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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい 作者:のの原兎太

第一章 200年後の帰還

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治療と契約

 激痛を顔に出せば、使えないと捨てられる。倒れてしまえば、捨て置かれて野たれ死ぬ。
 大銀貨2枚というのはその程度の金額だ。

 こんな状況になってなお、ジークムントは死にたくないと思った。
 こんな状況だからこそかも知れないが。
 マリエラには知る由もなかったが、ジークムントは気力だけで平静を装っていた。

 ジークを椅子に座らせると、マリエラは備え付けの水差しと、一本だけ残った薬瓶をもって風呂場に向かう。錬金術で水差しと薬瓶を洗浄、殺菌、乾燥した後、風呂場の桶も併せてもって戻る。

「今からすることを決して口外しないで。これは《命令》です。」

「はい。」

 ジークの蒼い目は熱のためか虚ろで、返事は機械的だが、胸の焼印に僅かな魔力反応があったのが確認できた。
桶を机の上に置き、右腕を傷が上になるように出させる。

 《浄水-命の雫-固定化》

 水差しの中に洗浄水が出来上がる。
 炎症を起こした傷口には薬草を使った殺菌作用のある水より、命の雫の力を宿した洗浄水がいい、というのは、マリエラの師匠の持論で、マリエラもそれに倣う。

 たっぷりと傷跡にかけて綺麗にする。黒狼の瘴気が命の雫の効果で洗い流されていく。

 次に脚。ふくらはぎの傷が上を向くよう椅子の上に膝立ちさせ、こちらは一層丁寧に洗浄する。
 なんども錬成しては、洗浄し桶の水を捨てる。
 拭き取る布がなかったので、シーツを剥がして傷跡以外を拭う。傷跡には命の雫をそのままかける。命の雫は水や薬に固定化しないとすぐに消えてしまうので、練成した錬金術師以外はそのまま摂取できない。傷跡にかけるとすっと消えてしまうのだが、傷口を乾かしてくれるので便利だとマリエラは思っている。洗ってあるとはいえ殺菌していないシーツでぬぐったり、かび臭い部屋の風を当てて乾かすよりは、よほど衛生的だ。

 最後に胸の焼印。仰け反るように椅子に座らせ、焼印の下にシーツを当てて 洗浄する。こちらは低級ポーションで問題ないだろうが、火傷は冷やしたほうがいいという。洗浄してからのほうが、効果は高まるだろう。こちらもシーツがグショグショになるまで何度も洗った。

 最後にポーション。

 乾燥薬草の束からキュルリケ草とキャルゴランという滋養強壮効果のある根、ペシリニヨンという、キュルリケ草の種子部が丸まって青くなっている物を取り出す。
 ペシリニヨンは、日陰のジメジメしたとこに生えているキュルリケ草から稀に見つかる珍しい物で、不衛生な環境で傷が悪化したり、長く治らない熱などに効果がある。キュルリケ草は日当たりの良い場所を好むから、ペシリニヨンが見つかるような環境では、種をつけるまでまず成長しないので、それなりに稀少なものだ。
 ある時、マリエラが種用に鉢で管理していたキュルリケ草を、うっかり日陰に放置していたら、ペシリニヨンができていた。しかもペシリニヨンができかけの種からキュルリケ草を育てたところ、日陰でも生育し、ペシリニヨンができ易い品種になったのだ。以来、マリエラの薬草園ではペシリニヨンが一定量取れるようになっていた。目覚めた後の薬草園で生き残っていたので、売るつもりで持ってきて正解だった。
 キュルリケ草とキャルゴラン、ペシリニヨンを少量使って一本だけポーションを錬成する。低級に分類される簡単なポーションだが、これも特化型に分類される。ジークの症状には中級並みの効果を発揮するはずだ。

「飲んで」

 ポーションを差し出すと、ジークが啞然とした表情でマリエラを見ていた。あんぐりと口まで開いている。
 固まったままなので開いた口にポーション瓶を突っ込むと、むせながらも飲んでくれた。

