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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい 作者:のの原兎太

第一章 200年後の帰還

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ポーション瓶

 朝ごはんも食べ終わったことだし、早速作業を開始しよう。

 周辺の石を拾って小さな竈を組み上げる。上部に段をつけてあり、容器を入れて下から加熱できる形だ。
 竈のサイズのわりに厚みは分厚く組んでいく。石の隙間は森から泥を取ってきて、埋めてはスキルで《乾燥》させていく。上段には、ガラクタ箱から持ってきた坩堝を、手前側に傾けて斜めに置く。坩堝の上も周りも、取り出し口以外はぐるりと囲った竈で、どちらかというと炉に近い。取り出し口の反対側には材料の投入口を開けてある。

 2人で作業すればあっという間だ。竈ができたので、ジークにはヤグーをつれて薪を取ってきてもらう。
 マリエラはというと、外套と靴、ポーチを脱ぎ捨て、麻袋とスコップを持って滝口へと向かった。

 滝は大きく、大柄なディック隊長が5人縦に並んだくらいの高さがある。離れてみると1段に見えるが、この滝は2段になっていて、ディック隊長が万歳したくらいの位置に、ちょっと開けた段差がある。
 ディック隊長が万歳している様子を想像して、マリエラは思わず笑ってしまった。

 滝口は大岩がごろごろと重なった形をしていて入り組んでいる。

「まだあった。良かった」

 滝のすぐ横に崩れ落ちたように立っている大岩と、滝のある岩山の間には、マリエラがギリギリ入り込めるくらいの細い隙間がある。入り込むと中は少し広くなっていて、入り口から奥に向かって上り坂になっている。最奥の壁面は、ゴツゴツ出っ張っていて、出っ張りを足場にすれば滝の段差に登ることができる。
 この小さな割れ目は、滝の段差で撥ねた水滴が降り注ぎ、足元も壁面も苔がびっしりと生えていた。

「うっはぁー!大漁!さすが200年ぶり。すっごい茂ってる。」

 プラナーダという苔で、先がほんのり桃色になっている。清浄な水と僅かな日照によって生育する苔で、成長速度が極めて遅く希少なものだ。身体に蓄積された疲労を回復し、縮まった寿命を戻すといわれている。取引価格は高額だが、滅多に市場に出回らないものだから、この場所も秘密だし、採取した苔も使う分以外は、大切に保管しておくつもりだ。
 手の届く範囲の苔を採取して麻袋に入れると、隙間から外に押し出す。
 苔を取り去った岩肌は、マリエラでも何とか登れる段差と高さになっている。
 足を滑らさないように慎重に上ると、滝の段差部分に出た。

「おぉ、こっちも大量!」

 下から見ると分からないが、段差部分は奥に広い空間があって、足元には大量の白い砂がたまっている。
 この砂がポーション瓶の原料に最適なのだ。

 防衛都市時代からマリエラがいる川の下流はポーション瓶用の砂の採砂場で、良質な砂が採取されていた。良質といっても、天然物である以上、いくらかの不純物が含まれる。採取された砂は、専用の設備で不純物をより分け、溶融する際も様々な副原料を添加して、不純物を取り除いてポーション瓶用のガラスに精錬される。
 錬金術のスキルがあれば、マリエラが造ったような簡易の竈でもガラスを作り出すことはできるが、よほど良質な原料を使わない限り、品質の低いガラスになってしまう。
 その、最高品質の原料がここの砂で、プラナーダ苔を採取しに来てこの場所を見つけたときは、苔も砂も手に入る宝箱のようなこの場所に、小躍りして喜んだものだ。どういう理屈かは知らないが、上の滝から流れてきた石や砂のうち、特にポーション瓶に適した砂ばかりがここの段差に溜まるのだ。
 200年ぶりの砂溜まりには、採砂場としては量が少なすぎるが、マリエラ個人が使用するには十分すぎる量が溜まっていた。

 滝から離れてはいるが、水しぶきがすごい。髪も服もあっという間にびしょびしょで、身体に張り付いて気持ちが悪い。あと、水しぶきにまぎれて、たまに砂粒が飛んできて痛い。ポーション瓶のためだ。がまんだ、がまん。
 ざっくざっくとスコップですくっては、麻袋に入れていく。
 担いで降りれるくらい集めたら、口を縛って背負う。

「う……重。ちょっと入れすぎた」

「マリエラ様」
 いいタイミングでジークが来た。てか、どうやって?いくら痩せていても骨格が違う。ジークに通れる隙間ではないけれど。

「あれ?ヤグーまで?どうやって?」

 振り向くとヤグーに乗ったジークがいる。
 プラナーダ苔の入った袋が落ちていて、上から音が聞こえたので、ヤグーに乗って登ったのだそうだ。
 結構な絶壁で、登れる足がかりなどなかったと思うのだけど。
 そういや、ヤグーは絶壁大好きな生き物だった。

