日用品なんかは、別に買うから。明後日になっちゃうけど、それまで我慢してね。」

 ジークはとても困った顔をしている。そりゃそうだろう。大銀貨で買えるものは知れているけれど、安い金額でもない。好きに使っていいと言われても、ジークはおいそれと使える身の上ではないのだ。これはマリエラの自己満足だ。自分でも分かっている。それでも何かジークに自由になるものをあげたかった。

「持ってて」

 もう一度繰り返して、大銀貨を持つジークの手を握らせた。

 夕食を済ませると、マリエラはジークを残して先に部屋に上がった。お風呂に入るから、半刻ほどしてから上がって欲しいと伝えている。

 なんだか辛気臭い気分になってしまった。こういう時はお風呂に限る。魔力に余裕があるから、今日も命の雫をたっぷり溶かしたお湯に浸かろう。

 お風呂から上がって髪を乾かす。風呂桶には新しいお湯を張ってある。
 部屋にジークは戻っておらず、もしやと思って、ドアを開けたら、案の定、廊下に立って待っていた。

「……入ってていいから。」
「はい」

 はい、と返事をしたけれど、明日も廊下で待ってるんだろうな、とマリエラは思った。
 とりあえず、ジークを風呂に放り込む。命の雫が溶かしてあって身体にいいから、しっかり浸かるように言い含める。風呂に入ったのを確認したら、すばやく服を回収する。

 洗濯だ。ジークは着替えを持っていない。下着はあるがシャツもズボンも2日間着たきりだ。今日はヤグーで出かけて汗もかいている。洗わねば!
 自分の分も洗濯物を抱えて、裏庭にダッシュする。水場の桶に放り込み、生活魔法の水を入れる。石けんでごしごし洗ったら、水を替えて濯ぐ。
 《練成空間、遠心分離-超弱め》
 錬金術をこっそり使って脱水しては、濯ぐのを繰り返す。

 《乾燥》
 生活魔法で乾燥する。生活魔法に『洗濯』や『濯ぎ』もあるのだが、どれも桶が必要で、水場の桶では少し小さい。『練成空間』のような不可視の容器を作り出すのは、それなりに魔力が必要で生活魔法の使用魔力量を超えてしまう。

 洗い立ての洗濯物をもって部屋に戻ると、ジークが風呂場から顔をのぞかせた。
「はい、着替え。洗ってきたよ。置いとくね」
 と手の届くところに置いて、寝室に戻る。着替えて部屋に戻ったジークは、ものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。
「あの、すいません……」
 やっぱりパンツを洗われるのは嫌だったのか。でも洗濯はまとめてしたほうが効率がいいし、何より、ジークにパンツを洗ってもらうのはマリエラのほうが恥ずかしい。次からはパンツは各自で洗うことにしよう。
 2人で暮らしていくのは色々とたいへんだな、とマリエラは思った。

 寝る前に、今日入手した素材の処理をしてしまおう。
 まずはアプリオレの灰汁抜き。錬金術スキルで時短もできるけれど、半日くらいじっくり灰汁を抜いたほうが良いものに仕上がる。
 アプリオレは硬い殻に包まれた木の実で、殻の中身が中級クラスのポーションの基材になる。ただし、灰汁が物凄く、灰汁が残った分だけ効力が弱まる。処理に手間隙がかかる素材だ。中級クラスの基材に使える素材は他にもあるのだが、アプリオレが一番安価だ。しかも処理さえきちんとすれば、効果は他の素材よりも高くなるため、マリエラはいつもアプリオレを使用していた。

 《練成空間、粗破砕、風力分離》

 アプリオレを砕いて、風の力で軽い殻を分離する。
 ガラクタ箱に入っていたガラス容器から、比較的大きなものを取り出して、湯を入れる。トローナ鉱石を一摘みとアプリオレの実を入れて、温度が下がり過ぎないように加熱しながらつけておく。湯が黒くなってきたら、冷まして水洗いし、もう一度トローナ鉱石を溶かした湯につける。これを湯に色が着かなくなるまで繰り返す。

 待ち時間の長い地道な作業だ。合間に他の素材の処理も行う。

 次はルンドの葉柄。これは上級毒消しポーションの材料になる高価な素材だ。ガーグ薬草店でポーション1本分が銅貨60枚。迷宮都市以外なら銀貨1枚はするだろう。今回マリエラが購入した薬草の中では、ジークの脚の欠損修復に用いたニギルの新芽に次いで高価な素材だ。ニギルの新芽は1株からポーション1本分しか取れないが、ルンドの葉柄は1株からポーション20~25本分取れるから、1株捕まえれば大銀貨は堅い。
 ルンドは毒沼に生息する植物型の魔物で、葉柄部分が浮きのようになっていて、毒沼に浮かんで生息している。ルンド自体の戦闘力は低いが、代わりに沼の毒を利用して近づく獲物を捕らえて、毒沼に引き込んで栄養にする。ルンドの表皮は毒沼の毒によって常に毒状態だが、葉柄にさまざまな毒を解毒できる中和組織を持っている。この中和組織のおかげで、ルンドは様々なタイプの毒沼に生息できる。
 触れば毒を受ける沼地から、どうやってルンドを捕獲するのかガーク爺に聞いた所、なんと釣り上げるのだそうだ。安全な場所から竿をふり、引っ掛けては釣り上げる。すぐに浄水で洗ったあと、浄水につけておけば、ルンド自身の中和組織によってすっかり毒は消えるのだそうだ。驚いた。

