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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい 作者:のの原兎太

第一章 200年後の帰還

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特化型上級ポーション

 『ヤグーの跳ね橋亭』ではユーリケが待ち構えていた。

「リンクス兄、馬車掃除さぼるな?」
「サボんねーよ。でもさ、昼飯食ってからにしようぜ?」
「食後にあの臭いは吐くし?」

 装甲馬車の荷台掃除を後回しにしようとするリンクスは、抵抗むなしく連行されて行った。
 さっき食べた串焼きは昼食ではないのか?という突っ込みはあえてしない。マリエラはにこやかに手を振ってリンクスを見送った。

 材料は後ひとつ。食堂兼酒場のカウンターで、店主にボルカを一瓶頼む。
 ボルカは、火が付くほどアルコールがきつい安酒だ。そんなものをどうするんだと、店主の顔に描いてあるので、「傷の消毒に使う」と言えば納得したように奥から出してきてくれた。

 これで、材料は揃った。ジークの薬が作れる。
 ガラクタ箱の埃をざっと払って、ジークと2人で部屋に運ぶ。

 部屋に入ると、ガラクタ箱から必要な器具を取り出して、ジークに風呂場で洗って来てもらう。埃を落とすだけなので生活魔法で水を出して洗うだけでいい。ジークが洗っている間に、材料の処理を始める。

 上級ポーションは、ルナマギアをベースに錬成する。ルナマギアは冬でも凍りつくことの無い地底湖の畔に育つ草で、中でも月光石と呼ばれる淡く光る魔石の光を浴びて育った物だけが、上級ポーションの原料になる。

 まずは、ルナマギアを乾燥させる。乾燥温度は10~11℃。ルナマギアの棲息環境の温度で、これより高くても低くても薬効が減ってしまう。

《錬成空間作成、温度調整10℃、減圧、破砕、乾燥》

 錬金術スキルで『練成空間』と呼ばれる不可視の容器を創り出し、温度を10℃に調整する。10℃という低い温度で短時間で乾燥させるために、練成空間の内部圧力を下げ、さらに内部の空気を乾燥させる。乾燥した空気を渦状に動かし、ルナマギアを乾かしながら破砕していく。

 マリエラはサクサクと処理を行っているが、錬成空間の維持、温度制御、圧力制御、空気の乾燥と流速制御と5つの操作を同時に行っている。スキルレベルが上がればよりたくさんの錬金術スキルを同時に制御できるが、温度管理がくせ者で、±1℃の制御ができる者は、僅かな熟練者に限られる。『10℃』といっても、温度計があるわけでなく感覚頼りで、乾燥中の空気の流れによって温度ムラもできるから、結局は素材の状態を見ながら操作することになる。スキル任せでは成り立たない、職人技の世界である。

 そんな難易度の高い温度制御は、マリエラの得意技だった。狙った温度にぴたりと合わせることができるし、乾燥ムラなく一定温度で乾燥することができる。もちろん、マリエラの師匠の仕込みだ。マリエラの師匠は『レインボーフラワー』という、乾燥温度によって色が変わる花を買ってきては、マリエラに乾燥させた。
 『レインボーフラワー』は花びらの数によって、最適な乾燥温度が変わる。最適温度にぴたりとあわせて乾燥させれば、名のとおり虹色の色彩を放つ美しいドライフラワーになる。
 失敗すれば食事抜きになったし、成功すればおかずが増えた。食べ物に釣られたこともあるが、虹色に仕上げたレインボーフラワーの美しさに、幼いマリエラは夢中になった。薬草園の薬草から、魔の森の雑草まで、毎日毎日魔力が尽きるまで乾燥させ、気が付けば、超一流の技術が身についていた。
 部屋一面、虹色の花で埋め尽くされた美しい光景を、マリエラはよく覚えている。
『薬草を乾燥させる仕事』なんてものは防衛都市にはなかったから、どれほど高い技術を持っているのか、マリエラは自分では理解していないのだが。

