付与術屋と刻み文字
「すまない、どなたかおるだろうか」
工房の入口。販売スペースから野太い男の声が聞こえてくる。
まぁ、店も空いているのだから客が来ても良いのだが、時間的にはいつもよりも少しばかり来るのが早い。
「おいっ、誰か相手してろっ!」
熱気で蒸し風呂のような暑さの作業場に、今度は別の厳つい男の声が響き渡った。
「はいぃぃっ! 俺が行きますーっ!」
割と広めの作業場は、いずれも逞しい肉体の男たちが働いている。正直な話、暑苦しいことこの上ない光景である。
その中のひとりが怒鳴り声に反応して、もの凄い早さで作業場から出て行った。
「気に食わねークソ貴族だったら追い返せっ」
とんでもないことをのたまう厳つい男は、この工房で親方と呼ばれている人物。親方の鍛冶師としての腕は確かなもので、遥々国外から客が来ることも珍しくない。
だがその気性は荒く、客商売にも関わらず、気に食わない客にはたとえ王族だったとしても、何も作ることはないことでも有名だ。
ぶっちゃけ喧嘩っぱやいカミナリオヤジである。
「親方ー、頼まれてた物、届けに来たよー」
その恐ろしいカミナリオヤジに呼びかけているのが私、付与術師のマッカである。職は自称、付与術屋をやっている。
親方は私の方にぐるりと顔を向けると、その厳つい顔を破顔させた。
「おうっ、赤っ! いい感じに早い仕事だなぁ」
「親方、私はマッカですよ」
そろそろ言い続けるのも疲れてきたことを変わらずに指摘する。
赤、というのは私のことだ。
マッカ、真っ赤、だから赤、らしい。
言われれば分かりやすいのだが、女の私をそんな風に呼ばないで欲しい。
厳ついオヤジに赤呼ばわりされている私は、あのオヤジが認めるくらいの力を持っているとか言われているのを知っている。
おかげで、赤は血の色、だから私は血みどろ付与術師と恐れられているらしい。通称、ブラッディーアカ、とかふざけんなという話である。
「どっちでもいいだろ、それよりほれ、早くよこせ」
「どこぞの物盗りですか。はぁー…、はいはい。これですよっと」
疲れた溜息を漏らしつつ、肩から下げたショルダーバッグから小粒の丸い宝石をいくつか取り出す。
宝石の色は燃え盛る炎の色。その中心には私にとっては見慣れた文字と、複雑な図式が刻まれている。
「あいも変わらずこまけぇ仕事はすげーなぁ」
宝石を受け取った親方は、感心したようにそれをしげしげと眺めている。
「それはそうですよ、これで飯食ってるんですから。ていうか、これくらい出来ないと付与術師としては二流が精々ですよ」
「おめぇ、そりゃぁ暗に自分は一流ですって言ってんぞ」
「あれ? そう言ったつもりですけど分かりませんでした?」
とぼけたように肩をすくめれば、親方はじと目でこちらを見てきた。なんだその目は。自信を持つのは良いことじゃないか。
「とりあえず料金はいつもどおりで。口座もいつものなんで、預け入れしておいて下さいよ」
「分かってらぁ。おいっ、おめーら! 仕事だ仕事っ! こいつ持ってていつも通りに固定しとけっ!!」
親方は近くにいた弟子たちに宝石を渡すと、大声で指示を出し始める。
私はそんな親方の邪魔にならないように作業場から退出しようとした。いや、暑いから外に出たいなーとかそんなこと考えてない。まったく思ってもいないよ。
「おっ、赤。帰んのかっ。また仕事んときはよろしく頼むぜ」
親方は目敏く作業場から出ていこうとする私に気付くと、豪快に笑って見送ってくれた。……まったく敵わないね。
私は振り返ることもなく、片手だけをひらひらと振って返した。
私は昔、行き倒れていた。
当時の私は付与術師としての腕も甘く、はっきり言ってしまえば役立たずだった。
仕事もない、雇ってくれる人もいない。冒険者になってみても、付与術師をパーティーに入れてくれるような奇特な人物たちはいなかった。
なにせ付与術師といえば、術師系職業の中でも戦えない術師ナンバーワンに輝いてしまうくらいの非力さなのである。
付与術師は術のほぼ全てが物体に強化や特殊能力を付与する力だ。
初めて聞いた人間であれば、それなら補助役として活躍しまくりじゃないかとか思うかもしれない。
甘い。甘すぎる……っ!!