 ルンドの葉柄は皮をむいて、中の組織だけの状態で凍らせてある。温度を上げると痛むから、このまま低温を保った状態で乾燥させる。

 《練成空間、温度制御、粉砕、減圧》

 低温を保ったまま減圧すれば水分だけが昇華して少しずつ乾燥していく。


 残りは今日採取した素材。プラナーダ苔は土を洗い流さないといけない。これは明日裏庭でやろう。
 他の森で採取した素材をそれぞれ処理して、その日は休むことにした。

 明けて翌日。今日はポーションの納品日だ。張り切ってポーションを作成していこう。
 朝食を済ませ、部屋に引きこもって練成三昧!と思ったら、ジークがそわそわしている。

「なにか、お手伝いを……」

 手伝えること、ないわ。どうしよう。遊んでていいよ、というと、ますますキョドって「洗濯を……」とか言い出した。いや、昨日洗ったばっかりで汚れてないし。
 ジークは仕事がないと落ち着かないらしい。あぁ、そうだ。昨日採取したプラナーダ苔がそのままだった。

 苔の処理をお願いする。

「生活魔法の水ではなくて、井戸水を使って土をキレイに洗ってね。根っこにも栄養があるから、なるべく千切らないように丁寧に。貴重なものだから、細かい破片もなるべく流さないでね。」

 本当に貴重なものだから、自分で処理しようと思っていたけれど、苔の麻袋と適当な道具を渡すと、うれしそうにうなずいていたので、まぁいいや。


 さて、まずは低級クラスのポーション作成。デイジスとブロモミンテラから、魔物除けポーションを、キュルリケから低級ポーションを、ジブキーの葉とタマムギの種から低級解毒ポーションを作成する。低級クラスは作るのも簡単。材料もタマムギの種以外は、全て魔の森の小屋の畑から持ってきたもの。タマムギの種も畑で育てられるし、川べりでも採取できるものだけど、収穫時期が秋なので今は少し時期が早い。仕方がないのでガーク薬草店で購入したものを使った。

 次いで中級。昨日から灰汁抜きをしているアプリオレの実を使う。いい具合に灰汁が抜けたので、中級ポーションと中級解毒ポーションの分を乾燥して粉にしたあと、命の雫を溶かした酒精で抽出する。

 鬼棗の乾燥粉末も酒精で抽出。残渣を除いた後、ウロルの花の蕾を漬けて花の色が移ったら蕾を取り除く。漬ける時間が長すぎると失敗してしまうから、見逃さないように要注意。

 キュルリケとキャルゴランは命の雫を溶かした水で抽出。この3種の薬液を混ぜて濃縮すれば中級ポーションが出来上がる。

 中級解毒ポーションは、この3種の薬液にジブキーの葉、タマムギの種、フィオルカスの花の抽出液を加える。ただし3液の比率と混合手順が異なるから仕上げは別に。
 一度に少しずつ色々なポーションを作るのって、時間もかかるしめんどうくさい。どばーっと同じのを大量に作ったほうが楽なんだよね。

 最後に上級ランクのポーション。手順は一昨日ジークのために作ったのと大体同じ。と、その前に。上級ランクのポーションはポーション瓶に刻印が必要だった。

 ガラクタ箱からルミネ石と魔石の粉を探す。後は昨日採取したスライムの酸とクリーパーの子株。予備のポーション瓶をクリーパーの粘液でコーティングして乾燥させたら、ルミネ石をほんの一欠けらとスライムの酸をちょびっと入れて振り混ぜる。魔石の粉を加えたらガラス用インクの出来上がり。これは危険なインクだから、瓶ごと練成空間で覆って必要な分しか作らない。表面に溝が彫ってあるガラスペンをクリーパーの粘液でコーティングして、インクをつけて上級ポーション用の瓶に『劣化防止』の魔法陣を描いていく。しばらく経つとインクの部分のガラスが溶けて溝に魔石の粉が残るから、最後に錬金術スキルで魔法陣の溝を周囲のガラスで埋めれば完成。

 それじゃ上級ポーションを作りますか、と器具を取り出していたら、ジークが戻ってきた。プラナーダ苔を洗い終えたそうだ。大きな洗い桶を抱えている。苔はとても丁寧に洗ってあった。さぞや時間がかかったろう、と思って気が付いた。

 お昼をとっくに過ぎていた。


注1)作中の避妊薬及びポーションは、実在する薬品等とは効果が異なるものです。本作はフィクションで、登場する薬品の効能は現実とは異なりますので、ご注意ください。
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