ジークから洗った器具を受け取る。
《浄水、洗浄、排水、乾燥、殺菌》

 予洗いの済んだ器具を、錬金術スキルで仕上げる。
 他のガラス器具も洗って欲しかったのだが、ジークが興味深そうに見ているので、邪魔にならないよう、ベッドに座って見学してもらう。

 次はルナマギアの薬効成分の抽出だ。洗浄済の円筒状のガラス器具で金属製の三脚が付いていて縦に立たせる。ルナマギアの抽出によく使われる器具で、円筒の直径は親指と小指を広げたくらい。1~10本分の抽出が出来る、小型の抽出器だ。

 円筒の下部は漏斗状に細まっていて、コックを開閉して中の液体を取り出せる。下に注ぎ口のついたコップ(ビーカー)をセットしコックを閉じる。
 円筒上部もすぼまっており、中央に活栓で蓋ができる穴が、端にはコック付きの空気抜き穴が開いている。活栓にはノズルが付いていて、タンクと送風機を繋いで上部から液体を噴霧できるつくりだ。
 円筒容器とタンクには温度調整用の魔道具が付いていたようだが、こちらは買われてしまったようだ。送風機も付いていなかったが、温度管理や送風は錬金術スキルで何とでもなる。容器さえ残っていれば十分だ。

 薬草を入れずに動かしてみる。円筒容器は氷点下より僅かに下、タンク及び中の水は凍らないギリギリの温度にして噴霧する。ノズル内で凍らないようにノズルの温度管理が重要だ。シューっと吹き出た霧は容器の中央あたりで凍って細かい雪の結晶に変わる。容器内部の気体を制御して中央から上下に渦を作ってくるくると回すと、雪の結晶も流れに乗ってくるくると舞う。

「うまくいきそうね」

 ルナマギアの薬効成分は、氷点下以下の水に溶ける。だから、氷点で凍らないように塩を溶かした水か、氷と接触させて抽出する。固体と接触させて抽出するわけだから、接触面積がなるべく大きくなるように、噴霧した水を凍らせて微細な氷を作ったのち、容器内で攪拌して反応させる。
 円筒容器の中は、粉雪がきらきら、くるくると綺麗なものだが、マリエラは円筒容器、噴霧水タンク、ノズルの温度管理と、噴霧用の気体の制御、容器内の雰囲気及び気流制御を同時に行っている。大半の錬金術師は、3箇所の温度管理と噴霧用の気体制御は魔道具で行い、容器内の雰囲気及び気流制御だけ自分で行うことから考えて、マリエラの錬金術スキルは、決して低いものではないが、この制御がマリエラの実力の上限いっぱいいっぱいだ。抽出容器が手に入らなかったら、塩水で抽出しなければいけなかった。塩水で抽出すると、効き目が薄い仕上がりになるから、本当に助かった。

 容器内にルナマギアをいれ、タンクの水を命の雫を溶かしたものに替える。ポーション1本分の噴霧を終えたら、容器内の温度と気流の制御に集中する。この工程が、上級ポーション作成の一番のキモだ。気が抜けない。

 どうやらうまく行った様で、白い雪の結晶が、黄色みを帯びた月光石の光を放つ。

 容器内の制御をとめて、コックを空けて、下の容器に抽出液を集める。後は放置して室温に戻すのだが、今回はジークのえぐれた肉を修復する特化型ポーションだ。凍ったままのニギルの新芽を剥いていく。
 ニギルは雪解けが迫ると、一夜にして雪を割って芽を出す。その芽吹く直前の新芽の部分を取り出すと、指先で押しつぶして、まだ冷たいルナマギアの抽出液に加える。これで、液温が室温まであがる間に、薬効成分が溶け出してくれる。


 一番難しい処理は終わったけれど、まだ面倒な工程が残っている。
 中級や上級のポーションは効果が大きく、急激な回復をもたらす。このため、全身を調整し反動を抑える成分として、中級ポーションでは『鬼棗(おになつめ)』、上級ポーションでは『エントの実』を配合する。『鬼棗』はドライフルーツでも売っているありふれたものだが、『エントの実』は珍しい素材だ。ガーク薬草店ならば取り扱っていそうだが、上級ポーションの材料としてあまりに有名で、薬効から考えても『薬師』が買い求めるとは思えない。
 自ら『薬師』だと名乗ったわけではないが、ガーク爺はマリエラを『薬師』だと思ったようだったし、『薬師』として行動したほうが都合が良い気がする。
 なので、今回は『エントの実』を買わずに、中級ポーションで使う『鬼棗』と薬草で代替品を作る。