「れ……錬金術師?」

 はじめてジークから話しかけてくれた。洗浄水を作っているときから、まさか、といった表情だったが、ポーションを練成してようやく確信したらしい。

「うん。この街にはもう、錬金術師はいないの?」
 ジークから空き瓶を受け取り尋ねると、

「錬金術師は、おりません。ずっと前から。ここは、魔物の領地ですから。」
と返事があった。

(そっか。そうなんだ。『迷宮都市』だもんね。200年も経ってたら、そうなるよね)

「だからね、《命令》。『私が錬金術師だということは、決して口外しないで。』」

 もう一度、ジークに念をおす。隷属の《命令》は具体的であるほど効果を発揮する。

「そこのベッドで寝なよ。汚れた腰布が気持ち悪いでしょ、とっていいから。
 起きたら熱も下がって楽になってるよ。私は買い物とかしてくるから、目が覚めても大人しく寝ててね。」

 ジークをシーツがある方のベッドに促し、濡れたシーツと薬瓶を桶に入れ風呂場へ向かう。
 シーツを風呂桶に入れ軽く洗ったあと、生活魔法の《乾燥》で乾かす。

 部屋に戻ると限界だったのかジークはベッドで眠っていた。
 腰布らしきボロ布が側の椅子にかけてある。これは自分で洗濯してもらおう。ばっちいし。

(あ、ベッドに虫とかいるかも。)

 虫除けポーションを錬成して、薬瓶の蓋を開けた状態で部屋の隅に置いておく。
 安眠効果のあるベンダンの花も混ぜておいたから、カビの臭いが消えてほんのりいい香りがする。
 きっとぐっすり眠れるだろう。

 水差しに浄水を入れて備え付けのコップと一緒に机の上に置き、部屋の照明は一つだけ残して消してから、マリエラは静かに部屋を出た。



 廊下に出ると、マルロー副隊長が廊下の自室の前で待っていた。
 マリエラの部屋は2階の奥。黒鉄輸送隊の部屋の奥にある。
 マルロー副隊長は穏やかに話しかける。

「欲しい情報は得られましたか?」

「聞いてたんですか?」

 マリエラが質問に質問で返すと、マルロー副隊長は「まさか」と肩を竦めてみせた。本当に喰えない人だ。
 きっと最初から気付いていたに違いない。
 促されるまま、隣のマルロー副隊長の部屋に入る。

 部屋の広さと入り口付近に設置されたの風呂場やクローゼット等は、マリエラの部屋と変わらなかったが、ベッドは一つしかなく、代わりに長椅子とテーブルが置いてある。ベッドと応接セットの間は間仕切りが置かれており、簡単な会合ができるようになっていた。
 勧められるまま長椅子に座ると、マルロー副隊長が対面に座った。

「マリエラさんとは、是非ともお取引をお願いしたいと思っているのです。」

「ポーションですね?」

 話が早くて助かります。とマルロー副隊長はにこやかに答えた。



 -200年前、スタンピードが起こり、かつて王城だった場所に迷宮が現れた。
 人の領域だったエンダルジア王国は亡び、魔物の領域となった。
 迷宮都市に人は暮らしているが、それは魔の森にマリエラが暮らしていたのと同じことで、迷宮都市は人ではなく、魔物の領域だ。

 ポーションを魔法薬たらしめる『命の雫』を地脈から汲みあげる『ライン』は、その地の精霊を介して結ばれる。
 契約の儀式は、錬金術師とその地の精霊が真名を交わして執り行われるが、精霊は領域を支配するものの言葉を話すのだ。

 かつてのエンダルジア王国は、精霊の加護を受けたエンダルジア王族が代々治める人の領域だった。エンダルジア王国に現れる精霊達は皆、人の言葉を話していたが、魔の森に住まう精霊は同じ地脈から生まれているのに、魔物の言葉を話していた。
 つまり、言葉が通じないのだ。

 マリエラがたった一度エンダルジア王国の外壁内に入ったのは、精霊と契約を結ぶためだった。
 一度『ライン』ができてしまえば、錬金術自体に精霊は関与しないから、魔物の領域であっても地脈の範囲内ならば、どこでも問題なく『命の雫』は汲みあげられる。錬金術師になってしまえば、問題なく『命の雫』を汲み上げ、錬金術を行使できる。