 もっと上まで登りたそうにしているヤグーをなだめて、砂袋を竈まで運んでもらう。
 ヤグーは砂袋とジークを乗せたまま、タタンと一回壁を蹴っただけで降りてしまった。ヤグーもすごいが操るジークもすごいな。
 すぐに戻ってきて、今度はマリエラを乗せて降りる。段差自体は『ディック隊長が万歳したくらいの高さ』で、たいして高くはないけれど、ヤグーの高さが加わるとなかなか怖い。「ぎゃぁ」とか叫んでヤグーにしがみつく。ヤグーから降りると、ヤグーに「ふんっ」と鼻で笑われてしまった。

「砂は、採って来ますから、服を、乾かして、ください。」

 竈の横には薪が山盛りになっていて、魔法で乾燥までしてあった。竈の中にはすでに火が燃えている。
 砂を竈横の平たい石の上に広げると、ジークは空の麻袋を持って再び砂溜めに登っていった。

「《乾燥》そして《乾燥》」

 マリエラは自分と砂を乾かして、脱ぎ捨てた外套と靴を履く。

 ジークが置いていった背負い袋から、素材をいくつか取り出す。ガーク薬草店で購入したトローナ鉱石と、ガラクタ箱に入っていた、半分以上固まった白い粉、あとは金属らしき小さな粒。粉にした魔石。

 白い粉はラム石で、長らく放置されていたため、空気中の成分と反応してこのままでは使えない。

 《練成空間、粉砕、加熱》

 水が湯になるよりはるかに高く、けれど蝋燭の炎よりは低い温度に加熱する。
 トローナ鉱石もラム石に合わせて必要量を削りだし、同じように加熱処理する。

 次は砂。
 《練成空間、粉砕、命の雫、固定、混合》

 乾かした砂を粉砕し命の雫をしみこませた後、処理したラム石とトローナ鉱石、魔石の粉も配合する。これで原料は完成だ。
 準備はできた。ここからは休みなしになるから、ちょっと早いけれど昼食にしよう。

 ジークはすぐに戻ってきた。砂でパンパンに膨らんだ麻袋を2個もヤグーに積んでいる。原料調整中も運んできてくれたから、全部で5袋弱。ラム石が足りなくなるくらいの量だ。

 昼ごはんはオーク肉のカツのサンドイッチだった。マスタードをたっぷりと練りこんだソースがピリッとしておいしい。今日が良い天気でよかった。滝のほとりで鳥の囀りを聞きながらお弁当を食べるなんて、なんて気持ちいいんだろう。お弁当を食べた後はゆっくりとお昼寝がしたいところだが、そういうわけにはいかない。夕方までに瓶を作ってしまわなければ。

 ジークが採ってきてくれた砂も乾燥させ、配合までの処理を済ませる。ラム石が全部なくなってしまった。こんなに大量に処理できるだろうか。

「ここからは、ずっと練成になるから、ジークはすきに休んでいてね。」

 ジークは今回も見学するようだ。離れたところでこちらを見ている。なぜかヤグーも一緒に見学している。水でも飲んでりゃいいのに。
 竈の材料投入口から、坩堝に一回分の原料を入れる。熱気が集中してここから出ているから、当然手で入れずに、練成空間を利用して挿入する。

 竈では、薪が良い火力で燃えているが、もちろんこんな温度では砂は溶けない。もっと温度を上げる必要があるが、錬金術スキルで上げられる温度は、ろうそくの炎程度で、砂を溶かすほどの高温に上げることはできない。
 ガラクタ箱に入っていた金属の小粒を取り出して火に入れる。

 《火花》

 空気中のものを燃やす成分と魔力を吹き込んで、スキルの力で金属の小粒を燃やすと、パチパチと音を立てて、赤やオレンジ、緑といった様々な光を放つ。

 《来たれ、炎の精霊》

 魔法陣が書かれた紙片を火にくべる。精霊魔術のスキルや、精霊の力を借りるスキルをもっていれば、詠唱だけでも精霊を呼べるのだけれど、どちらももっていないマリエラは、魔法陣と、『炎』と『火花』の供物で精霊を招く。もっとも、こんな小さな火や火花では大した精霊は呼べないのだけれど。

 炎がぐるりと揺らめいて、小さなトカゲの形をとる。

 サラマンダーだ。なんて珍しい。

 サラマンダーは有名な火の精霊で、本来こんな小さな火に宿ることなどない。高名なドワーフが契約したり、大きな炉に宿ったりする。こんな小さな炎では、ウィスプが来てくれれば御の字なのに。

 ぱくり、ぱくりとサラマンダーが火花を食べる。
 《火花》
 おいしそうに見えるので、金属粒を足して火花を追加してやると、しっぽを振りながらぱくり、ぱくりと残さず食べる。

「ねぇ、サラマンダーさん、力を貸してくれる?」

 言葉は通じないのだが、こんなちっぽけな火花で力を貸してくれるか不安だったので聞いてみると、ゴゥと火力が強くなった。どうやら力を貸してくれるらしい。
 坩堝の中のガラスがどんどんと溶けていく。