 作り方は、マンドラゴラとその亜種の根3種、葉3種、茎2種、種1種、花弁1種、茸2種、木の皮1種の合計13種類の原料をそれぞれ適切な温度で乾燥した後、所定の分量ずつ配合する。13種の原料を『練成空間』内で、空気に触れさせないように、小麦粉よりも細かく粉砕したら、オリーブから絞ったばかりの油に混ぜ込む。これを密閉した暗室で1年以上寝かせればでき上がり、という、極めて手間も時間もかかって難易度も高い方法だ。

 上級ポーションを買ってくれる固定客がいるような、余裕のある錬金術師は、『エントの実』を買う。こんな面倒な方法は取らない。しかしマリエラには、そんな上客はいなかったし、売れるかわからない上級ポーションのために『エントの実』なんて高い材料を買う余裕はなかったから、もっぱらこの方法で練成していた。何しろこちらの代替法の材料は、全てマリエラの薬草園で揃うのだ。材料がタダってすばらしい。

 代替薬に必要な13種の薬草類は持ってきている。先ほど買ったオリーブから、コップ半分くらいのオリーブオイルが得られた。上級ポーション30本分くらい作れそうだ。

《錬成空間作成、雰囲気制御、計量:マンドラゴラ、計量……》

 『練成空間』の中は不活性ガスで満たしている。乾燥した薬草を微粉末にして混ぜ合わせるから、空気中だと爆発してしまうからだ。薬草を配合し終えると、粉砕し、オリーブオイルを加えて混ぜ合わせる。

《練成空間強化、温度制御40℃、加圧》

 1年も待っていられないから、圧力をかけて時間を短縮する。圧力を上げると温度も上がってしまうが、40℃を超えるといくつかの成分が壊れてしまうから、温度を40℃に保ちつつ、圧力を上げていく。

《温度固定、圧力固定》

 うまくコントロールできた。これで1時間もすれば完成する。
 代替薬を寝かせているうちに、片手間でできる処理をしてしまう。何しろ高圧状態で練成空間を維持するのだ。魔力はどんどん消費していくし、ややこしい処理はできない。


 まずは、アラウネの処理。根に鎮痛成分、葉に消炎成分がある。乾燥せず生のままでも抽出できるが毒がある。毒は80℃以上で分解するから100℃の命の雫を含んだ湯で煮出す。煮汁の荒熱がとれたら、冷め切る前に寄生蛭の毒腺をつけた油を一滴たらす。油なのに、アラウネの煮汁には分離せず解けるから不思議だ。

 低級、中級、上級全てのポーションの原料となるキュルリケに、鬼棗、マンドラゴラを加えて粉砕し、一緒に抽出する。マンドラゴラは代替薬に使う場合は油に溶かすが、こちらは水溶成分を命の雫を練成した浄水で抽出する。

 あとは、食堂兼酒場で買ったボルカ。蒸留してアルコール成分だけ瓶に戻す。

 代替薬ができるまで、中級ポーションや解毒ポーションの材料も処理しておく。処理した薬草は油紙に包むか、薬瓶に入れておく。これで、1ヶ月くらいは問題ない。

 代替薬が仕上がった。温度が室温より下がり過ぎないように制御しながら、圧力をゆっくり下げる。油が琥珀色に仕上がっていて良い出来だ。匙1杯分を掬い取り、命の雫を溶かしたアルコールに溶かす。
 作成した4種類の抽出液は、固形物(残渣)をのぞいた後、慎重に混ぜ合わせる。混ぜる順序、一度に混ぜてよい量もあるから、最後まで気を抜けない。

《薬効固定》

 特化型の上級ポーションがようやく完成した。


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