 しかし、200年もの間、新たな錬金術師が誕生しなかったら。

 『命の雫』を直接体内に取り込める錬金術師は、老化が遅く総じて長命だったが、200年も生きられる訳ではない。一般の人が80年も生きれば長寿だといわれる中で、120歳まで生きるものが稀にいた、と語られる程度だ。

 マリエラが眠っていた200年の間、新たな錬金術師は誕生せず、スタンピードを生き残った錬金術師達は皆亡くなってしまったのだろう。
 迷宮都市、いやこの地脈の範囲には、保管庫に厳重に収められたもの以外、ポーションが無いのだ。



「お売り頂いた低級ポーションを伝手の商人に鑑定して頂いたところ、まるで作りたてのような保存状態だと言っていました。
 市場に稀に出回る中級ポーション並みの効果だとね。

 どこで手に入れたのかと、それはしつこく聞かれましたよ。
 あぁ、もちろん、話してはいませんが。この街の誰もが欲しいものですからね。

 こんな可憐なお嬢さんがお持ちだと知れれば、無理にでも手に入れようとするものが現れるでしょうから。」

 マルロー副隊長は、ゆっくりと、穏やかに話しかける。言いたい事がわかりますか?と問いかけるように。

「あなた方ならば、安全に売りさばけると?」

 そう答えると、マルロー副隊長は満足げに微笑んで、「もちろんです。」と答えた。

(まぁ、どこかでポーションを売らなきゃいけなわけだし。
 中抜きされたとしても、防衛都市よりはマシな値段になるだろうし。)

 マリエラにはポーションを売る以外に生活する術がない。
 戦う術も、後ろ盾も、何ももっていない者が搾取されることは当然だ。防衛都市でポーションを売っていた時だって、中抜きされることは当たり前だった。ある程度の不条理を飲み込めば、最低限の利益は与えられることをマリエラは知っていた。
 それでも、どうしても譲れないことはある。ポーションを売るに当たって、マリエラはいくつか条件をつけた。

「まず、特級以上のポーションや、対人用の毒薬はお売りできません。また、上級以下でも所謂特化型のポーションはお売りできないものがあります。ですので、品目の決定権は私に頂きたい。」

 マリエラが作れないポーションは売りようが無いし、犯罪の片棒を担ぐのはごめんだ。自分の作ったポーションで人が死ぬことだけは絶対に避けたい。

「次に、これもポーションによりますが、対価の一部を先に品物でいただく場合があります。」

 材料がなくても作れないから、これも飲んでもらうしか無い。マリエラの薬草園は半壊状態なのだ。迷宮都市の品揃えは分からないが、手に入らない材料は入手してもらいたい。

「後は、秘密の厳守です。私が供給源である事は決して漏らさず、悟られないようにして下さい。
 これには、有事の際に保護して頂くことも含まれます。
 以上について、魔法で契約して頂けるならば、ポーションをお売りします。」

(魔法で契約までは盛りすぎたかな。)

 条件を言ってからマリエラは、内心冷や汗をかく。どれも譲れないものだけれど、もっと言い方があったかもしれない。

 マルロー副隊長は、マリエラの条件を一つ一つ咀嚼するように繰り返すと、

「特級ポーションがお売り頂けないのは残念ですが、条件に関しましては理解しました。
 して、代金の方ですが、相場の2……いや、3割……

(う……条件盛りすぎたからキツイのは仕方ないけど、材料の薬草を買わなきゃいけない場合、3割で利益出るかな?
薬草値上がってないと良いんだけど……)

 を、手数料として我々が頂くというのは?」

「はい?」

 あれ、なんか逆じゃね?と、マリエラは聞き返す。

「売るポーションの種類、私が決めて良いんですよね?」
「はい。在庫の都合もあるでしょうし、当然でしょう」

「先に品物貰ってもいいんですよね?」
「我々は仕入れも行う輸送隊ですし、信用頂いて取引頂くのですから、その程度のサービスはさせていただきますよ。」

「秘密が漏れたら、助けてくれる?」
「元よりリスクのあるお取引を持ちかけているのです。アフターケアは必須でしょう。」

「で、手数料3割って、安すぎませんか?」

「え?」

「え?」

2人して首をかしげた。


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