 《練成空間、取り出し、冷却、加工-ポーション瓶、冷却》
 《練成空間、材料投入、攪拌》
 《火花》

 溶けたガラスを取り出しては、次の材料を投入して攪拌、解けるまでの間にポーション瓶に加工。
 流石はサラマンダー、すごい火力だ。こちらに熱気が来ないように結界まで張ってくれて、作業はしやすいのだが、溶ける速度がウィスプとは段違いで、ものすごく忙しい。
 しかも燃費が悪いらしく、こまめに火花を追加しないといけない。火花が足りないと、火力が下がるし、サラマンダーが小さなしっぽを、びたんびたんと縦に振るのだ。火花は金属粒の個数よりこめる魔力の量が重要らしく、多く魔力をこめるほど、しっぽを横にふりふり良い仕事をしてくれる。
 あぁ、薪が燃え尽きそうだ。慌てていると、ジークが薪を足してくれた。ナイスフォロー。サラマンダーもくるりと回って喜んでいる。

 下級、中級、上級の各種ポーション瓶をある程度作った後は、成型まで行わず、瓶1個分のガラス塊の状態で冷やしていく。忙しすぎてとてもじゃないが瓶まで成型できない。成型だけなら、ここまでの火力は要らないから、ちょっと魔力を食うけれど練成スキルだけでもなんとかなる。持ち運びにも邪魔になるから後回しだ。

 材料を入れる、火花、溶かす、薪を足す、取り出す、火花、材料を入れる、火花、溶かす、薪を足す、取り出す、火花、材料を入れる、火花、溶かす、薪を足す、取り出す、火花…………

 気が付くと、原料は全て無くなっていた。
 まだ日は高い、そんなに時間は経っていないようだ。

「サラマンダーさん、ありがとう」

 お礼を言って、残りの金属粒にたっぷり魔力をこめて火花を起こす。
 サラマンダーは「もう終わり?」とばかりに首をかしげた後、ばくんと全ての火花を平らげた。

「すごいね。あっという間に終わったよ。ほんと助かった。」

 ここが、人の領域だったら、このサラマンダーとも言葉が通じたのだろうか。獣っぽいから、通じないのかもしれないが、動作がなかなか愛らしい。

 チリン
 サラマンダーは「ぷっ」と、口から何かを吐き出すと、来たとき同様にぐるりと火を揺らめかせて消えていった。

「……指輪?」

 サラマンダーが吐き出したのは、虹色に輝くシンプルな指輪だった。火花に使った金属粒を固めて造ったのだろうが、どうすればこんな色合いになるのか。さすがは精霊。不思議なことをする。これをはめていれば、次も来てくれるだろうか。

 指輪は右手の中指にぴたりとはまった。なかなか綺麗だ。ありがたく貰っておこうと思う。



 そこらじゅうに固めては並べたポーション瓶とガラス塊は、冷めたものからジークが麻袋につめてくれた。
 すごい量だ。麻袋2個がパンパンになった。全部で300個分以上あるんじゃないか。

 それにしても魔力があまり減っていない。あれだけ景気よく火花に魔力をこめたのに。サラマンダーよりずっと燃費の良いウィスプでも、これだけの量を造れたことはなかった。眠っている間に、魔力がずいぶん増えた気がする。今度、鑑定紙を買ってきて確認したほうがいいかもしれない。

 日はまだ高かったけれど、想像以上に荷物が増えた。ヤグーの背にはガラスが詰め込まれた麻袋が2個と、プラナーダ苔が入った麻袋が縛り付けてある。いくら力持ちのヤグーでも、さらに2人の人を乗せるのは無理だろう。
 採取をしながら、ゆっくりと帰ることにする。
 このあたりの森は、人が入っていないようで、茸や薬草、木の実などが豊富に実っていた。採取しながら帰っていたら、ヤグーの背には蔓で縛った薬草や素材が山盛りになっていて、迷宮都市に着くころには日がくれかけていた。北門の衛兵さんは、マリエラ達のことを覚えていたようで、「大量だな!遅いから心配したぞ」と言ってくれた。

 ジークとマリエラは『ヤグーの跳ね橋亭』の近くで別れた。ジークには荷物を降ろした後、ヤグーを返しに行ってもらう。マリエラは注文の薬草を受け取りに、『ガーク薬草店』に向かった。

 通りには迷宮帰りの冒険者達が歩いていて、それなりに賑わっていた。『ガーク薬草店』もまだ開いており、ガーク爺さんが採れたての薬草を渡してくれた。袖で隠してはいたけれど、腕に擦り傷があった。採取の時の傷かもしれない。今度、よく効く傷薬でももってきてあげよう。
 お礼を言って店を出る。

 冒険者らしき一団が、おいしそうな匂いをさせている料理屋に吸い込まれていく。
 彼らの中には回復職もいるのだろう。通りに大怪我を追った人は見られないが、ガーク爺のように小さな傷を負った人もいるだろうし、病気の民間人など『よく効く薬』が必要な人もいると思う。

(薬屋さんでも開こうかしら?)

 そんなことを考えながら、マリエラは『ヤグーの跳ね橋亭』に帰った。



スコップ担いで、びしょぬれになる作業に突進するのが、マリエラクオリティー。
ジークでなくヤグーにしがみつくのもマリエラクオリティー。
安定のヒドインぷりです。
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