付与を施すにはその物体に特定の術式文字と、効果を発揮させるための発動図式を描かなければならないのだ。しかも一度描けば、発動自体はその物体を持っている本人の意思で出来てしまう。
ちなみに描けるのは1つの物体に1つの術式分だけ。描いてあるものを消せば、別の物に変えることもできるが、その基本は変わらない。
同じ扱いの物に2つ以上の術をかけると、それぞれの術が効果を打ち消しあってしまって、何の意味もなくなってしまう。
発動図式を描くとか、そんなことを戦闘中にやっている暇はない。その上、冒険前に図式を描いてしまえば、街を出てからは用無し役立たずなこと請け合いだ。
そのうえ2流、3流の腕しかないとなるとさらに救いようがない。
というわけで、当時の私は旅に出てからあっという間に手持ちの金は底をつき、あまりの空腹で行き倒れる羽目になってしまったのである。
「………」
「おい、おめぇ大丈夫か?」
そうして死体のように地面にへばりついていた私。そんな不審人物に声をかけてくれたのは煌びやかなイケメン、なわけはなく、厳つい髭オヤジだった。
まぁ、はっきりと言ってしまえば親方だ。
「……お腹減った」
「ったく、行き倒れかよ。ちっ、仕方ねぇなぁー」
ただ一言漏らした私は、そのまま親方に担がれて工房に連れて行かれた。ちなみに肩に担がれて、である。鳩尾に肩が当たって正直、苦しかったのは今も忘れない。
ただまぁ、親方は連れ帰った私にぶっきらぼうに食事を用意してくれた。久しぶりに食べたまともな食事に、私の涙は止まらなかったほどだ。
親方には良くしてもらってる。顔を見ては言えないが、感謝もしてるし、両親と同じくらい尊敬だってしてるのだ。
そんなこんなで親方の口添えと協力もあって、私はなんとこの商都に住むことになった。
夢のような話である。たとえ家賃が安いぼろアパートで、部屋は寝るスペースしかない上にトイレ共用風呂なしだったとしても、だ。
だが、そんな夢のような生活も金がなくては続けていけない。家賃が払えなければ追い出されるのは道理だ。
働かざる者食うべからず。
この世の真理の言葉だと思うね。まったく。
私は就職先を探して回った。しかし私はしがない付与術師。他には学歴もなければ容姿も普通。体力も並で、特別変わったこともできやしない。誇れるとしたら付与術師としての知識くらいである。
そんな私が、優秀な人材が揃う商都で、まともな職に付けるわけもなかった。
困り果てていた私に手を差し伸べてくれたのは、なんとまたもや親方だった。
「おめぇ、仕事がねぇんだってな。んで、おめぇは3流どころの付与術師で、それしか能がねぇときたもんだ。そりゃぁ無理だな」
親方は人の傷口を抉るのが好きなのかと、本気で恨みの目線を向けてしまった。
「だが、助けたやつがまた路頭に迷うのはちぃとばかし嫌なもんだ。つうわけだからよ、おめぇちょいと仕事してみねぇか?」
にやりと獰猛な虎のような笑みを浮かべた親方は、ガクブル震える私に仕事を持ちかけた。だが、今だから言わせてもらおう。あの笑みを見せられたら誰だって怯えるよ。
危険な仕事かと思って聞いてみれば、だが、仕事の内容自体はものすごくまともな物だった。
親方は商都でも有名な鍛冶屋をやっているらしい。工房も持っていて、弟子も多くいると聞いたときは素直に感心した。
その工房で、次に作る武器にちょっと変わったことをやりたいと思っているらしい。
永続的な特殊効果を持つ装備の作成。
これは付与術師はもちろん、鍛冶屋たちの最大の目標である。
付与術には使用可能期間が定まっている。
これは、長く使えば術式文字と発動図式に込めた魔力が切れるためだ。魔力が切れてしまえば、その瞬間に文字も図式も消え去ってしまうから、改めて魔力を込めることもできない。
そして何よりも装備の消耗が激しくなること。
並の素材を使った程度では、付与術で付与された力に装備がついてこれないのだ。
そのため、付与術自体は魔力切れを起こしていなかったとしても、装備自体が自壊してしまうことも多い。
圧倒的な強度と耐久力を誇る装備。
魔力切れを起こさない付与術。
この2つが揃わない限りは、永続的な特殊効果を持つ装備は作成が不可能なのである。
「時間はかかるはずだ。だが、その間の報酬はきちんと払うぜ。どうだ? ちょいと俺と一緒に夢見てみねぇか?」
獰猛な笑みを見せる親方。だが、そんな親方の言葉に私は魅せられた。
そんでもって、夢見る少女でもあるまいに、私は夢追う少女になってしまったというわけだ。
それから数年。
研究と開発、そして実験は失敗の連続だった。
途中で挫けそうになったりもしたが、親方の他にも増えた研究仲間たちにも励まされて研究を続けた。
そして、ようやく完成した、夢の結晶。
図式内だけで魔力を巡回させていた過去の技術を一新。
魔力を大気中からも取り込み、術ごとに合った魔力要素に変換して代用する新技術。
これにより、魔力切れを起こすことがなく、永続的な付与術が可能となった。
そして、装備。
鍛冶の工程から見直して、より強く、より耐久性を高めた装備を作るための技術が生み出された。
さらに、今までは加工できないと言われていた素材の加工にも着手。親方は見事これを成功させたのだ。
もちろんこれにはメリットだけではなく、デメリットも存在する。
付与術に関して言えば、発動図式の複雑化は術を施すまでの時間の増加に繋がる。
さらには描くだけでよかった文字と図式は、装備との繋がりをより強くするために物体に直接刻み込むことが必要になった。
そして、それを刻むにもそれに見合った技術が必要となり、完全に専門の職人技レベルになってしまったのだ。
鍛冶に関しても同様だ。
工程の追加は、時間の増加に繋がった。ただでさえ、見直し自体で他の工程もかかる時間が増えたというのに。
そして素材の加工。これはもう完全に並の鍛冶師では手も足も出ない。
当初は親方にしかできなかったほどの技術だ。今はもう親方の高弟たちも数人が習得しているが。
しかしそれでも、完成したものは完成したのだ。
初めての完成品ができた日には親方と私を中心として、研究協力者たちで朝まで飲み明かしたものだった。
一躍商都でも注目の的になった親方の工房と私の付与術。
引き抜きやら誘拐やらの騒ぎも色々あったけど、なんとか私も親方たちも無事だった。
でもこの技術のおかげで私は今、儲けさせてもらっているので有難い話だ。
私を呼ぶ声がする。しかも聞き覚えのある声。朝っぱらからご近所迷惑もいいところである。
「おいっ、赤! 仕事だ仕事!」
私は微睡みから無理矢理引き上げられると、不機嫌な顔のままベッドから飛び出した。
そして窓を勢いよく開いて、できる限り大声で怒鳴る。
「じゃぁーかしいわっ!! おっさんっ!!!」
「おお、赤。起きたみてぇだな、さっさと準備しろ。仕事だぞ」
親方がにやりと笑うので、私は肩を落として深い溜息をついた。
あの人が来たら仕方がない。部屋に乗り込まれる前にさっさと支度をしてしまおう。
今日の空は、雲一つない青空だ。
ちょっとしたノリで書いてしまいました……。
続き書くとしたら、親方の方の話か、装備を買いに来るお客の話かになるかなぁと思います。
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